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3.手探り1


「それで、詳しく聞かせてくれるか?」

「うん」


 静はあれから、おにぎりのような何かをすべて腹に入れ、蒼真の持ってきたお茶を飲んで風呂に入った。

 気がつけばあの土曜日から数日が経っている。

 冷たい水を被ればドロドロとした思考が洗い流され、ずいぶんとすっきりした。


 あかりがいない。

 あかりが消えた。

 もう会えない。


 そんなことばかりが頭を支配して、薄れていく最後の姿が浮かんでは消えるのを繰り返していた。一度叔父にあかりを探しに行くよう言われ出かけたような気もするけれど、記憶が途切れてよく覚えていない。

 目が覚めた今でも、あかりのことはずっと考えてしまう。けれど蒼真の言葉で、あかりを諦めたくないのなら前を向かなければならないと気がついた。


(こんな風に立ち止まるのはいつ振りだろう)


 少なくとも東京に来てからは、一度もなかった。


 親にさえ愛されないという事実は、静の心をすぐに水底へと沈めようとする。

 影に引きずられそうな時、いつも静を掴んで引き揚げてくれるのは、温かい気持ちを向けてくれるあかりだった。

 思えば本当に最初から、あかりに導かれていたような気がする。


「あ、でもお前休まなくて平気か? 一回寝ないとクマひどいぞ」

「ん……あんまり寝たく、ないんだ」


 この数日はほとんど寝ていない。

 眠ったら悪夢しか見ないだろうし、覚えていたいものまで消えてしまいそうで怖いのだ。


「まあ、ちゃんと方向性決めてからのがいいか。じゃあ、手っ取り早くあかりちゃんはなんで静から離れたか、わかるか?」


 蒼真の疑問に、胸が痛む。

 それでも忘れられるはずのないあかりとの会話を反芻する。


「僕が、あかりを好きになったからだ」

「……線引きされてるって言ってたよな。でも最初告白したのあかりちゃんじゃん」

「たぶん、僕があかりを好きになるはずないって思ってたんじゃないかな。あかりはこの世界の人間じゃなかったらしいし、確信できる何かがあったのかも」

「は?」

「いつも世界を超えて会いに来てくれてて、でもあの土曜日がそれができる最後の日だって言ってた」

「ちょ、待て待て、もうだいぶ意味わかんねーぞ」


 出だしから音を上げる蒼真の気持ちもわからなくはない。

 けれど静と一緒に証拠を見ていたはずだ。


「あかりの学園祭の時、あかりがいた痕跡が消えてたでしょ。それが普通の状態で、会いに来てくれるとあかりがいた痕跡がある状態になる……んだと思う」

「あー……さっきのこの世界じゃないってのは、反転世界ってことか? 異形たちがいる?」

「いや、違うと思う。時間の停滞は起こらなかった。普通の時間のまま、薄くなって消えたのを見た」

「消えた? 帰ったんじゃないのか」

「うん。だからここにあの日あかりが置いていった上着も鞄も靴もある」


 静はまとめておいたあかりの荷物を見せる。

 静の手元に、キーホルダーの片割れ以外二人の思い出を形として残せたものはない。ただしそれはあくまでも静が買ったものだ。

 そういう意味ではこの荷物が唯一、確かに彼女がいたという証だった。きちんと綺麗に保管しておかなくては。


「マジか。瞬間移動とかテレポートとかそういうやつか?」

「……仕組みはわからないけど、発動条件は推測できる。きっとあかりが意識を失うことだ」


 以前ゴーストと戦った時も、土曜日も、あかりが倒れると姿が消えていくという共通点があった。服も荷物も時間帯すらも関係なく、あかり自身に作用する。

 一度目は瓦礫が近くに散乱していた。それは敵の攻撃を静たちが避けたことで、代わりに延長線上にあった建物が壊れたせいだ。あかりは大した怪我がなかったようなので、攻撃に巻き込まれて倒れたのではなく、何かしらが原因で気を失って倒れたのだろう。

 二度目はだんだんと意識が遠くなっていたようだった。ふらりと体が傾いて、目を閉じてもまだ口は動かせていた。タイミングが良すぎるけれど、眠ったのだと思う。


「お前……二回しか見てないくせになんでわかるんだよ。まあ説明聞いてもわかんねーだろうからそれは良いや。じゃあ話を戻して、痕跡がどうのってやつは?」

「それは、僕もわからない。あかりがこっちに移動すると、周囲の記憶が修正される、とか」

「こっちに来ても違和感ないようにってか。マンガかゲームだな、ほんと」


 あと映画か、と蒼真は呟きながらスマホを取り出していじり始める。


「まあオレたちも散々現実離れしたことやってるけどな。それにしても別の世界ねえ。えーとSF……宇宙、ロボット、パラレルワールド、タイムトラベル、超能力、宇宙人」

「何? それ」

「ネットに書いてあるSFの種類。ファンタジーは空想、フィクション、魔法、異世界ってとこか。時間の停滞とか異形は一般的にはファンタジーなんだろうな」


 蒼真がスマホで調べた内容を静に伝えてくれる。

 世界を超えるだとか目の前から消えるという現象が、蒼真の中ではSFに分類されたらしい。

 その中のどれかはあかりに繋がるのだろうか。


「聞いただけだと超能力が近いのかな。移動したり、あと静の過去視?」

「過去視?」

「ほら、言ってただろ。お前のこと会う前から知ってたって。だったらお前に会った瞬間過去を見た……いや、それで好きってのも変か? じゃあ会う前から未来予知で静を見て好きになったとか」


