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4.手探り2


「同じ、だよな。静のと」

「うん。叔父さん、それは?」


 レストアラーになって御守りを支給された時、それぞれ違う色や形で配るのだと聞いた。

 それなのに同じものがある。


「ポストに入ってたんだよ。この封筒の中に」


 叔父が開いて見せてくれたシンプルな封筒の中には、もう何も入っていない。差出人も不明だ。

 けれどある想像で心臓が高鳴る。これは。


「あかり……かもしれない」

「え、あかりちゃん?」

「切手も宛名も住所も書いてない。直接ポストに入れたってことだ」

「土曜日に入れたってわかるのか?」

「うちは僕しか回収しないから」


 あー、と蒼真が呆れた目で叔父を見る。

 土曜日の朝からおそらく今日まで放置されていた郵便受けは、手紙やチラシがそれなりに溜まっていただろう。もしその前に部屋の中に持ってきたとしても、叔父が仕分けるのはもっと後になる。あかりが入れたものが今出てきても不思議ではない。


「でもさ、これ個人仕様なんじゃなかったっけ。一つひとつ作りが違うとか聞いたような」


 叔父は蒼真の疑問に頷いた。


「そうだ。レストアラーの素養は個人差があるからな。効果が強すぎるのを持ってると、逆に力を封じられちまう。強すぎず、弱すぎずの加減を見極めて作ってる」


 明かされていなかった理由に、静と蒼真は顔を見合わせた。


「開けんなって言われてたから見てなかったけど、何がどうなってそんな御守りを作れるんだ?」

「中身は固いし、石……かな」


 それぞれの御守りを触り、時間の停滞以外では特に何も感じないそれをまじまじと確認する。


「企業秘密だと言いたいとこだがな。二つが同じもんなのか確かめるぞ。静、それ貸せ」


 叔父に言われた通り、もらった日からずっとつけていた御守りを外す。

 その時スマホのボタンに触ってしまって画面が明るくなり、たくさんの通知が来ていることに気がついた。充電も切れそうだ。


「みんな、心配してたからな。後で連絡してやれよ」

「……うん。ありがとう」


 また少しだけ、心が楽になる。

 君にも案じてくれる人ができるのだと、昔の一人ぼっちだった自分に教えてやりたい。


「叔父さんも、ご飯ありがとう」

「うるせえ俺じゃねえ」

「でも芯が残ってたから残りがあるなら雑炊にしよう」

「聞けよ」

「お、それオレも食べたい!」

「いいけど、家に連絡しなよ。ご飯作ってくれてるだろうから」


 心なしか耳が赤い叔父に小さく笑みをこぼして、御守りを手渡す。

 叔父は照れのせいか御守りを乱暴に奪い取ると、ためらいなく中を開けた。


「ちょ、詠史さん開けたらなんかヤバいんじゃねーの!?」

「爆弾じゃねーんだぞ。……完全に同じってわけでもなさそうだな」


 二つの御守りを見比べる叔父は、そう言いながらも難しい顔をしている。


「それ、何が入ってるんすか?」

「境界の欠片だ」

「きょうかい、ってまさか、あの異形が出てくる時に割れるやつ!?」


 蒼真も自分の御守りを開け、逆さに振る。中から出てきたのは小指の爪の半分程度の大きさをした透き通った何か。

 ほぼ透明なのに、光にも反射しない不思議な物体だ。これが、境界の欠片なのか。


「おい、失くすなよ」

「ちっさ! え、静のは!?」

「見たいか。ほらよ」

「うわ、めっちゃ入ってんじゃん! 何この差!」

「素養の大きさだ。蒼真は時間の停滞に初めて入ったの、覚醒する寸前だったろ。覚醒までの期間が長ければ長いほど、レストアラーとしての能力が高いってことだ」


 叔父の説明では、小学生の頃から時間の停滞を認識していた静は歴代でもかなりの力を持っているらしい。

 異形が喚び出されて時間の停滞が起こる時、その中心から離れるほど認識されにくくなる。それを離れているのに感じ取れるのは、幸か不幸かごく一部の人間だけなのだと。


「じゃあ、力が強かったから静は……」


 蒼真が濁してくれるけれど、その先はきっと両親のことだろう。

 静は大丈夫だという意味を込めて口元を緩める。親だった人からの愛を求めて泣く子どもはもういない。


「もしお前が今回コーラーになってたら、誰も止められなかったかもしれねーからな。よく留まってくれたよ」

「確かに、突発型コーラーと似た目してたな。元に戻って良かった」


 二人の視線に安堵が混ざるのを感じる。

 自分でも暗闇をさまよっていたこの数日で、異形を喚び出さなかったことを不思議に思う。あかりを失った現実は確かに、静にとっては絶望に違いないのに。

 薄氷を踏む一歩手前で、静を足止めしたのは、きっと。


