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2.相棒の見舞い

 蒼真にとっての静は、友達という枠では収まりきらないほどの大事な相棒だった。


 いつもリーダーとしてみんなの前を走り、本当に同い年かと疑うほど冷静で、どんなに大きな敵を前にしても怯んだりしない。なんでも受け入れてくれそうな包容力に加え、無表情からは想像できないほどの優しさまで持っていて、蒼真は今までに何度も支えてもらっていた。

 少し無茶な命令だって卒なくこなすし、できないことを無くしていく姿勢が格好いいと憧れる気持ちすら持っている。

 そんな静は、すでに友人としてもレストアラーとしても欠かせない存在だった。きっと蒼真だけでなく仲間のみんなも同じように思っているだろう。


 生い立ちのせいか慕われているわりに自分に自信がないところは、数少ない欠点かもしれない。

 そのことでもどかしい気持ちになることもあるが、あれだけ女の子にモテているのに気がつかないのはさすがに鈍感の部類に入ると蒼真は思う。


 そんな静の特別な女の子が、お試し彼女であるあかりだ。


 転入初日から大遅刻をしてきた静がおもしろくて話しかけた蒼真に、まず聞いてきたのは「彼女とは何か」だった。

 学校に来る途中告白されたというなんとも羨ましいことを相談されて、彼女いない歴イコール年齢という悲しい事実を暴露させられたのでやけくそでもし彼女がいたらの理想を説いた。そうしたら仲良くなった。

 その後もたびたび相談してくる静の事情を知っているのは、直接あかりに会い内緒にしてほしいと言われた蒼真だけだ。今となっては仲間のうち蒼真だけが頻繁に静に頼られているように見えるので、仕方ねーなと言いつつ内心喜んでいるのは絶対に秘密だ。


 そんなめちゃくちゃいいヤツで彼女大好きな相棒が、初めて学校を休んだ。

 仲間も誰も理由を知らなくて、何か異常事態が起こったのかと騒つく。

 蒼真だけはあかりと何かあったのだと確信していたため、とりあえず代表として静の様子を見に行くことになった。






 インターホンを押してしばらくしてから出てきたのは静ではなく詠史だった。


「おー、お前か。静は部屋にいるからよろしくな」

「えっ!?」


 詠史は静と蒼真がレストアラーになった時の教官、のようなものだ。それほど熱心に教えてくれたわけではないが、基本的な実戦について指導してもらった。

 まあすぐ他の人に任せて自分は部屋にこもったりしていたので、面倒くさがりなのだと思う。一緒に暮らしている静ともあまり干渉しない約束をしているというのだから相当だ。

 そんな詠史が、静をよろしくと言った。


「天変地異が起きるんじゃ……」

「うるせーさっさと入れ寒い」

「うっす。お邪魔しまーす」


 当然飲み物を出してくれるはずがないので先にキッチンに寄って、二人分のグラスに持参したサイダーと静がいつも選ぶお茶を注ぐ。

 すると両手が塞がってノックができず、外から声をかけることになった。


「しーずーかー、オレオレ開けて」

「あー、無駄だぞ。今抜け殻になってっから、勝手に入れ」


 大声で話しかけたせいで、静ではなく詠史の方が反応した。

 お言葉に甘えてひじでドアノブを捻れば、見慣れた部屋が広がった。


「よっ静。元気、じゃ……なさそうだな」


 いつもなら無表情ながらも親しみのこもった視線を向けられるのだが、ベッドに座り込んだままの静は表情が死んでいる。

 蒼真にとっても初めて見る顔だった。

 たった数日だというのに、少しやつれてしまったのだとすぐわかる。


 静の足元にあるローテーブルにグラスを置き、向かいに腰を下ろした。


「これ、飲めよ。いつものな。みんな来たいって言ってたけど、こういう時こそオレの出番だと思って遠慮してもらったわ」


 明るく言ってみても静は反応しない。

 聞こえていないのかもしれない。


「……あかりちゃんとの話し合い、うまくいかなかったんだな」


 十一月三日、蒼真は静についていく形であかりの高校の学園祭に行った。

 大抵静からされる相談はあかりのことで、その半分がどうしたら喜ばせられるかなどの悩み、もう半分が惚気だ。その比率が変わってきたのは夏あたりからで、会えないだとか避けられているだとか、そういうものが増えていた。

