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20.そう言ったとしたら

 九月になって、ほんの少しだけ真夏が過ぎたかという気温の中、あかりは学校帰りに静と買い物に来ていた。


 時期は少しだけずれているけれど、今月中にどちらの学校も修学旅行がある。

 足りないものを見に行こうと思っていることを前回の勉強会で静に話したところ、自分もそうだから一緒に行こうと誘われたのだった。


「あかりは何見るの?」

「私はまず部屋着がほしいな」


 静があかりのリクエストに頷いてくれたので、シンプルでカジュアルな衣料品店から見て回ることにした。

 手頃な値段で買えるので、あかりは制服と合わせるカーディガンは主にここのものを使っている。


「パジャマじゃないんだ」

「えっと、着替えた後部屋の外に出ることがあったら、パジャマだと恥ずかしいかなって」

「うん。パジャマはやめよう」


 部屋着にしたい理由を聞いてすぐ賛同した静に、あかりは苦笑いした。


 最近、静はあかりに少しばかり過保護になっている。原因はもちろんあの八月のデートであかりが痴漢に遭ったことだ。


 あの日、結局動物園の手前までは行った。けれど遊ぶ気分にはどうしてもなれず、公園でゆっくりあかりの作ったお弁当を食べて帰ったのだ。

 もちろん行きも帰りも静はあかりの手を離さなかったし、電車の中ではまるで抱きしめるように守ろうとするので、あかりはすっかり痴漢よりも静で頭がいっぱいになってしまった。


 お弁当もおいしいと言ってくれたし、嫌な記憶は静に上書きされた。もちろんもう怖くないとは言わないけれど、滅多に遭遇するものでもないので、あかりは新学期も変わらず過ごしている。一応スカートの長さを変えたり露出は控えめにしたりと気をつけながら。


(静くんが私のことを考えてくれるのはすごく嬉しい。けど……)


 あかりは、困っていた。


「この薄手のスウェットは?」

「あ、いいかも。寝る時はすごく暑い日でもなければ、長袖の方が好きなんだ」

「そっか。僕もこれにしようかな」

「え!? お、おそろいになっちゃうよ?」

「え、うん」


 何を気にしているのかわからない、という表情であかりを見る静に、あかりは頬が染まってしまうのを止められない。


「僕はネイビーかな。あかりは?」

「わ、私はホワイト……にします」


 手にした服を腕にかけて、他に必要なものがないか店内を見回す静に、あかりはそっとため息をついた。






 その後も店を変えながらタオルやトラベル用の歯ブラシなどを買い、二人は帰ることにした。

 当たり前のようにあかりを送ろうとする静に一応お断りをしたものの、心配だからと譲らない。最近は会った日は必ず送ってくれるようになってしまって、あかりは喜んでいいのかわからないでいた。

 静だって買い物をして荷物があるのだから、早く帰って休んでほしいのに。


 あかりの最寄り駅で降りて、外に出る。

 それほどたくさん買い込んだわけではないけれど、結局袋は三つになりあかりは両手で分けて持つことにした。当然手は繋げない。

 荷物を持つとも言われたけれど、さすがに静が甘やかしすぎなのでそこははっきり大丈夫だと伝えた。静の空けた片手がどこか寂しそうに見えたのは、きっと錯覚だろう。


「あれ、あかりちゃん!」


 道がそれほど広くない場所で静の後ろを歩いていた時、あかりの後方から聞き覚えのある声がして振り向いた。


「あ、こんばんは。偶然ですね」

「本当だね。あかりちゃんは学校帰りに買い物?」


 あかりのバイト先の常連の刀川たちかわだ。刀川はあかりの姿を見てにこにこと笑っている。気さくでよく話しかけてくれるのと、珍しい苗字なんだと名刺を見せられたことがあるので覚えている。

