24.終わりの足音
あかりは同じ衣装係の子たちに予定があることを伝えて、学校から出た。
係は残れる日だけ作業をすれば良く、他の子もバイトや遊びのためにいないことがあった。あかりは比較的仕事をしている方だったので、特に嫌な顔をされることなく帰ることができた。
今日は静との勉強会の日である。
あかりは静と出会ってから、どんな顔をして会えばいいのかと悩むことが増えた。それはきっとこれからも、静に会う日を迎えるたびに感じるのだろう。
(本当の恋人になるまで、不適切な接触はしない、か)
静があかりとお試しの付き合いをしてくれるようになった日、お互いに出した条件の一つ。
それは静からの提案で、あの時はあかりへの配慮だと思った。
けれど、静の「嫌いにならない」に調子乗ってしまったことでひとつ可能性を見落としていたかもしれないと気がついた。
不適切な接触をして条件を破ったのは、関係を終わらせたいという暗黙の訴えで、つまりわざとだったということだ。
何もあかりに嬉しい理由だけがすべてではなかった。主人公は五股できるのだ。
(もしくは、静くんにとっては不適切な接触に入らないってことも……)
それはそれで胸が痛い。
あかりと会う日を減らしたことで、静はその分リンク相手との仲を深められる。普通のキスくらい、もう経験済みでもおかしくなかった。
(やだな……)
あかりにしたように手を繋いで、抱きしめて、頬にキスをして、あかりにはしないような表情で、誰かに愛を囁くのだろうか。
想像しただけで苦しい。
でも、それも意味のないものだ。
◇◇◇
「静くん、おまたせ」
「……うん」
静はカウンター席の端に鞄を置き、一つ隣に座っていた。あかりが座る席を取っておいてくれているのだけれど、テーブルよりも距離が近いので緊張してしまう。
携帯の電源は、いつものファストフード店に入る前にきちんと切っておいた。
本当は忘れていたのだけれど、今日すでに五回の電話が来ているうちの五回目がちょうどさっき鳴ったところだったので、皮肉にも迷惑電話のおかげで思い出せた。
「えっと、それじゃ、勉強しよっか」
静とは目を合わせられずに参考書とノートを取り出す。考え事はしていたものの、どんな顔をしたらいいのかの答えを見つけていなかったので、あかりは内心慌てていた。
「……あかり。その前に、聞いてほしいことがある」
神妙な顔で、体ごとあかりに向き直る静。
あかりは電車の中での考え事が的中してしまったのかと心拍数が上がった。
「なん、でしょう」
あかりも静に向き合おうとして、膝が当たってしまうことに気がつき背筋を伸ばして顔だけ向ける。
すると、突然静が勢いよく頭を下げた。
「ーーごめん。あかりが熱を出してる時に、触りたくなったからあかりにキスしました」
「……!?」
意味を理解した途端、あかりは顔に血がのぼるのを感じた。
ついでに周囲からの視線も感じた。
「不適切な接触はしないって言ってたのに、条件を破った。それなのにあかりが知らないだろうと思って黙ってて、本当にーー」
「す、ストーップ! 静く、なにいって」
「……熱を出した時に、あかりにキスをーー」
「ちがっ、そうじゃなくて! こんなところで何言い出すの!?」
あかりは静の口を塞ぎたい衝動に駆られた。
なんてセリフを公共の場で言うのか。
そしてそんなセリフを吐いた本人はどうしてきょとんとしているのか!
「何って、あかりが知ってたってわかったから、謝ろうと思って」
「それならもう少し時と場所を考えてですね……!」
「あかり、やっぱりキスしたこと、怒って」
「怒ってない! 怒ってないですから」
あかりは静と周囲を交互に見ながら早く話が終わるのを願う。
静はそんなあかりを気にすることなく、表情を明るくさせた。
「本当? じゃあ、まだ彼女でいてくれる?」
「わかりましたから、もうこの話はーー」
(ん?)
「よかった。それが心配で、あれからよく眠れなかったんだ」
ありがとう、とひとり胸を撫で下ろして微笑んでいる静と、先ほどまでの会話を思い出そうとしているあかり。
(今、もしかしてチャンスだったんじゃ)
わざわざ傷つきながら会える喜びと戦って遠回りなフェードアウトを狙うより、よっぽど簡単だった気がする。あかりから告白しておいて、どのタイミングでそんな話を切り出せばいいのか、まだ迷っているのだ。
キスについては、あかりの中に静のわざと説が浮上していたために、打ちのめされた精神が関係解消の口実とイコールにできなかった。
さらに静の謝罪という名の辱めを受けたことで、早く終わらせたい気持ちが頷いてはいけないところを許可してしまった。
(しまった……!)
撤回をできないかと静を見るものの、すでに話は終わったと言わんばかりに目元を緩めながら問題を解いている。
脱力したあかりは、まだ少し残る視線を振り切るように、机に突っ伏すことにした。
(……あれ?)
しばらくしてから復活したあかりは、黙々と問題に向き合っていた。
考えてはいけないことから目を逸らそうとしたおかげで、静が隣にいても充分なほど集中できた。
けれど途中で気がついたのは、今日は一度も静に質問を受けていないということだ。
静の手元に視線を向けてみれば、すらすらとペンが進んでいる。内容は数学。静が四月についていけてないと言っていた教科だ。
しかも内容は、おそらくテスト範囲の先ではないだろうか。
これは、もしかして。
「静くん、もうそんなところまで解けるようになったんだね」
「あ……うん。友達にも教えてもらってて、その子も頭が良いんだ」
「そっか、よかったね」
綾人と理香子のことだ。
綾人は執事を目指しているだけあり、地頭が良いし、理香子は単純に頭の出来が良い。
そんな二人に教えてもらえているのなら、この段階でのパラメータはかなり仕上がっている方なのだろう。
「あかりよりできるようになる、が今の目標なんだ」
「たぶん、静くんならすぐそうなれるよ」
あかりは笑顔を作って、ゲームの主人公が学年で一位になる場面を思い出した。
レストアラーとして戦う静の筋力パラメータはもうすでにサポートのしようがない。序盤ならともかく、すでに本部に専門の施設が増設されているからだ。
精神力も魅力も、手伝えることはない。先ほどのセリフを真顔で言える静にあかりが勝てるとは思えないし、魅力だって紗南などのリンク相手の方が得意分野だ。
(もう、私は本当に必要ないんだ)
あかりは肩の荷がおりたような、心に穴が空いたような、不思議な気持ちで視線を落とした。
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