22.形あるもの
あかりは約束通り、修学旅行から帰った次の日の振替休日に学校帰りの静と待ち合わせをした。
疲れているのではと心配する静に問題ないことを伝えて、今あかりの家と静の家の中間ほどにある公園でベンチに座って待っている。
もうすぐ十月ともなれば日も短くなってきて、家に帰る子どもがバイバイと声をかけ合っているのが微笑ましかった。
一度静が家に帰って荷物を持ってからここに来るので、学校が終わる時間よりもずっと遅めに時間を設定してある。静はまだ来ないだろう。
あまり早く会ってしまうと、その後にどこかに寄ろうかという話になってしまいそうで、あえて日が暮れるあたりを狙っていた。
その理由はもちろん、修学旅行で静と電話した夜に決めた、静の前から自然にいなくなるという目的遂行のためだ。
最初に静に会えたことがそもそもあかりの予想を上回っていて、その後も静の想像を超えた対応のおかげで「終わり」を深く考えないまま、まんまと危惧した通りの展開になっている。
そう、あの静の冗談を聞いた時。
ほんの少しだけ、間に受けてしまった自分がいた。そして、自分が静を幸せにしたいーーそんな身の程知らずな夢を一瞬思い描いてしまった。
もちろん静があかりを好きになってくれるはずがないので、夢は夢のままだったのだけれど。
ゲームをプレイしていた時は、幸せになってくれるならどんな形でもよかったのに、どうして手が届く距離になってしまうとそれ以上を望んでしまうのだろう。
あかりは自分の欲深さが恐ろしい。
そもそも御守りを使わなければ会えない関係が続くわけがなかった。
世界が違うのだから、静の世界にあかりの戸籍はないし、逆もまた然り。万が一キーアイテムの御守りを紛失してしまったら、すべてが終わる。
それに連絡が取れなくなった時に静に怪しまれてもおかしくなかった。
レストアラーの本部が本気を出せば、あかりのことなどすぐ暴かれてしまうはずなのだから。
そういうわけで、あかりは繋がりを断つ方法を考えてみた。
仮の彼女だとしても、急に会えなくなったら主人公なら何かあったかと調べるだろう。
それはあかりが存在しないことがバレてしまうので却下だ。ゲームに登場しないあかりが持つには特殊すぎる設定なので、あくまでも静の世界にいたのだと思ってほしい。
つまり、いきなりではなく徐々に会う日を減らせばいい。
とはいえ一応何かしらの緊急事態に陥った場合は最終手段も視野に入れておこう。
また、このまま同じ関係を続けるわけにもいかない。時期的に、静はすでにリンク相手の誰かと良い雰囲気になっている可能性が高いから。
ではそれを利用して静から別れを切り出してもらうのを待つべきだろうか。
けれどこれはあかりの問題で、あかりが動かなければならないことだ。行動の責任を静に押しつけるべきじゃない。
つまり、あかりがもうやめようと言い出すのだ。
条件にだって好きな人ができたら身を引くと言ってあるのだし、すんなり話は通るだろう。
言う前にすべきなのは、心配をしてくれている静のあかりに対する興味を薄れさせること。
これはある意味簡単だ。
静を好きな気持ちを、顔に出すのを抑えればいい。静は静に伝わるくらい好きがわかりやすいという理由で、あかりをお試し彼女にしたのだから。
それは、あの時の静は、静を好きなら誰でもよかったということだった。
(私にできるかな……ううん、やらないと)
静の幸せのためにも。
スマホで時間を確認すれば、もうすぐ静との約束の時間だった。
「あかり? ごめん、待たせた」
「早く来ちゃっただけだから、大丈夫だよ。学校お疲れ様」
「うん。あかりも旅行、お疲れ様」
静は家に迎えに来てくれる時以外、基本早めに着いて待っていることが多い。今回はあかりが珍しく先にいたので、驚かせてしまったようだ。
あかりの隣に座る静は私服で、夏休みに焼けた肌はだいぶ元の色に戻りつつあるのがわかる。
