7.エンディング
静は疲れて座り込む仲間たちに労いの言葉をかけてから、コーラーの三人の元へ近づいた。
召喚の反動なのかぐったりしている男の子を努が抱えている。そのすぐそばで膝をついて目線を合わせた。
「深澄、でいいの?」
「……なんだよ。僕を笑いに来たわけ?」
「そうじゃない。さっき言ったように、話をしに来たんだ」
「何を話すの? 言っておくけど、さっきのお礼なんて言わないからね」
さっきの、というのは、暴れるドラゴンに巻き込まれそうになった時のことだろう。
静は感謝してほしかったわけではない。万が一にでも彼が死んでしまうのを避けたかっただけだ。
失っていいものは一つもないと口にした、その言葉に嘘はないから。
「僕は、アンタたちに負けた。殺したいなら殺しなよ。努さんにコーラーと異形を切り離そうって提案したの、僕だし」
何もかもを諦めたような目で、深澄は吐き捨てる。
けれどそれを止めたのは静ではなく、努だった。
「待った。突発型のコーラーをやったのは俺だよ。この子は関係ない」
「なあ、何そのコロシタっての。オレたちゼツボーさせていろいろ壊すの楽しむだけじゃなかったっけ?」
「泰介、今はちょっと黙ってて。話が進まないから」
納得できない顔をしつつ、泰介は素直に口を押さえた。
「関係なくない。努さんは僕が言ったのをやってくれただけだ。努さんは悪くない……」
「深澄、いいんだよ。ありがとな」
「だめだよ。ねえ、僕はどうなってもいいから努さんにひどいことしないで。殺さないで」
深澄は努が責められると思った途端に強い目を取り戻す。
その姿に、静は彼が努を大切に思っているのだと理解した。
「殺さない。ねえ、深澄のことをもっと教えて」
「……アンタと話すことなんか、もうないよ」
深澄はぷいと顔を背けてしまう。
けれどそれは嫌がっているというよりも、どこか戸惑っているように思えた。
「深澄はいつから時間の停滞に入れるようになったんだ?」
「……小学校二年の、時」
「怖かったよね。僕もそれくらいだったからわかるよ」
「怖くはなかった! ちょっと、びっくりはしたけど」
「そう、強いね。僕は泣きわめいたよ」
「えっ」
「うそ!?」
深澄と、静の後ろにいた仲間たちが声を上げた。
どうしてみんなが驚くのか。
「えへへ、今の静からはまったく想像できないなーって思って」
「ええ。過去は聞いていましたが、静は今のまま小さくなった感じかと」
「そんなわけないよ。僕だって子どもらしい時くらいあった」
「……なんで、アンタは絶望しないでいられたの」
騒ぐ仲間の声の中、ぽつりと深澄が呟いた。
親に捨てられ、祖父母にも受け入れられず、施設暮らしだと戦う前に聞いた。
さらに静と違ってまだこんなに小さいうちから異形を見たのだと思うと、比べる意味はないけれど深澄の方が辛かったはずだ。
ただそれを伝えてもなんの慰めにもならないことは、静がよくわかっていた。
「自分でもわかってなかったけど……待ってたんだと思う」
「待ってた?」
「そう。ここから連れ出してくれる人がきっと現れるって、心のどこかで信じてたんだろうね」
誰にも会えない時間をさまようのは怖かった。
その後におかしなことを言う子だと冷たくなる目もまた、怖かった。
けれどそんな時間はいつかは終わる。
泣いても解決しないと教えられた。
だから静はじっと耐えていた。
この『寂しさ』の終わりを、待っていた。
「そうしたら、本当に出会えた。僕を受け入れてくれる人に。ここにいる仲間もそうだ」
静は振り返って、一人ひとりと目を合わせる。
みんなが頷いてくれて、静もまた同じように返した。
「……やっぱりずるいよ。僕には、そんな人いなかった」
「え? いるよ。今、深澄の隣に」
え、と深澄は顔を上げた。
隣にいるのは、努と泰介だ。
努は、泣いていた。
「努さん……」
「ごめん。自分を見失ったって、お前を見つけた時に思い出すべきだった。大人が一緒に道誤って、どうすんだよな」
努は何度も謝りながら、膝に乗せた深澄を抱きしめる。深澄も、その背中に手を回して、泣き出した。
泰介はというとーー
「ぷはあーーーっ、はっ、はあ、も、もう喋っていいか!?」
「は!? まさか今までずっと息止めてたの!?」
「だって、努が、黙ってろって」
