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15.熱に熱1

 あれから、静たちは無事ボスに勝利し、巻き込まれた人々を修復した。

 ただ恨みの中心である遥一の叔父夫婦だけは傷が深く、時間の停滞が終わるまでに間に合わなかったことで、名を伏せられつつ新たなカマイタチ事件として報道されていた。


 定期試験が始まる前日、そのニュースを家で見ていたあかりに、静からはやっと落ち着いたということと、試験頑張ってという励ましの連絡が届く。けれど、あかりは当たり障りのない返事しかできなかった。

 そしてすぐに期末試験が始まり、あかりは考えたくないことを頭の隅へと追いやって、とにかく全力で試験に臨んだのだった。



◇◇◇



(ん、見直しも大丈夫そう……)


 一週間弱に及ぶテストが終わるチャイムが鳴り響くと、クラスの空気は一斉にゆるんだ。


「夏休みだー!!」

「まだ何日かあるからなー。ほら、テスト後ろから回せー」

「先生、もう休みにしてよー」

「お前らが遊んでる間にも学校に来なきゃいけない先生に言うか?」


 比較的偏差値が高くても、学生は学生である。

 宿題が多くても休みは嬉しい。特に今年は来年が受験生ということもあって、何かしたいのであれば最後のチャンスかもしれないのだ。


「あっかりー、お疲れ! テストどうだった?」

「うん、手応えはあるかな」

「さすが学年上位……。今日はどうする? うちらと遊べる?」

「今日はその、約束があって……」


 ホームルームが終わって、荷物をまとめるあかりのところに友達がやって来た。

 遊びにも行きたいのだけれど、今日は静から試験が明けたら会いたいと言ってもらえていて、数日前から約束をしている。あの水族館デートの後からちょこちょこそういったことを言われることがあり、あかりは嬉しくもどこかむずがゆい気持ちを持て余していた。


「あー、例のね。まだ付き合ってないの?」

「ないよ!? いいの、一緒にいられるだけでも贅沢なんだから」


 以前電話を聞かれた時に自動的に組まれた女子会は、すでにつつがなく終了している。言える範囲で良いからと前置きしておきながら根掘り葉掘り尋ねられたものの、当然言える範囲でしか話せない。

 そのため彼女たちの認識としては、あかりが一目惚れして告白した結果友達から始めることになった男の子がまあまあな頻度で会っている時点で付き合うの秒読み、といったところだ。


「んー、でもさあ……」


 顎に指を当てながら友達があかりを立たせ、全身を視線だけでゆっくり上から下へ、下から上へとチェックする。


「あかり、なんかスタイル良くなったよね」

「え? そうかな」

「絶対そう! だってなんか足とか腰とかきゅってしてるし、胸もおっきくなったでしょ!」


 ペタペタと遠慮なく触られて、あかりは悲鳴をあげる。まだクラスには男子も残っていて、見られてしまったら恥ずかしすぎる。


「や、やめっ」

「これはワンサイズはアップしてると見た。なんか今日もセクシーな気がしてたのよ」

「こら、そこの変態やめんか。あかりが嫌がってるでしょ」


 あかりは助けてくれた友達にお礼を言うと、どっと疲れて椅子に座り込んだ。


「だって見てよ、あかり変わったよね?」

「それは思った。恋してるからか、ほんと最近かわいくなったよ」


 二人がかりで褒められて、あかりは顔を赤くする。たしかに指摘された通りブラジャーのサイズは一つ上のものになったし、スキンケアや今まで気にしていなかった外見の細かいところも気を使うようになった。他にも静と体を使うタイプの遊びもしている影響か多少引き締まったかもしれないなと思ってはいたけれど。

