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6.コーラーとレストアラー

 戦闘は長引いた。


 泰介の操るデュラハンは鞭を使った物理が、努の動かすヴァンパイアは状態異常と吸収が得意だ。さらにデュラハンは首なし馬に乗っており、ヴァンパイアはコウモリの羽で空を飛ぶ。

 地面以外の全方向からの攻撃を耐えながら反撃するしかない静たちは、周囲に控えている本部のレストアラーからの支援を受けながら、術や武器を術で強化した特殊攻撃でダメージを与えていた。


「これで、終わりだ!」


 静の術で生まれた巨大な水流が、コーラーの二人ごと異形を押し潰す。

 覚醒型とはいえ、コーラーにも弱点はある。召喚中は異形を制御するために満足に動くことができないのだ。

 突発型と違って繋がりが強いために鎖を破壊するのは難しいけれど、コーラーか異形どちらかの体力を削り切れれば強制送還ができる。

 そしてついに悲鳴を上げる暇もなく二体は境界の向こう側へと姿を消した。


「はあ、ええ。異形の反応、消えました。お疲れ様でし、たぁ」


 ぺちゃ、と地面に倒れ伏す分析と防御が得意な仲間を、蒼真が回復する。それでも立ち上がれないのは、もともとインドア派なので体力が尽きたのだろう。

 静ももう努たちが戦えないと判断して、武器を御守りに変えてポケットに入れた。


 水が引いて、すぐさま本部のレストアラーたちがコーラーの二人に駆け寄る。

 泰介の方は意識を失っていて、努の方は立ち上がろうとして失敗したところを押さえ込まれた。


「おい、静。戦利品だ」


 ぽい、と投げられて疲弊した腕でなんとか受け取ると、それはデュラハンの鎧の欠片とヴァンパイアの折れた牙だった。

 これまでもボス級の異形を倒すと手に入ったが、何に使うのかは未だわからない。一応戦闘時に役立つかもしれないと持ち歩いてはいる。


 息を整えた仲間たちと努たちのところへ向かうと、二人はすでにぐるぐると大きな御守りを付けられている。以前の叔父の言葉通りならば、あの中には力を封じられるほどの境界の欠片が入っているのだろう。


「なあ、今度は答えてくれよ。なんでみんなを絶望させたり、殺したりしたんだ?」


 蒼真が無力化された努の前にしゃがみ込んで問いかけた。

 努はしばらく俯いていたけれど、一度どこかをちらりと見て、また下を向いてから口を開いた。


「……一度心に傷を負うとね、もうダメなんだ。生きてても、その傷がずっとうずいて、事あるごとにフラッシュバックして、苦しむ」


 静の頭に、四人の人間の顔が浮かぶ。


 気持ち悪いと責める母だった人。

 なぜ普通にできないんだと殴る父だった人。

 夫の世話だけで手一杯だとため息をつく祖母。

 かわいそうにと憐むだけの祖父。


 今でも時々夢に出て、嫌な朝を迎えることがある。そんな時に会いたくなる人がいて、おはようとメッセージを送っては同じ返事をもらって癒されていた。

 今は、その人に送っても届かないけれど。


 きっと今、仲間たちも誰かの顔を思い浮かべているのだろう。


「あの子も、僕はきっと助けられたのに、虐待してた本人だとも知らないで言い負かされて……次の日、元上司が殴ったところが悪くて死んだ。そんなのばっかりなんだ。いくら助けようとしても、苦しむ人は増える一方で、もういっそすべて壊した方が早いんだ」


 戦闘が始まる前に言った、コーラーになったきっかけの事件のことだ。推測通りではあっても、他にも要因があったらしい。

 警察『なのに』ではなく、警察『だから』どうにもならない現実に苦しんでいたのか。


「でも、僕は――」


 ――ドオオォン……


 地響き。

 時間の停滞では経験したことのない揺れに、全員が警戒態勢に入る。

 静ももう一度御守りを取り出して握り締めた。


 ――ドオオォン……


 予感がする。

 まだ終わっていない。


「なんだなんだ? もう現実に戻るんじゃねーのかよ」

「時間の停滞中でも地震って起こるんだっけ?」

「起こるわけないです。わたしが思うに、これは何かの足音か」


 ――ドオオォン……ピシッ


「今の音、まさか」

「ええ、そのまさかでしょうね。とんでもないものが来ますよ」


 空から、ぱらぱらと何かが落ちてくる。

 細かい雨のような、透明な何か。

 これを静は見たことがあった。


 空が、割れる。


 ――ドオオオォォン!!