 好きだと思われているのはわかるのに、好きだと匂わせると線引きをされるのだと。


(たしかにあかりちゃん、頑なにお試しを強調してたんだよな)


 好きなら普通に付き合えばいいのに、とは思ったが、最初に告白を断ったのは静だ。ただ本人は感想を言っただけで、断ったわけではなかったらしいが。

 ついに数ヶ月謎だった静に好きになってほしくない理由がわかるのかと、蒼真は話を聞いてすぐに一緒に行くことを決めた。


 結局学校ではあかりは見つからず、誰に聞いても知らないと言われ、連絡も取れない状態になってしまった。

 バイト先でも知らないと言われ、家に至っては別の住人が住んでいたのだから驚愕するしかない。


「悪い、オレが余計なこと勘ぐったからだよな。コーラーかもなんて、言わなきゃよかった」


 もともとあかりを泰介たち側の人間かもしれないと怪しんだのは蒼真だ。

 時間の停滞で見かけたと話を聞いて、不安になった。直接目撃したのは静だけだったので、詳しい状況はわからないが。


 静から聞いた家庭の事情はひどいもので、だからこそあの子には静のことを大事にしてほしいと思っていた。そのせいで、もしあの子が相棒を裏切っていたら、という悪い想像が頭を離れなかったのだ。

 もし蒼真の発言のせいで仲違いしていたらと思うと、血の気が引く。


「あかりは……コーラーじゃ、なかった」

「! 静」


 初めて話してくれた静の声はかすれていて、自分のことを考える余裕もないほど大きな喪失感に襲われているのだとわかった。

 このまま自分を顧みない生活を続けてしまえば、すぐにボロボロになって、最悪死んでしまうかもしれない。今コーラーになっていないだけでも奇跡のような状態に、蒼真は胸が痛くなる。


 それほどまでに大きな存在になったあかりに、どうしてコイツを置いて行ったんだと事情も知らないくせに怒りが湧いた。


「あかりちゃんが今の静見たら、がっかりするかもな」

「……え?」


 だから大いに名前を使わせてもらう。

 静をもう一度立ち上がらせるための、役に立ってもらおうではないか。


「あかりちゃんは何て言ってたんだよ。何も言わずにいなくなったわけじゃないんだろ」

「……忘れて、ほしいって。他の人を、好きになれって」

「そんなもんお前に下を向いてほしくないからついた嘘だろ。あんなにお前のこと好きだってだだ漏れになる子が、本心からそう思うわけねーよ」


 わからない。

 わからないが、そうであってほしい。

 蒼真は静から聞いた優しいあかりしか知らない。その印象が間違っていないのなら、静を助けてやってくれ。


「今のままで、あかりちゃんの前に立てんのか。あの子に釣り合うような男になりたかったんじゃねーのかよ」


 優しくて家庭的で頭が良くて運動もできてかわいい、他の男にもモテる女の子。誰にも取られたくないと思ったから今まで頑張ってきたのではないのか。

 そんな静を見守ってきた蒼真は、こんな結末が見たかったのではない。


 好きな子に大事にされて、そして初めて好きになれた子を静も大事にする、そんな二人を見たかったのだ。


「探そうぜ、会いに行く方法。ここで俯くより、もっとできることあるだろ」


 静が顔を、上げる。

 来た時の死んだような目ではなく、きちんといつもの色に。


「……うん。そう、だね」

「っだろ! じゃあまずはちゃんと水分摂れ。あとはなんか食い物買ってーー」


 いつもの返事に蒼真は心底ほっとして、とにかく何か食べさせなくてはと財布を持って立ち上がる。

 その時ちょうど良くノックがしたので出てみれば、足元に下手くそなおにぎりが乗った皿が置いてあった。まさかとは思うが、こんなことができるのは、同じ家に住む詠史だけだ。


「おい、これ……」


 蒼真が本気で空から槍でも降ってくるのではと震えながら振り返れば、静はそれを拾い上げ持っただけで崩れてしまう白米を躊躇いなく口に運んだ。


 もぐもぐと咀嚼する静は、無表情だ。

 具も何も入っていないそれはおいしそうには見えないが、構わずごくりと飲み込んだ。


「……おいしく、ない」


 やっぱりな、と思った蒼真は、きっといつもなら笑い飛ばしていた。後で詠史に殴られようとも。


 だが、静は泣いていた。

 蒼真はそれを初めて見た。


 静の肩を軽く叩いて、蒼真は静が話し出すまで隣で待つことにした。

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