 改めて言われると非常に照れくさかった。


「赤くなってる。こんな顔を例の男はいつも見てるわけか……」

「あかり。いきなり押し倒されないように気をつけなよ?」

「されません!」


 一体自分がどんな顔をしているというのか。

 これ以上話していてもからかわれるだけだと思い、あかりは鞄を持って立ち上がったーーはずだった。


「はれ?」


 くらりと視界が揺れて、体から力が抜けていく。机を支えにするつもりが、そのまま床に座り込んでしまった。

 駆け巡る鳥肌で、背筋がぴりぴりする。


「あかり!? 大丈夫?」

「どうしたの……って、冷や汗出てる!」


 寒い。

 もう夏で外に出れば汗ばむくらいの陽気だというのに。長袖をまくるだけにしておけばよかったと椅子に座り直しながら後悔する。


「風邪ひいたっぽいね」

「あたしちょっと保健室行って体温計借りてくる!」


 ハンカチを顔に当てて、汗を拭う。

 寒いのに汗が出るということは、本当に風邪かもしれない。


「ね、今日の約束断った方がいいんじゃない? 早く帰って寝な」


 心配してくれる友達がありがたくて、なんとか笑顔を作ってお礼を言う。

 確かにこんな状態で静に会って、万が一移しては元も子もない。会いたいと言ってくれた静には悪いけれど、素直に断りのメッセージを送ることにした。

 鞄から友達が出してくれたスマホを開いてトークアプリを起動する。静から来ていた『学校終わった』に返事を打ちたいけれど、なんだか手が震えてうまく文字を入力できない。やっとのことで『ごめんね』と打つものの、続きを考える頭が重くなってきた。

 ちょうどそのタイミングで体温計を取りに行ってくれていた友達が戻ってきて、受け取ったそれを脇に挟んでぼんやりスマホを見つめた。


「ねえ、代わりに打ってあげようか」


 自分のスマホを指差され、あかりは少し考えた後、早く連絡できた方がいいと思いお願いすることにした。途切れ途切れに送ってほしい文面を伝え、友達が打ち込む。

 ピピピと測定終了の合図が鳴って数字を確認すれば、そこには37度8分と表示されていた。


「ありゃ。もっと上がらないうちに帰ろっか」

「待ってー、これすぐ返してくるから!」


 体温計の先をハンカチで拭って友達に渡すと、すごい速さで教室を出て行った。

 体育が得意とはいえ、この暑さでの二往復は申し訳ない。夏休みに遊ぶ約束をしているので、その時に何か二人にお返しをしよう。


「あ、はいこれ返すね。ばっちり送っといたよ」

「ありがと……」


 スリープされたスマホを受け取り、鞄に入れる。返事は落ち着いたら確認しよう。


「二人とも、今日遊びに行くでしょ? 私一人で帰れるから、気にしないでね」

「あ、それなんだけど」

「あのー、俺たちが斎川さん送ろうか?」


 途中で控えめに声をかけられて、熱で潤んできた目を向けると、時々話す程度のクラスメイトがあかりの席のそばに立っていた。


「あ、えと、ありがとう。でも一人で大丈夫」


 そんなに仲が良いわけでもないクラスメイト相手に、優しいなと思って小さく笑いかける。一応歩けないほどではないし、ちゃんと気をつければ一人でも問題ないだろうと判断して、手助けは遠慮した。


「いや、きっと男手あった方がいいんじゃないかな。途中で倒れたりしたら大変だし」

「そうそう。斎川さん家どの辺なの?」


 手伝ってくれるという気持ちはありがたいけれど、あまりぐいぐい来られると少し怖い。

 どう断ればいいかと悩んでいると、隣にいた友達が男子の背中に手を当てて、教室の外へとどんどん押していく。


「はいはい、散った散った! 男手はもう呼んでるから必要ないの」


 そのままピシャリと教室のドアを閉めてしまって、男子たちは諦めてくれたのかもう中に入ってくることはなかった。


「ありがと……なんて言っていいのかわからなかったから、助かりました」

「いーえ。あかりには心に決めた人がいるからね。これくらい任せときなさい」


 なんて頼もしいのだろうと感動していると、保健室から戻ってきた友達が、先生から持っていくように言われたらしいマスクを渡してくれる。

 顔だけ暑くなってしまったものの、多少肌寒さが緩和されて、あかりたちも駅へ向かうことにした。






 普段は滅多に座らない駅のベンチに腰掛けたあかりは、素肌に触れる部分がプラスチックだったために鳥肌を立てた。

 友達二人はあかりの使うホームまで付き添ってくれた後、夜にでも安否報告をするよう言いつけてから別れた。あかりは優しい友人を持てたことが嬉しくて、マスクの下で顔を綻ばせる。


(次の電車は、三分後か)


 発車標を確認して、時間まではと膝に置いた荷物を抱きしめて顔を埋める。目を閉じると、多少楽になったような気がした。


「ーーり、大丈夫?」


 上の方から声がした。誰かに似ていると思うのに、頭が重くて考えがまとまらない。

 そこでふと静が浮かんで、まだ返事を確認していないことを思い出し顔を上げたところで、誰かがそばにいることに気がついた。


 視線を上へ動すと、そこにいたのは軽く息を切らせた静だった。

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