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27.二十七日

 それから、駆けつけた警官に連れられて警察署で事情聴取をされた。

 通報した女性はうまく話せないあかりに変わって、目撃者として説明をしてくれる。それに頷くかたちでスムーズに進んでいった。


 目撃者の女性は、ストーカーに会う前に聞いたヒールの音の人だったようで、最初から最後まで見ていたらしい。もっとも最初は遠かったので普通に知り合いと話しているのだと思い、男が怒鳴ったあたりから様子がおかしいと通報したそうだ。


 助けてくれた男性の存在と、彼が犯人を追いかけていったのも伝えたことで、しばらくして無事捕まったという知らせが来た。

 ストーカーの証明のためにスマホの着信履歴を見せた時、倒れたせいで画面が割れてしまったことに気がつく。けれど使えはするので、あの迷惑電話が解決したのだと思えば、大した問題ではない。

 腕の跡と倒れた時に擦りむいた傷は手当てをしてもらえた。


 別室に連行されたらしい犯人の確認が必要で、顔を写真で確認する。

 ーーバイト先の常連客、刀川だった。

 静といる時に会ったことがある。手を繋いだことを謝れというのは、もしかしたらその後を見られていたのだろうか。

 犯人側の聴取の進みは遅く、あかりのことを恋人になったと思い込んでいたこと、番号はバイト先の電話近くに貼ってあったメモで盗み見たことなどは後日聞くことになる。


「あかり! あんた……心配したよ」

「お姉ちゃん……」


 迎えに来てくれたのは姉で、母とは連絡が取れなかったらしい。仕事中だからだろう。


「よかった、無事で。ほんとに……」


 そうやって抱きしめられて、あかりは涙が溢れてくるのがわかった。


「あの、お礼がしたいので、お名前とご住所を教えていただけませんか。あと、助けてくれた男性はどちらに?」


 泣いている間、姉はあかりを抱きしめたまま保護者らしく付き添ってくれていた女性に話しかけていた。


 あかりは連日の緊張から解放されたことと、今日の疲れのために眠ってしまったらしく、その辺りからの記憶はない。

 起きたら姉と父が住む家だったので、安心してもう一度目を閉じた。


 もう、嫌な夢は見なかった。



◇◇◇



 数日経って、あかりは自分の家に戻ってきた。


 それまで姉の部屋に泊まらせてもらい、大学四年生で週一だけ大学に行けばいいらしい姉がたくさんお世話をしてくれた。

 幸いストーカーには腕以外どこも触られなかったので、普通に接する分には男の人でもそれほど怖くは感じない。出張中の父がもしいたとしてもきっと大丈夫だったはずだ。


 母も連絡に気づいた後すぐ会いに来てくれて、落ち着くまでは学校も休んでいいと言ってくれた。


 電話も、もう来ない。


(……今日、静くんは楽しく過ごせたかな)


 今日は二十七日の夜。

 静の誕生日だった。


 きちんと昨日は御守りを入れて眠ったけれど、あの夜から数日は連絡が取れない状態にしていた。

 静に会いたいと言い出してしまいそうな自分を戒めるためだ。


 今日の朝になって携帯は静から心配のメッセージが届いていると知らせてくれたのに、すぐに電源を切ってしまった。

 もしいつもみたいに電話が来て、万が一会いたいと言われたら。あかりは断れる気がしない。


 母は夜勤で、あかりももう眠るだけだ。

 布団に入って恐る恐る電源を入れて、まず非通知の着信履歴がないことに安堵する。あんなに数が多かったというのに、一人でやっていたというのだからその執念には恐れ入る。


『おはよう』

『また、だね』

『どこか怪我してない?』

『心配してる。都合が良くなったら連絡してほしい』

『おやすみ』

『おはよう』


 その後も一日の始まりと終わりに挨拶が、その間に少しだけメッセージを送ってくれている。

 以前たんこぶで入院したことを覚えているのか、怪我の心配をしてくれて心があたたかくなった。

 大したことはないとはいえ、本当に怪我をしているのは言わないでおこう。


 静は、本当にいつも優しい。

 すべてがわざとではなくとも、こうして数日連絡がまったくとれなくなっても心配をしてくれるし、わざと会わないようにしているのに怒りもしない。そろそろ態度の悪さで嫌われても仕方ないと思うのだけれど。

 そんな器の大きいところも、好きだ。


 画面の中の主人公は理想だった。

 でも実際に会えた静は、少し違う。

 怪しさ満点の女子にも優しくて、無自覚に人を口説いて、無表情なのに時々笑うと雰囲気がやわらかくなる。男らしくて、決断力があって、よく見ていてくれて、心配性で、照れた顔がかわいい。あと、よく触る。