「いや喋らないでいるだけなら息止める必要ねーから!」
「感動のシーン台無しです……」
二人を見守っていた全員から、呆れた目を向けられる泰介に、良いのか悪いのか空気が壊れた。
「おーい、お前ら引き上げるぞ。修復はもう終わった」
叔父の声が聞こえて、時間の停滞のタイムリミットがあることを思い出す。
交差点の真ん中で時間が戻ってしまってはまずい。
「では、三人とも僕たちに着いてきてくださいね。詳しい話は本部で伺うことになります……って、あ! ちょっと!」
「よっしゃ、タダ飯タダ宿~」
「泰介、待ちなさーい! これからはそんな甘くないからね!」
「自分の分くらい自分で買え、です!」
早々に走り出す泰介を見張るため、数人が追いかけていくのを後ろから眺める。
静のそばでは、泰介のおかげですっかり涙が治まった努が深澄を抱えたまま行こうとするのを、本人が恥ずかしいと抵抗するという攻防を繰り広げている。
そんな光景につい笑みがこぼれる。
けれどこれは深澄たちにとって終わりではなく、始まりなのだと静はわかっていた。
「深澄」
「やめてよ、もう歩け……え、何?」
「僕は、心の傷を抱えたまま生きていく。努さんが言ったみたいに、何度も思い出して辛いと思うことだってある。でも、それも全部経験したから今の僕がいる。同じ傷を持つ君の痛みがわかる。今度は僕が支えるよ」
「……何、それ」
「静くん、俺が言えたことじゃないけどさ……深澄を頼むよ」
意味わかんない、と戸惑う深澄を促して、静たちは本部へと歩き始めた。
その道中、深澄は努との出会いを語ってくれた。
時間の停滞で出会って、話しかけてくれたこと。
一人の深澄と一緒にいてくれたこと。
こんな世の中が滅びればいいという思想が同じだったこと。
異形を喚び出す力はきっとそのために授かったと思ったこと。
そして二人と話すのが、嫌いではなかったこと。
静はもしかしたら、自分にもそういう未来があったのかもしれないと、渋谷のざわめきを感じながら考えた。
◇◇◇
時間の停滞中に起きたことは世間的には証明ができない。
だから殺人の実行犯である努は、警察を辞職し、レストアラーの本部に表向き就職することになった。
牢屋に入ることがないため、代わりにレストアラーとして訓練し、自分たちのような人を出さないために一生尽力することを課せられた。
泰介は、殺人には関わっていなかった。
と言っても人を絶望させる手伝いはしていたということで、努と同じように強制的にレストアラーとして働くことになった。
ただし中学の友達と同じ高校に行けなかったからコーラーになったという理由を考慮され、御守りを肌身離さず着けて力を抑えることを条件に、定時制高校に通うことに決まる。
放任主義の親は泰介が学校に行きたいと言うと二つ返事で了承してくれたらしい。
友達とは学校が変わっても友達だろという叔父の軽口に衝撃を受けたようで、また連絡を取り合うようになったとか。
そのおかげで叔父はアニキと慕われるようになってしまって、日々かかってくる電話に辟易している。
そして小学五年生の深澄は、静が面倒を見ることになった。
叔父が手を回して施設から引き取り、深澄の世話を静が見るようにということだった。
彼の傷を一番わかってあげられるのは、静だけだからという理由で。
もちろん静はそれを受け入れた。
「なんで一緒に住むことになるわけ!? アンタらほんとに意味わかんないよ!」
「まあまあ。で、ここが深澄の部屋。掃除はしといたから」
「……ふ、ふーん」
「こういう時は、ありがとうって言うんだよ」
「うるさいな、ほっといてよ」
「だーめ。これからは家族になるんだ。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」
「……あ、りがとう」
「ん。良い子」
「っ、頭撫でるな!」
深澄は、自分がどれだけ悪いことをしたのか、その重さにいつか必ず気づく時が来るだろう。
その時に償いができるように、静たちが支えていくのだ。
窓の外にふと目をやると、桃の花が咲いていた。
(あかり、君の言葉があったから間違えなかったよ。……ありがとう)
あと少しで、君と出会った春になる。
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