「みなさん、こっちへ!」


 境界が破れた衝撃で破片が落ちてくる。

 仲間がシールドを張ってくれたおかげで、なんとかダメージは免れた。本部の人間もそれぞれ凌いではいるけれど、見たこともない大きさの影とそれが起こす風圧に、全員がそれを見上げたまま動けなくなっていた。


 ドラゴンだ。

 禍々しい瘴気を纏うそれはひどく大きい。


「ねえ、二人を連れて行かないで」


 場違いなほど幼い声がして、静は弾かれたようにその声の主を探した。

 気づかないうちに、少し離れた場所に小学生ほどの男の子が立っている。

 この状況でも怖がることなくこちらを見据えている彼の手から、静たちの前へと降り立つドラゴンと繋がる光の鎖が見えた。


「本部で保護してる子、とかじゃないよな?」

「違うでしょ。どう見ても、あのドラゴン喚んだ張本人じゃない」

「だよなぁ」


 男の子はずしんと大地を揺らして着陸したドラゴンの陰に隠れる。


「ねえ、お願い。泰介と努さんを返して」


 悲しそうな表情を浮かべられると、悪者になった気分になる。いや、努たちの仲間らしい男の子にとっては、間違いなく静たちは悪役なのだろう。

 努だけでなく泰介もすでに意識があり、二人は驚いたように男の子を見ていた。


 静は警戒を解かないまま、一歩前に踏み出して言った。


「それはできない」


 次の瞬間、仲間が半分吹っ飛んだ。


「きゃあっ!」

「うぐ!」


 ドラゴンが尾を一振りした。

 ただそれだけで、その範囲にいた何人ものレストアラーが動けなくなった。


「じゃあ力ずくでいくね」


 男の子がにっこりと笑う。

 先ほどまでのか弱い印象はガラリと変わり、小さくてもコーラーであり人を傷つけてもまったく気にならないのだと悟る。

 そしてもう一度ドラゴンが動き、静を含め立っていた人間をすべてなぎ払った。


 静は何かが割れる音を聞いたと思った瞬間、青い光に包まれ衝撃を緩和されるも、完全には防ぎきれず後方の地面へ倒れ伏す。


(……今のは)


 仲間の術ではなかった。

 ではなんだったのかと思い視線を動かすと、いつの間にか静の手から離れそばに落ちていた御守りが目に入った。

 青く光っているそれはすぐに発光を止め、役目を終えたと言わんばかりに青い炎に包まれて跡形もなく消えてしまう。


(守られた、のか?)


 全身は軋むけれど、動ける。

 けれど御守りがなければまともに戦えない。

 なんとか体を起こして周りを確認すれば、コーラーの三人以外は全員気を失ったのか動いている者はいなかった。


 泰介たちとの戦闘の疲れが残っているとはいえ、たった一度の攻撃を喰らっただけでこの状況だ。

 絶大な力の差を見せつけられて、静は万全の状態でも敵うかどうか怪しいと理解した。


「アンタはずるいよ」

「……!」


 いつの間にか近くに来ていたコーラーの男の子が、静を見下ろしている。

 震えながら顔を上げ、今言われたずるいというのが自分に言われているのだとわかった。


「僕だって親に捨てられたんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんも、僕をいらないって言って施設に入れた」