 この世界で生きる、一人の男の子だった。

 知るたびにもっと好きになるから、あかりはいつも静を前にするとドキドキが止まらなくなる。


 挨拶もろくに送っていなかったあかりは、最初に何を言えばいいのか悩んで、目を閉じた。


「あ……」


 手の中のスマホが鳴って、一瞬びくりとする。違う、もうあの電話は来ないのだった。

 大丈夫。

 目を開けて名前を見れば、静の名前が表示されていた。


(どうしていつも、気がついてくれるんだろう)


 まだメッセージを送れてもいないのに。

 あかりはきゅうっとなる心臓を押さえて、通話ボタンをタップした。


『あかり?』

「静くん……こんばんは」


 声も素敵だ。

 低すぎず、落ち着いていて心地いい。


『こんばんは。夜にごめん。おやすみって送ろうとしたら既読になってたから』

「ううん、大丈夫。私も今送ろうとしてたとこだったよ」

『そっか。声が聞きたいと思ってたから、良かった』


 またそうやって口説く。言われた方が赤くなって、言った方はけろりとしているのだと思うと、なんだか納得がいかない。

 けれどそんな静だったからこそ、あかりはもっと好きになってしまった。


『今日、あかりは何してたの?』

「お姉ちゃんのところに行ってたよ。車で送り迎えしてもらって」

『お姉さん……そうなんだ。車、便利だよね』

「うん。都心だと電車でどこにでも行けるけど、車は家から目的地までまっすぐ行けるのがいいよね」


 姉と父が住むのは東京の二十三区外だ。

 少しの間だけでもあの出来事から離れられて、思ったよりもリフレッシュできた。母と姉はそれを狙っていたのかもしれない。

 学校に行っていないことは説明が難しいので内緒にしておこう。


「静くんは、何してたの?」


 そう質問をするのは、少し緊張した。

 返答によっては聞かなければよかったと後悔するような質問だったからだ。


『僕は……部活のみんなと遊んでた』

「そっ、か。楽しかった?」

『うん』


 仲間が祝ってくれた、ということは、まだ特定の彼女はいないということだ。あかりが断ったからといって、他の女の子を誘ったりはしなかったらしい。

 それに安心して、すぐ自己嫌悪した。好きな人の幸せを喜べないなんて、最低だ。

 もし実は女の子と二人で会っていたのだとしても、あかりには怒る権利すらないのに。


『楽しかったけど、寂しかったよ』

「ーーえ?」


 寂しい。

 それは、主人公がエンディング前ではじめて口にする言葉だった。


 主人公は、言ったらもっと嫌われてしまうかもしれない、言ってもきっと意味がないかもしれない、そう思って寂しいと家族に言えないまま捨てられてしまった。

 だからゲーム内で主人公が使うのは、ラスボスと話す時だけという、特別な単語なのだ。


 それを、どうして今日、あかりに言うのか。






 ーー頭の中のもやが、晴れていく。






『本当はあかりに会いたかった』

「……っ」

『言われても困るってわかってるんだけど』


 ごめん、と謝る静に、あかりは首を振る。

 電話の向こうにいる静には見えないのに、胸が詰まって声が出ない。無理に出そうとすれば涙に変わってしまいそうだった。


(ーー静くんは、私が思うよりもっと、私を大事に思ってくれてるんだ)


 わかっていた。とっくに。

 あかりが認めたくなかっただけで、きっと静は早い段階からあかりを懐に入れてくれていた。


 フェードアウトなんて、最初から無理だったのだ。なぜなら、あかりが最初を間違えてしまったから。

 彼女にしてほしいと言うべきではなかった。

 あのセリフが静の選択肢を奪った。本当なら五人のうち、誰かが座るはずの場所を、あかりが先に奪ってしまった。


 だから恋人にするような扱いを、あかりにしてくれる。

 だから、誕生日という、静にとって大切な日をあかりと過ごしたいと言ってくれる。


 だからーー静はあかりを好きだと言おうとしてしまった。何も明かそうとしない、素性の知れないあかりを。


(あれは、冗談じゃなかった。私のために、冗談にしてくれた)