「ーー言われたんだ、あかりに」

「何を?」

「いなくなっても、絶望しないでって」


 それだけだ。

 他の誰も見えずにいた静は、ただその言葉だけで超えてはいけないラインを見定めた。

 無意識のうちに行われていたことに、静は本当にたった一人の女の子が自分の中心にいるのだと理解する。


「……じゃあそれ言われてなかったら」

「なってた、かも」

「めちゃくちゃギリギリじゃねーか」

「その子の言葉肝に銘じとけよ、静」


 お前魔王にはなるなよ、と蒼真に青い顔で肩を掴まれ、叔父からも怖い視線を向けられる。

 静は善処するつもりで頷いた。

 さすがに好き好んで大勢を傷つける側に回りたいとは思わない。


「……よし。これは静、お前が持ってろ」


 確認作業が終わったらしい叔父が、二つの御守りを差し出す。

 一つはもともと静に支給されたもの。

 もう一つは、おそらくあかりが持っていたもの。

 どちらも本当に似通っていて、見た目は静のものの方が毎日持ち歩いて戦闘にも使われるせいで若干傷んでいるくらいの違いしかない。


「結局それ、何なんだ? 静のに似てるだけなのか?」

「今はわからん。調べるからそのあかりって子のこと、もうちょい詳しく話せ」

「……先に言っておくけど、あかりは敵じゃないよ」

「そこは疑ってねーよ。探してんなら協力してやるっつってんの」


 静は驚いて叔父を見た。

 普段なら絶対に言わないセリフに、何か裏があるのではとつい勘ぐってしまう。


「失礼な奴だな。この御守り持ってたっつーことはレストアラーに関係してる人物なんだろ。本部としても見過ごせねーんだよ。誰かの縁者って線もある」

「でもあかりはこの世界の人じゃないんだ。探してるのは会いに行ける方法で」

「はあ? 世界?」

「まあ待てよ静。探してもらってもし見つかったら最高じゃん。オレたちはオレたちで探せばいいし、悪くはないだろ」


 あかりが嘘を言ったとは思えない。けれど、蒼真の言うことも間違ってはいない。

 静は少し考え込んだ後、叔父に向かって頭を下げた。


「叔父さん、よろしくお願いします」

「おう。ただし、力を入れるのは今の覚醒型コーラーの件が片付いてからだ。今は俺ら本部の人間もそう余裕がねえ。それ、害はないからちゃんと持っとけよ」

「うん、わかった。ありがとう」


 もともとの御守りはスマホケースにつけ、それと呼ばれたもう一つはポケットに入れた。

 あかりが持っていたものならば、身につけていたい。きっと何かの理由があって置いていったのだろうから。


『だから忘れて。私がいたってこと』


 目を閉じれば、穏やかに微笑むあかりが蘇る。


 忘れない。

 忘れるわけない。


 絶対、見つけてみせる。


 静はポケットの中の御守りに触れる手を、強く握りしめた。



◇◇◇



「異形だ。行こう」


 蒼真はいつものように突然訪れる時間の停滞で、誰よりも前を走る相棒の背を追った。


 すでに静の見舞いに行った日から数日が経っている。

 心配していた仲間たちには風邪をひいたと言ってごまかしていたが、蒼真以外の三人だって、何かがあったことくらい察している。けれど本人が語ろうとしないから見守っているところだ。


(こんな時でも、誰かを頼ろうって発想にならないとこが静だよなぁ)


 一人で立とうとする姿勢には素直に感心するが、仲間としてはやはり寂しい。

 もう少ししたら蒼真から静に、他のみんなにもあかりのことを相談しようと提案するつもりだ。もしかしたらその前に、誰かが先走って説教するかもしれないが。


 一見、静はあかりを失う前とほぼ変わらない。

 様子を見に行った時の虚ろな目がまるで嘘だったかのようだ。

 ただやはり影響は出ているもので、ふとどこかを眺めながらぼんやりしているのを見かけることが増えた。蒼真はその時の相棒の心情を考えると苦しくなってしまう。


(あかりちゃん、どこにいんだよ)


 正直、蒼真にはさっぱりわからない。

 別の世界から来ただとか、記憶がなくなるだとか、姿が消えただとか、すべての情報が荒唐無稽に聞こえる。


 だが蒼真は、他でもないあかりに、静をよろしくとお願いされていた。そして任されたと答えた。

 だから蒼真もあかりを絶対に見つけると決めている。それが相棒の幸せなのだと、ずっと近くで見ていた蒼真は知っているから。


 もしこの覚醒型コーラーの件が片付いて、もう一度二人が会えたなら。


(その時は静のこと、褒めてやってくれよな)


 君のために必死な静を、今度こそ受け止めてほしい。

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