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14.無力

 あの水族館デートからしばらく経ち、梅雨も明けて七月。まだ早いということで一部長袖にカーディガンを着ていた人達も、やっとみんな半袖になった。


 あかりはまた以前のように、数日に一度のペースで学校帰りの静と会っているけれど、変わったことが二つあった。

 一つは、デートの時にも魅力パラメータが伸びていると感じたように、全体的に静のできることが増えてきていること。それに伴い、あかり自身も他の切り口でのサポートを考える必要があると悩んでいる。

 もう一つは、あかりの丁寧語がやっと取れてきたこと。デートの時のようにペナルティがあるわけではないけれど、約束して会ったあかりの口調が堅いままだった場合、静がしゅんとしてしまうのだ。それに気がつくたびにタメ口を意識した結果、なんとか矯正することに成功した。と言っても完全ではなく、ふとした時に出てきてしまうかしこまった言い回しまでは、今のところ静は何も言わないでいてくれる。


 そして今日は、期末試験の約二週間前。

 まだ静は知らないけれど、テスト前に会える最後の日だった。


「あかり、悪いけど明日からまた少し忙しくなりそうなんだ。終わったら連絡する」


 いつもより少し遅れて約束の場所に来た静が、帰り際にあかりに告げる。

 あかりは一方的に心得ていたので、そちらを優先してほしいと笑顔で了承した。


 ゲームの本編では、そろそろ三人目の仲間、今野綾人こんのあやとが仲間になるためのイベントが始まる頃である。

 いつも仲間が増える時はその人物と関わりのある誰かが中ボスを喚び出すことが多いのだけれど、今回は三番目のボス・サイズの時に正式に加入する。

 静の様子を見るに、今日から始まった可能性が高そうだ。


 綾人は静のクラスメイトである。

 絵に描いたような真面目な人物で、目立たない割になんでも器用にこなすことから、彼に一目を置いている人がそれなりにいる。それもそのはず、綾人はもともと執事の家系に生まれ、小さい時からあらゆる教育を叩き込まれているのだ。

 綾人の一族が仕えてきたのは、日本でも有名な財閥である雑賀グループの本家である。そのため綾人も本来であれば、同い年であり幼い頃からの友人でもある雑賀の直系・遥一よういちと同じ、子息令嬢が集まる私立高校に通っていてもおかしくなかった。

 しかし二年前に雑賀の会長の長男夫婦が事故で亡くなり、同乗していた一人息子の遥一も重傷を負った。その事故が実は事件であるという秘密を盗み聞きしたのが綾人だ。

 大人に報告しようとしたところ、運悪く犯人に見つかり殴られたことで一部の記憶を失い、連続で事故が起こると疑われるという理由で生かされる。ただし、雑賀家と今野家には出入り禁止を条件にしてーーというのが現在の綾人の立場である。


 遥一は、ある日事故以来行方知れずになっていた綾人を発見する。遥一にしてみれば、目が覚めると両親はすでに死に親友は理由も言わないまま消えてしまっていたのだ。そのためどうしても、綾人に対して会えて良かったという喜びとどうしてそばを離れたのかという怒りが混じった複雑な感情を抱いてしまう。

 一方綾人は遥一に会えたことで何か彼に伝えたいことがあったと気がつくものの、頭痛とそれに伴う醜い声に阻まれて思い出せない。

 はたから見れば一方的に絡まれている状況だったそれを、通りがかった静がクラスメイトを助けるところからイベントは始まる。


『ーーカマイタチ事件はこのように三ヶ月ほど前から急激に増加し始めていて、その被害は東京に集中しているようです』


 静と帰る電車内で、ドア上部のモニターに映し出されるニュースはまたしてもカマイタチ事件のことを報道していた。

 ぼんやりと眺めていると、混み合う車内で静が軽くあかりの背に手を回す。まるで抱き寄せられているような体勢にすぐ心臓が跳ねて、顔に血液が集中した。


「静くん?」


 大きな声では他の客の迷惑になってしまうため、囁くように問いかける。しかし返事はなく、その代わりなだめるようにあかりの背をぽんぽんと叩いた。

 結局渋谷であかりが降りてしまうまで、静は黙ったままでいた。



◇◇◇



 あかりには疑問があった。


 以前時間の停滞を体験してしまったことから、もしかして自分もゲームの世界ではレストアラーの素養に目覚めたのかもしれないと思った。

 けれど、それにしてはあれ以来時間の停滞が起こらない。レストアラーとして覚醒しなくても、一度迷い込むと野良異形が起こす時間の停滞でもすべて認識できるようになるはずなのだ。というかゲームではそれが雑魚戦になる。