 涙が堪えきれなくなる。息が苦しい。

 それが聞こえたのか、静が息を呑む音が聞こえた。


『あかり? なんで、泣くの』

「っ、ご、めんね」


 そんな軽い言葉では到底謝りきれないほどの、大きな罪悪感があかりを襲う。

 家族に突き放された静が、心のよりどころにするのは恋人だ。そして友達と、仲間。それらは決して欠けてはいけないのに。


 冗談にしてくれた時も想像したように、静を苦しめるのが他でもない自分だとわかって、あかりは泣き止むことができない。


『責めたかったわけじゃないんだ。怒ったりもしてない。だから』

「ちが、の。ごめん、ごめんなさい……」


 もし勘違いだったならそれでいい。

 心置きなく何も言わずにいなくなれる。


 けれど、本当に静があかりを好きになってくれていたとしたら、伝えなければならない。

 ーーあなたと一緒には生きられないのだと、はっきりわかるように。


「静くん、は、私のこと、好きですか?」

『……え?』

「お試しじゃなくて、ちゃんとした恋人になりたいって思ってくれてますか?」

『ーー待って。顔が見たい。少しだけでいいから、会いに行きたい』

「それはだめ!」


 あかりは決めていた。


 ゲームの世界で生きられないあかりは、どうやっても静の隣にはいられない。離れることになる以上、この大切な日を一緒に過ごすことはできないと。


『なんで……』

「会えないの。今日は、絶対」

『……あかりはずるい。僕に何も、教えてくれないのに』

「ごめんね」

『言ったら、あかりに会えなくなる気がするんだ。あかりが望んでない答えだろうから』


 ああ、やっぱり気がつかれている。

 当然だ、静は鋭い。聞かないでいてくれただけなのに、気がつかれていないと思い込んでいた自分はなんて愚かなのだろう。






『僕は、ーーあかりが好きだよ』





 心の底からほしかったはずの言葉が、嬉しいのに、悲しい。

 そんな気持ちをあかりに抱きさえしなければ、大好きな静を傷付けずに済んだのに。


 これ以上泣いてはいけない。

 すべてあかりのせいなのだから。


「ありがとう……あのね、私静くんに聞いてほしいことがあるの」

『……嫌だ』

「それは、きっと静くんをすごく傷つける。でも、必要なことなの」

『……』


 すでに今、静は苦しんでいる。あかりが静と同じ返事をしないから。できないから。

 静ほどではないにしろ、あかりの心も今、千切れてしまいそうだった。


「少しだけでいいから、私の学校の学園祭に来てみてほしい。十一月三日。クラスは二年三組。アニマルスタンプラリーっていう出し物をしてる」

『学園祭……』

「それが終わったら次のお休み……土曜日に会えるかな。そこで、ちゃんと話したい」


 ゲームのストーリー上忙しくなるのはわかっている。けれどもう先延ばしができないのだ。

 あかりがいなくなっても、支えてくれる人を見つけてもらうために。


 静はしばらく沈黙を続けていた。

 けれど、とうとう観念したように、わかったと返事をした。


「ありがとう。待ち合わせは一時でいいかな」

『うん』

「それでね、できれば二人きりになれる場所がいいの。他の人がいると、話しにくいことだから」

『……危ないかもしれないよ』

「え? 危ないことはしないつもりだけど……えっと、どうしても不安なら蒼真くんだったらギリギリ近くにいてもらっても」

『いや、二人きりで。あと、それなら僕の部屋がいい』


 二人じゃないのならもう一人は蒼真でなければだめだろうと考えていたけれど、二人きりでいいらしい。あかりが何をすると思っているのか、少し気になった。


「静くんの部屋……いいの?」

『あかりが、いいなら』


 本当はあかりの家を考えていたけれど、その方が都合がいいかもしれない。


「もちろん大丈夫。じゃあその、三日と土曜日、よろしくお願いします」

『……うん。じゃあ、また』

「あ、待って」


 用件は終わった。

 けれどまだ、電話は切れない。


『ん?』

「あの、ね」


 少し冷静になってみると、静の気持ちがはっきりわかってしまったのが今日だったからとはいえ、よりによって静の誕生日に自分勝手な話をしすぎてしまった。

 せっかく楽しかったであろう思い出に水を差してしまって申し訳ない。


 それに、あかりだってーー


「静くん。生まれてきてくれて、ありがとう」


 好きな人の大切な日を、祝福したい。


「私、静くんと会えてから、顔が見られれば嬉しいし、そうじゃない日も静くんのことを思い出すだけで幸せになれたの」

『……っ』

「一生、何があっても絶対嫌いになんてならないよ。だいすきで……あ」


 しまった。

 おめでとうの気持ちを伝えるつもりが、つい余計なことまで言ってしまった。

 それもかなり恥ずかしい内容を。

 顔が熱い。


『あかり……』


 ため息まじりの低い声が聞こえる。


「ご、ごめんなさい聞かなかったことに」

『無理だよ。あーもう。下げるのか上げるのか、どっちかにして』

「……! 静くん、怒った?」

『怒ってない。ちょっと気が抜けただけ』


 ゲームでも真剣な主人公はいても怒ることはほぼなく、とにかく今の静が珍しい様子なのは間違いない。その姿を見られないのは、少しだけ残念だと思った。


『会いに行ってもいい?』

「だ!? め……です」

『そう。残念』


 静の調子が戻ってきた気がする。

 それにつられて、あかりの調子も。


『あかり、ありがとう。嬉しい』

「……うん」


 きっと静は、指定した日に良くないことが起こると予感しているだろう。

 それでもあかりは、静との残り少ない貴重な時間を、できるだけ普通にしていたかった。

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