「君、も……?」


 努は静の事情を知っていた。

 仲間であるのなら、この子も知っていて不思議ではない。


「なのに、なんでアンタはそっち側にいるの? 他にもたくさん絶望してる人を見てきた。こんな世界、いらないじゃん。なんでアンタは絶望してないの!?」


 静は、憤る男の子をどこか凪いだ心で見つめる。

 昔の自分が重なって、彼の苦しみや怒り、悲しみ、そして絶望が手にとるようにわかった。

 一歩進む道が違っていれば、今そこにいたのは自分だったかもしれないとすら感じる。


 けれど静は沈みそうな自分の手を握ってくれるやわらかい手があることを知っている。

 背中を押して、肩を組んで、前を歩いてくれる人たちを知っている。


「一人じゃ、なかったからだ。支えてくれる人がいて、受け入れてくれる人がいた。だから、希望があった」


 葬式で両親から突き放される静を引き取ってくれた叔父。

 新しい学校で愛想のない静に怯むことなく話しかけてくれた相棒。

 自分以上に静を信頼してくれる仲間。


 ……そして、静に愛を教えてくれた、あかり。


「壊されるわけにはいかない。失いたくないものがあるんだ。失っていいものなんて、一つもないんだ」


 静は、力を振り絞ってゆっくりと立ち上がる。

 仲間も、叔父も、味方の誰も意識がない。

 武器となるはずだった御守りも壊れた。


 一人だ。


 相対するのは、自分の何十倍も大きな、まるで世界中の恨み辛みをすべて集めたかのような、禍々しい姿のドラゴン。


(だからって、こんなところで諦められるか)


 静はポケットに入れていたもう一つの御守りを取り出した。見た目が同じなら、武器にも変わってくれるかもしれない。

 そう考えただけだというのに、御守りはなんの不具合もなく相棒である刀に変わった。


(これは、僕の……)


 先ほど、攻撃を代わりに受けて壊されたと思っていた御守り。あれは静のものではなく――あかりがポストに入れていた方だったらしい。


 守ってくれたのは、あの子なのか。


(あかり……っ)


 最後に会った時の記憶が蘇る。


『もうだめだって思っても、だめじゃないんだよ。今まで積み重ねてきたもの、全部があなたの味方なの。仲間も、友達も、それ以外もみんなみんな』


 今まで積み重ねてきたもの。

 全部が、味方……?


 まさか――


「カッコいいこと言ったって、周りを見てみなよ。アンタは一人だよ。誰も力になってなんかくれない。レストアラーなんてさ、結局一人じゃなんにもできないんだ。僕とは違うって言うなら、そこで大人しく世界が壊れてくのを見てれば」

「――扉よ、開け」


 静の声に応えるように、戦闘用バッグから光を帯びた何かがいくつも飛び出した。


 最初のボス、巨大スライムの核の欠片。

 二番目のボス、トレントの小枝。

 三番目のボス、サイズの欠けた刃。

 四番目のボス、セイレーンのハープの弦。

 五番目のボス、ミミックのコイン。

 そして泰介と努の異形が落としたデュラハンの鎧の欠片とヴァンパイアの牙。


 送還術師レストアラーが一人でできないのならば。

 彼らのように、召喚術師コーラーになればいい。


 両手で刀を掲げる。

 鞘からは抜かない。

 楔として地面に突き立て、『鍵』を使って反転世界の向こう側に呼びかける。


「スライム、トレント。君たちの力を貸してくれ。サイズ、セイレーン、ミミック。一緒に戦ってくれないか。デュラハン、ヴァンパイア。みんなを守るための、力を!」


 静の周りに、反転世界との境界の扉が現れる。

 開いて出てくるのは、静が呼びかけた者たち。


「あれ、オレの異形か? なんかカッコよくなってね?」

「俺のヴァンパイアも……これは、何が起こってるんだ」

「なん、だよそれ。なんでアンタが喚び出せるわけ? 絶望しなかったくせに!」


 絶望で覚醒したコーラーたちが、静と静に付き従うように並ぶ異形――反転世界の住人を見て、後ずさる。

 静と住人の間には、光の糸が伸びていた。


「君の言葉がヒントになったんだ。レストアラーは一人じゃ何もできない。それなら誰かに力を借りれば良い」

「はあ? 意味わかんない!」

「元々不思議だったんだ。どうしてコーラーには突発型と覚醒型があるのか。それで君たちのような覚醒型は……もしかしたらレストアラーでもあるんじゃないかって思った」

「なん、だって?」

「あん? どーいう意味だコラ」

「時間の停滞で動けるのは僕たちのように力を持つ者だけ。そこにレストアラーとかコーラーっていう違いはないってこと」


 静の仲間たちも目が覚めたのか、辛そうに起き上がる。


「そうか……そういうことなんですね」

「先輩も、わかりましたか」

「いてて。いや、俺わかんねーぞ」

「あたしも。レストアラーがコーラーなの? だから静も絶望してるってこと?」

「そうじゃないんです。反転世界と繋がれる人が時間の停滞を認識できます。わたし達は覚醒の時、何かを守りたいって強く思うのがトリガーだった。でも反対に、すべてを壊したい、傷つけたいって気持ちがトリガーになって覚醒したのがコーラーだったんですよ」