 レストアラーの素養なのか、それともゲームの気まぐれに巻き込まれただけなのか。

 せめて法則性があるのかどうかを判断するために少しでも情報がほしいと、あかりは勇気を振り絞って、雑賀家にほど近いカフェに来ていた。


(今日この辺りは、ゲームとまったく同じなら三番目のボスが出現するはず)


 この一週間も、普通の生活を送りながら時間の停滞が起こってもいいよう心構えはしていた。しかしやはりあかりには感じ取れなかった。野良異形もコーラーによって召喚された異形も、どこかに必ず出現していたはずなのに。

 それならば以前体験した時のように、確実に異形が現れる日時と場所に行ってみるしかない。それでも時間の停滞を認識できなければ、あかりにレストアラーの素養はないと言い切っても良いだろう。


 どちらにしろゲームにあかりは登場しないので、静たちに見つからないよう注意しなくてはならない。外から見えない席に座れて運が良かった。


「……! …………!!」


 カフェに入ってから数十分。とうとう外から誰かの言い争うような声が聞こえてきた。

 あかりははっとして耳をすませてみるものの、向こうが移動しているせいかさすがに会話の内容は聞き取れない。

 ただ、男の人の声が二人分だった。

 綾人と遥一かもしれない。


 ーーバリバリッ……バァン!!


(来た)


 以前よりも大きな音がして、あかりは一瞬で目に映るものすべてから色が消えたのを見た。

 唯一色がついているのは、この時間を動くことのできる生命体だけ。

 心臓はうるさいけれど、あかりはなんとか物音を立てないようにして、外からは見えない窓際へと移動した。


 そっと様子を窺うと、ちょうど遥一が何かを叫びながら、喚び出した異形・サイズとともに雑賀家へと入っていくところだった。綾人はそれを止めようとするも、まだレストアラーではないので止める力を持っていない。

 静たちは遥一に強引に連れて行かれた綾人を追ってきていて、すでにあかりのいるカフェを通り過ぎて綾人のもとへと走り寄るところだった。


(静くん、みなさん……どうかご無事で)


 遥一はついさっき、事故の真相を思い出した綾人から無理やり聞き出して犯人を知った。それが自分の慕っていた叔父、殺された両親の弟夫婦だとわかって絶望し、コーラーと化した。

 実は雑賀会長の手配したSPが守っていた病院を退院してから、遥一の周りで不穏な出来事が度々起こっていた。それもすべて、遺産を欲しがる叔父夫婦のせいだと理解して、そんなもののために大事な家族を殺したのかという強烈な怒りと憎しみが今、凶悪な死神となって雑賀の家と親族を壊しながら標的を探している。


 あかりは震える足に力を込めて、雑賀の家の敷地に入っていった静たちを追いかける。壊された門から中を覗くと、広い庭は地面を鋭く抉られ、木は薙ぎ倒されていた。花も泣いたように散っている。

 今回のボスは巨大な鎌を武器にしていて、もしこれらの草木のように一撃でも喰らってしまえばーーとそこまで考えて、あかりは嫌な想像を吹き飛ばすために頭を振った。


 静たちはまだ見えない。

 あかりも庭を注意深く進み、やがて屋敷へとたどり着いた。


「やめてくれ! こんなことをしたら優しい貴方は絶対に後悔する……例え貴方自身だとしても、俺の主人を傷つける者は許さない!」


 二階から聞こえる綾人の声。

 ゲームと同じセリフに、綾人の覚醒と戦闘開始を悟る。


(強い思い。守りたいと思うこと。私は、静くんをーー)


 守りたい。


 そう思うのは本当なのに、あかりには何の力も目覚めなかった。

 それが普通で、特別でもなんでもないあかりは無力で当然なのだ。


 けれど、好きな人やその仲間が戦ってるというのに、役立たずな自分が悲しかった。

 守ることも守られることもない、シナリオに関わることもない、ゲームの外から来た一般人。


(きっと、ゲームの世界の人間じゃないから、法則が当てはまらないのかもしれない)


 レストアラーではなかった。

 もしくは、静を想う気持ちが足りない。


 静のそばにいるには相応しくないのだと、また思い知ることになった。

Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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