やっぱり今日も格好よかった。
一昨日の夜の友達の善意に関しては、触れないことに決めている。静は好きがわからないと改めてあかりに宣言していたし、そっちともお試しで付き合ってみればと軽く言われでもしたらその場で泣いてしまう自信があるからだ。
「あ、えっと、早速ですがおみやげです」
静を見て頬が色づいてしまったのを、夕日のせいにできているだろうか。若干目を逸らしながら、紙袋を渡す。
中身は有名なうどんと立ち寄ったテーマパークで買ったお菓子だ。
「ありがとう。……あ、あのテーマパーク行ったんだ」
「うん、でもアトラクション一つしか乗れなかったんだ」
「そんなに混んでたの?」
「混んでもいたんだけど、そもそも時間が全然なくて」
みんなのやりたいと行きたいを詰め込んだ結果、そうなった。けれど後悔はしていない。
あかりは呆れられるかなと静の反応を待っていると、ふっと微笑まれた。
「楽しかったみたいだね」
「……う、うん」
心臓に直撃したせいで、呼吸が苦しくなる。
そう、楽しかった。
それをわかってくれたのが、嬉しい。
「うどんはどうだった?」
「すごくおいしかったよ。カニが入っててね、みんなびっくりしてた」
「カニか。豪華だね」
「そうなの。でも普段食べないから、よくわからなくて」
いつもと違う風味と上品な味は感じたけれど、うまく説明できない。食レポをする人は本当にすごいと思う。
「静くんの方はどうだった?」
「テレビ塔がすごかったかな」
「テレビ塔?」
「札幌にあるんだけど、展望台があるんだ。でもそれよりキャラクターが印象深くてね……」
遠い目をする静が珍しく、一体何があったのかあかりは内心前のめりになっていた。
「テレビ塔の外にいた着ぐるみのキャラが、中の至る所にあって。最上階には神社もあるし、休憩所は椅子もテーブルもそのキャラなんだ」
「うわあ、ずいぶん思い切った内装なんだね」
「うん。しかもそれ、非公式なんだって」
「非公式? こんなに主張してるのに……?」
チケットにも印刷されてるんだ、と財布から取り出して見せてくれた券を見ると、なんとも言えないのんびりした顔の赤いキャラクターがいた。想像とは違ったけれど、これはこれでかわいい。
「で、そのキャラの形のお菓子がおみやげ」
「ありがとう。開けるの楽しみ」
静の楽しいを分けてくれた気がして、あかりは心がじんわり温かくなった。
そうか、おみやげをもらって嬉しいのは、普段手に入らないものだからではないのだ。その人が旅の思い出を見せたいと思ってくれるのが嬉しいのだと思った。
「あと、これも」
しっかりした箱の入った紙袋を、静があかりに手渡す。お菓子よりも重く、小さなもの。
なんだろうと思って開けてみれば、それはピアノの形をした木製のオルゴールだった。
「これ……」
「有名な観光スポットにオルゴールのお店があったんだ。それで、あかりにどうかなって」
形に残るもの。
それは今回あかりがおみやげを選ぶ上で、避けたものだった。
あかりがいざ静の前から姿を消した時に、もしあかりがあげたものがあったとしたら、まるで覚えておいてほしいとお願いしているように見えてしまう気がした。
すでに一つ静はあかりとお揃いのキーホルダーを持っていて、それを回収することは難しい。それから一応、買い物の時に一緒に買った服もそうだ。
ゲームから切り離された後のことを思うと、これ以上、少なくとも消えもの以外は静には何も渡してあげられないだろう。
それがたとえ来月の、静の誕生日であっても。
「大事に、します」
だからあかりだけは、覚えていよう。
静がくれた形あるものを、大切にしよう。
あかりは悲しさと嬉しさが入り混じって、感情の制御ができなくなる。それは涙としてあふれてしまって、静が目を見開いた。
「あかり、なんで泣くの?」
「わ、わかんな……っ」
素直に言えるはずがない。