「絶望で覚醒すると、反転世界の住人を条件を無視して連れてくることができるのでしょう。でも本来お願いして来てもらうのを引っ張り出してしまうために、絶望や憎悪に影響されて住人は体の自由と意思を奪われてしまう」

「それで……コーラーの影響で絶望に塗れた姿になるのか」


 仲間たちが静の元へと集い、静は頷く。


「突発型のコーラーは素養を持たない。だから一度住人を送り還されるともう一度喚ぶことはできない。喚び方がわからないから」

「でも覚醒型コーラーは素養がある。無意識に自分のパートナーを喚んでは送り還していた……ということですね、静先輩」

「さっきあの二人を御守りでぐるぐる巻きにしてたのは、その力を抑えるためってことなのね」

「じゃあ今静が異形……いや、住人を喚び出したのは正規の手段だから、敵として見た時とは姿が違うのか?」

「おそらく。ただ正規だからと言って一人でこの人数を喚び出すのは普通ではありませんよ。さすが静……僕たちのリーダーですね」


 蒼真が全員に回復術をかけてくれたことで、また戦えるようになった。

 消耗している今、仲間を守るのは静の役目だ。


「なに、わけわかんないこと言ってんの? 僕たちが、ほんとはそっち側にもなれた?」

「君ならドラゴンを送り還せるはずだ。そして話をしよう。何があったのか、教えてくれないか」

「う……うるさい! 僕は全部壊すんだ!! それだけのために生きてるんだ!!」


 男の子は激昂して、それがドラゴンにも伝染する。

 戦いたくはないけれど、やはり避けられないらしい。


 ドラゴンの手に掬われるようにして後ろへ移動した男の子は、手の中の鎖に苛立ちをぶつけた。


「壊せ! 死んじゃえ!」

「静先輩を守ってください! あいつらと同じで、召喚中は静先輩自身が戦闘はできません。住人との繋がりを断たれたら還されてしまいます!」

「りょーかい!」


 一人じゃない。

 それがとても、心強い。


「僕の言うことを聞けよ! アイツらなんかまとめて吹っ飛ばせ!!」

「スライム、受け止めてくれ」


 ドラゴンの尾は、ぽよんと飛び出たスライムの物理攻撃耐性でガードされる。


「サイズ、ドラゴンに纏わりつくものを削ぎ落としてくれ」


 サイズの巨大なカマがドラゴンに巣食う黒く禍々しい負の念を切り離していく。

 住人を異形たらしめる瘴気はおそらく凶暴化の原因だ。無くなれば弱体するはず。


「くそ! くそ!! それなら燃やせ! 炎を吐け!」

「ミミック、僕たちを守ってくれ」


 巨大化したミミックが静たちをぱくりと口の中に入れ、魔法攻撃からガードする。

 大技の後の隙で、仲間たちの攻撃チャンスが訪れた。


「トレント、セイレーン。ドラゴンの動きを封じられるか?」


 地面から飛び出す無数の木の根がドラゴンの足や胴体、翼に絡みつく。

 セイレーンの唄はドラゴンを惑わせ、攻撃を見当違いの方向へ誘導してくれた。


「なんでだよ! ずるいずるい! ドラゴンは最強なんだぞ……絶対負けないんだ!!」


 男の子が鎖を地面に叩きつけると、ドラゴンは暴れ出して木の根を引きちぎる。その度に体が傷つき、血が噴き出る。

 その激しさのせいで、近くにいる男の子自身が巻き込まれそうになっているのが見えた。


「デュラハン、ヴァンパイア! あの子を守ってくれ」


 空を飛べるヴァンパイアが少年を確保し、暴れるドラゴンや千切れて降り注ぐ木から馬に乗ったデュラハンが守る。


「なんだよ、離せよ……っ」

「ミスミ!」

「深澄くん、無事か!?」


 動けないコーラー二人の声で少年が怯み、ドラゴンの動きが止まる。


「みんな、今だ!」


 静と繋がっている住人と、仲間と、体を起こしているレストアラー全員でドラゴンを攻撃し、その巨体がついに倒れる。

 急いで送還術を発動して、境界にできた亀裂がドラゴンを飲み込んでいく。


 ――終わりだ。


 最後に境界が修復されたところまで見届けてから、静はやっと肩から力を抜いた。


「みんな、ありがとう。助かったよ」


 スライムやトレント、デュラハンたちは現れた扉から還っていく。

 その場に残されたのは、人間だけだった。




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