 超能力。

 確かにそれなら周囲の記憶をいじることもできるかもしれない。


「全部ありえないはずだけど、だからって現実で起こらないわけじゃないってのはオレたちが一番よく知ってるもんな」

「そうだね」


 レストアラーにコーラー、異形。

 静たちの日常だって充分非現実的だ。


(それにあかりの話は、噛み合わないところもある気がする)


 今思うと、静に会いに来た方が特殊だと言いながら連絡を取れる時間が圧倒的に多かったのが気になる。

 違う世界へ帰っていた期間が短すぎないだろうか。そんなにこちらの世界で過ごしていて支障はなかったのか。


 それならばむしろ、あかりもこちらで普通に暮らしていると言われた方が納得できる。静と蒼真だけがあかりのいない幻を見せられていると考えた方が早いくらいだ。


 いや、それなら荷物は置いていかないか。それに学園祭の前に会っていない蒼真へ何かを仕掛けるタイミングは無い。


 ーーだめだ、わからない。


「諦めんなよ。あかりちゃんに会ってたのは静だけじゃないからな。幻だったのかもって忘れそうになったら、オレがいつでも肯定してやる」


 スマホから目を逸らさず、蒼真が小さな声で呟く。静はそれを心強く感じて、小さく笑みをこぼした。


(僕なら大丈夫。みんなが味方で、僕は愛されてる、か。あかりが言った通りだ)


 両親と暮らしていた幼い頃、まだ時間の停滞を知らなかった時までは静も幸せだった。今ではおぼろげな記憶だけれど、抱きしめられた温もりをどこかで覚えているからこそ、失ってずっと苦しんでいる。

 それを埋めてもらえなかった祖父母との暮らしで、愛情が欲しくて飢える心を抑えるのは得意になった。改めて親だった人たちに突き放されても、涙も出なくなるほどに。

 その後引き取ってくれた叔父も家族ではなく家政婦のような扱いだったけれど、悲しいと思うよりは役割が明確でありがたかったくらいだ。面識もほぼなかったことを考えれば充分すぎる待遇だと思う。


 友達もいなかった。

 普通の幸せな家族がいた頃は人並みにいたのかもしれないけれど、時間の停滞に怯えるようになってからは全員離れていった。

 だから友達なんてものは静の知らないところで起こる人間関係で、今後も静は一人で生きていくのだろう。そう思っていた。


 静の停滞した世界は、あかりと出会って一気に破壊される。


 誰かに強い愛情を抱いて、お互いが同じ気持ちになったのが恋人や夫婦だとは知っていた。けれどその相手に、まさか静が選ばれるとは夢にも思わなかったのだ。

 信じられないと思う気持ちと、あかりの明らかな好意を感じて信じてしまう気持ちがぶつかる。一度可能性を提示されると、もうだめだった。


 この子がくれる愛情がほしい。


 すぐにそんな恐ろしい欲が襲ってきた。

 手放してはいけない。大事にしなくてはならない。こんな奇跡のような人は二度と現れない。そう心の奥で思っていたなんて自分でも知らないまま、あかりのそばにいた。

 飢えていた心は、死んでいなかった。そのまま飢え続け、機会を窺っていただけだった。


 静の心はあかりが注いでくる水を、与えられるがまま吸い込んで、潤いを思い出していく。受け止める器が広がっていく。

 だからこそ、話しかけてくれた蒼真を、家に置いてくれた叔父を、レストアラーの仲間や他の人たちを、受け入れる余裕ができたのだ。

 そして今、その結んだ縁が静を支えてくれている。


 きっとあかりがいなければ、気がつけないことがたくさんあった。

 蒼真の一人きりの見舞いにも。

 叔父の下手くそなおにぎりにも。


(僕はーー愛されていたのか)


 静は目を閉じて、湧き上がる気持ちを堪えた。

 情けなくもまた泣いてしまいそうだった。


(あかりが嘘を言うとは思えない。でも、もしあかりも知らない事実があったとしたら……)


 そこに希望はある、かもしれない。


「おい、静! お前御守り失くしてやがったのか!」


 唐突に部屋の扉が開かれたと思えば、怒った様子の叔父が飛び込んでくる。


「うわ! ビビるからやめてくれよ詠史さん」

「……御守り?」


 そういえばと、あの日からずっと確認していなかった携帯を探す。

 ベッドのヘッドボードに置いてあるそれには、いつも通り大きくて少々場所をとる御守りがついていた。


「あるけど」

「あん?」

「ほら」


 手に取って見せてみると、叔父は心底驚いた顔で手元に視線を落とす。


「どうしーーえ?」

「は? それ」


 叔父の手の中には、静と同じデザインの御守りが握られていた。

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