 スーツにネクタイなので、彼は仕事帰りなのだろう。


「はい。えっと、お仕事お疲れさまでした」

「ありがとう。帰りにあかりちゃんのバイト先に寄って何か買おうかと思ってたんだけど、今日は出勤じゃなかったんだね」

「そうなんです。でも今日もお二人のおにぎりはおいしいですから、是非寄ってくださると嬉しいです」

「はは、じゃあ行こうかな。あかりちゃん営業上手だね。……ん?」


 あかりが立ち止まったので後ろで待ってくれている静を見て、刀川は訝しげに目を細めた。


「えーと……後ろの彼は、あかりちゃんの知り合い?」

「あ、はい。そうです」


 並んで歩いていなかったし、ちょうど会話もしていなかったので一人で歩いていると思われていたようだ。制服も違うのだから無理もない。


「もしかして、彼氏とか?」

「ち、違います! と、友達、です」


 彼氏と間違われて思わず顔が赤くなる。

 喜んでしまったことが静にバレていないと良いのだけれど。


「なんだそっか。ああ、じゃあ俺ちょっと寄るとこあるから、またね」

「はい。さようなら」


 笑顔で会釈するあかりに刀川が手を振ると、彼は駅の方へ歩いていった。


「ごめんね、待たせて。行こっ……か?」


 思わぬタイムロスをしてしまったとあかりが静の方を振り向くと、静は悲しんでいるような、怒っているような、複雑な表情であかりを見つめていた。

 あかりが驚くと、静は無言であかりの買い物袋を片方取り上げる。そして空いた手を繋いで静が歩き出した。


「静くん? あの、荷物」

「バイトしてるの?」

「え……」


 いつもより低い声に、もしかしたら静が怒っているのかもしれないと不安になる。バイトを始めたことを言わなかったからだろうか。

 心臓の鼓動が速くなる。


「し、してます。夏休みから始めて……」

「うん」

「前にこの辺りで手を振ってくれたおばあちゃん、覚えてますか? あそこのおにぎり屋さんで雇っていただいてて」

「そう」


 慌てて説明をしても、静の返事はつかみどころがない。困ったあかりは、どうしてバイトをしていると伝えなかったのかも口にすることにした。


「始めた頃は言うほどのことでもないかなと思って、ました。でも最近は静くん、すごく心配してくれるから……これ以上負担をかけたくなくて」


 ただでさえ会うと送ってもらっている状態だというのに、実はバイトもしてますなんて言ったら、さらに心配をかけてしまうかもしれない。

 それに、あかりはゲームの主人公が暇ではないことを知っている。

 八月の下旬、理香子が海で目撃した顔から身元を割り出し、追跡で発見したフードの男・泰介たいすけとその仲間である謎の男・つとむを発見しているはずだ。逃げ出したところを追いかけてまたもや同じ異形のデュラハンと交戦するものの、努には逃げられてしまう。捕らえた泰介は本部に連行し、現在は他のコーラーと違い、コーラーの力を失わない者『覚醒型コーラー』として調べられているだろう。

 物語ではこのあたりから敵の輪郭が見えてくる大事な時だ。あかりの方によそ見している場合ではない。


 あかりの言葉の後、少しの間二人は無言で歩いていたけれど、人気が落ち着いてきたところでやっと静が口を開いた。


「ごめん。僕だって自分のバイトのこと、あかりに詳しく話してないのに」

「ううん。静くんは私に話す必要なんてないから、良いんだよ」


 静のことが気にならないと言えば嘘になる。なんでも知りたい、話してほしい。

 けれどそれをお願いするつもりはない。


 なぜなら。


「……でも、心配くらいさせてほしい。それにあかりの言う、『言うほどのことでもない』ことも、あかりが思ってる以上に知りたいって思ってるよ」


 その気持ちは、相手のことが好きだから湧き上がる気持ちなのだから。


「え……」


 静が立ち止まる。

 その真剣な瞳に、気圧される。


「だからさっき僕の知らないあかりがいて、苛立った」

「しずかく」

「友達じゃ嫌だって思った」

「ま、待って! そういうのは、好きな人に言うものだよ。私じゃなくて、別の」


 何を言われているのかわからなくて、あかりは曖昧な笑みを浮かべながら後退りする。それはすぐに繋いだ手のせいで阻まれて、解こうとしても静は離そうとしなかった。


(え? どういう、こと?)


 静と過ごした時間が頭の中に鮮明に浮かんでは消える。


 会いたいという電話、初めて手を繋いだ日、抱きしめられたこと、ペアキーホルダーを受け取ってーーマスクの下へのキス。そして、縋るあかりを嫌いになんてなるわけないと宥める静。


 それらが指し示すものは。


「ねえ、あかり。あかりはーーもし僕が君を好きだって言ったらどうするの」


 どこか悲しそうに言う静のことを、声を失ったあかりには見えていなかった。






(そんなこと、起こるわけない)


 主人公は、リンク相手に優しい。

 だから女性はみんな彼を好きになる。

 女性の数だけ、浮気もできてしまう。


 あかりは困っていた。


 あまりにも静が優しいから、いつも勘違いしてはいけないと言い聞かせなくてはならなかった。

 会うのも手を繋ぐのも嬉しいのはあかりだけで、いつか主人公はリンク相手の誰かと恋をすると決まっているのだ、と。


 主人公はゲームの中の女性と恋する。

 その明確なルールを、あかりがゲームと繋がったせいで狂わせてしまったとしたら?


(やっと好きになれた人を失って、彼の心の傷は悪化する。それは絶望に繋がって、最悪ゲームのシナリオがーー壊れる)






「……ごめん。冗談だから、そんな顔しないで」


 血の気が引いたあかりを見て、静はそっと胸に引き寄せて頭を撫でた。


「じょう、だん?」

「僕はまだ、好きが何かわからないみたいだ。ごめんね、あかり」


 冗談。静にしてはたちの悪い冗談だ。

 けれどあかりはその言葉に心底ほっとして、暴れる心臓がもう少し落ち着くまで、身をまかせることにした。


 同時にとてもがっかりする自分に失望しながら。

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