けれど悪い意味ではないのだと思ってほしくて、あかりはオルゴールを抱きしめた。
「ありがとう、静くん……」
「……」
その姿に、静が数瞬動かなくなった。
けれどすぐに二人の間に置いてあった紙袋を反対側に置いて距離を詰め、あかりを優しくもたれかからせた。
そのまま、痛くないようあかりの目元をそっと拭うと、その頬は夕焼け色に染まる。
「こちらこそありがとう。あかりが喜んでくれて、嬉しい」
「なんで……そんなの、静くんがお礼言うことじゃないのに」
「言うことだよ。僕、選ぼうとした時あかりが何色が好きで、どういうモチーフが好きなのか、そういうの全然知らないんだって気づいたから」
(違うよ、わざと教えないようにしてたの)
あかりは静と話す際、そういったあかりに関することは必要ないと、少し意識的に話題から省いていた。だから知らないのは当たり前なのだ。
けれどこのままでは、あかりの好みなどを聞かれてしまいそうな予感がして、笑顔が硬くなる。静の肩に頭を預けているおかげで、静からはあかりの表情は見えなくて助かった。
さりげなく話を逸らさなくては。
「静くんが選んでくれたものなら、なんでも嬉しいよ。これ、曲は何が入ってるんだろう」
あかりはひざの上に置いた箱に記載されているであろう曲名を探そうと、静から離れてみた。
自然にできただろうか。
「今、少し鳴らしてみる? 有名な曲が入ってるんだって」
「えっと、ネジは……」
「こっち」
静はあかりが持つオルゴールの、自分から遠い方の側面のネジを確認するため、あかりの背に手を回しまるで後ろから抱きしめるような体勢になった。反対の手もあかりの手を包むように添えていて、見やすいよう覗き込んでいるので必然的に顔も近づく。
「し、ずかくん?」
「ちょっと待って」
せっかく離れたのに逆にもっと近くなってしまって、あかりは緊張し心臓が早鐘を打つ。
また顔が火照ってしまうのが、静にバレないよう俯くことしかできなかった。
ーー曲が流れる。
あかりは息を呑んだ。
(この曲……ゲームの、エンディングで流れたのの原曲?)
たしかによく聴く曲だ。
ゲームプレイ時、大幅にアレンジされているし曲のテンポも違ったけれど、そう感じたのを覚えている。
それをまさか、静からもらったオルゴールから流れてくるなんて。
(やっぱり、静くんは主人公だ。私の、主人公)
あかりは感動して、静のことを見たくなった。
そっと顔を上げれば、本当に彼の顔がそばにあって驚いた。しかも静までこちらを向くものだから、それこそくっついてしまいそうにーー
ぱちん。
あかりは無意識に、ある部分を手のひらで押さえた。静は急なあかりの行動に驚いて、目をぱちぱちさせながら口を開く。
「あかり、どうし……っえ? まさか」
気づかれた。
そう気がついたあかりは、急いで荷物をまとめて立ち上がる。
夕日でもわかる。
あかりも、そして後ろの静も、赤くなっていた。
「け、警戒、ですから! あの……っか、帰ります!」
何を言えばいいのか動揺を極めたあかりは、静の返事も待たず足早に公園から出た。
(ばれた。ばらしちゃった。ほっぺにキスされた時起きてたの……っ)
思い出してしまったせいで、余計なワードまで使ってしまった。
考えないようにしていた。
なんでもないことだと思おうとしていた。
静が知らなければ、なかったことになると思っていた。
あの時の静がどんな感情であかりにキスを落としたのか、なんて。
あれがなければ、きっと一瞬でも静の好きを本気になんてできなかった、なんて。
(きっと、目の前に女の子が無防備に寝てたからつい、魔が差したんだ。僕じゃなかったら危ないぞ、くらいの軽いやつ)
それでいい。
知らなくていい。
そうでないと、あかりは今間違った先へ進んでいる気がして怖かった。
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