13.水族館デート3
「ごめん、あかりが元気になってから誘えばよかった」
「全然、嬉しかったです。ずっと楽しんじゃいました」
あかりの最寄り駅から家までの帰り道。
行きも帰りも好きな人と歩けるなんて幸せなのだろう。そんな気持ちであかりはいつもよりゆっくり歩いてくれる静の隣で微笑んだ。
「あ、でもお金はちゃんと受け取ってくださいね。私、静くんにだけ負担させるのは嫌ですから」
彼女ならともかく、お試しの彼女にまでデート代を奢ろうとするのはさすがにやりすぎだ。
むしろあかりは自分のお金であったならば静の分まで出したいくらいだ。やはり早くバイトを探そう。
「デートで女の子がだいたい喜ぶって蒼真が教えてくれたけど、違った?」
「蒼真くん……。まあ、喜ぶ子もいるとは思います」
現にあかりのクラスメイトもされたいと言っていた。もちろん意見は人それぞれだけれど。
それにしてもたびたび静に指導しているらしい蒼真は、ゲームでは彼女なんていなかったはずなのに、どこからそういった知識を仕入れているのだろうか。
「あかりは、喜んでないね」
「わ、たしは、……嬉しいし、格好いいなって思いました。迎えに来てくれるのも、並ばないで中に入れるようにしてくれるのも、食べに行くお店をぱっと決められるのも、地図を見るのが上手なのも、支払いをスムーズにしてくれるのも、体調に気がついてくれるのも」
ここまで初デートでできたら完璧だった。
これならリンク相手の人達も、きっと大満足するだろう。
「でも、さっきも言ったように静くんばっかりが負担になるのは嫌です。申し訳ないし、心配になります」
だからちゃんと、と続けようとして、あかりは静が横を向いているのに気がついた。
そちらに何かあるのかと思って見てみても、特に何もない。
不思議に思って静の顔をのぞこうとすると、……見間違いだろうか。耳が赤くなっているような気がする。
(静くんが、照れてる?)
ゲームはもちろん現実でも大抵のことをしれっとした顔でこなし、甘いセリフを無表情で言い、こちらが照れていてもなぜかわかっていないという顔をする、あの静が?
あかりはあまりにも信じられなくて、繋いでいない方の手で静の耳の温度を確かめた。
「わっ」
ーー熱い。
本当に、照れている。
突然あかりに耳を触られて、驚いた静が立ち止まる。その姿も、年相応に見えてとてもかわいらしかった。
「え、と。参考までにどの辺りで静くんが照れたのか教えてほしいです」
「なに、それ。僕だって照れるくらいするよ」
「初めて見ましたよ!」
いつも照れるのはあかりの方だけだ。
好きだと言われても、異性の名前を呼んでも、髪を触っても、手を繋いでも、抱きしめても、一度も恥ずかしがるところを見せてくれたことなどない。
「……あかりが」
「わ、わたしが?」
「……僕を、格好いいって言った」
格好いい?
さっきの、喜んだか否かの返事だろうか。
「あの、わりといつも思ってますけど」
「初めて聞いた」
そうだっただろうか。
心の中では散々格好いいだの素敵だのと褒めていた気がするけれど、確かに直接言った覚えはないかもしれない。
「さっきの、本当?」
「さっきの?」
「迎えとか、体調とか」
「もちろん。むしろ普通にそこに立ってるだけでも格好いいと思ってます」
思い返せば、静は四月に会った時よりもずっと垢抜けた気がする。髪型だろうか、服装だろうか、それとも雰囲気だろうか。うまく言葉に表せないけれど、魅力パラメータが上がっている証拠だろう。
もともとあかりの目には専用フィルターがかかっているので、最初からパラメータMAXのようなものだけれど。
「あかりがどうして僕を好きだと思ってくれるのかわからなかったから。そういうの、聞けて嬉しい」
「あ……」
静が、ふわりと笑う。
あかりはそれを見て、胸が苦しくなった。
好きという、その意味をあまり理解できなくなってしまった男の子。
誰かがくれる好きは、何かのきっかけで簡単になくなってしまうことを知っている。両親も祖父母も友達も、みんな静を好きでいることをやめてしまったから。
あかりは静に好きと伝えてそれを信じてもらったけれど、やっと今、静は自覚できたのかもしれない。
「私は、静くんが好きですよ。優しいところも、頑張り屋さんなところも、強いところも、弱いところも。いつもの無表情も、今みたいに笑ってるのも」
ちゃんとわかっていてほしい。
そんな静だから、会いたいと思ったのだ。
それが伝わるように、静に視線を合わせてあかりは微笑んだ。
「私だけじゃないです。蒼真くんだって静くんのことが大好きだし、これから出会う人ももう出会ってる人も、静くんを好きになってくれる人はいっぱいいますよ」
静はどこかぼんやりとした表情であかりを見ている。
それはまるで子どものような、無防備な姿だった。
あかりは目の前の人をとても愛おしく感じて、背伸びして彼の頭を撫でた。
自分の手で幸せを掴める強い人。そんな人にあかりができるのは、ほんの少しの手伝いと、彼を想う一人でいることだけだ。
「僕、あかりには嫌われたくないな」
ぽつりとこぼれた消え入りそうな声に、「嫌うはずないですよ」と言ってみるけれど、静は控えめに微笑んで立ち止まったことへの詫びを告げると、またあかりの家への道を歩き出した。
好きだということを信じてもらって、それに理由がきちんとあることを理解してくれた。それでも静の心に巣食う闇を払拭するには、まだ足りていないものがある。
時間の停滞や異形、レストアラーという普通とは違う自分を、普通の人であるあかりが知ったらまた両親や周囲の人間のように離れてしまう、という考えを覆すこと。
(やろうと思えばできる。でも、しない)
あかりは静とは文字通り世界が違うのだ。
いつまでもそばにいられるとは限らない。
何かのきっかけで、永遠にこの世界から切り離されてしまうことだってあるかもしれない。
そんなあかりが、一生そばにいられもしないくせに静の心に踏み込みすぎてしまえば、自分のせいでまた静は辛い思いをするだろう。
(だから、私は静くんに好きになってもらえないままでいい)
あくまでも、あかりはいつか静が誰かを好きになるまでの時間をもらっているだけなのだから。
いつもよりたっぷり時間をかけて辿り着いた、アパートの二階にある家のドアの前で二人は立ち止まった。
「今日は本当にありがとうございました」
気持ちを切り替えて明るく静に話しかければ、あれからずっと黙ったままでいた静もいつも通り表情を変えず頷いた。
「外で出すのもあまりよくないと思うので、中に入ってから渡してもいいですか?」
言外にお金を返したい旨を伝えるけれど、静は首を振って否定した。
「そんなに気になるなら、次のデートの時に払って」
「つ、ぎ?」
「来月はテストがあるから、夏休みかな」
あかりはこんなデートは今回が最初で最後だと思っていたので、静の申し出に目を丸くしてしまう。
「どこに行きたいか、あかりも考えて」
あかりの恋心を思えば、断った方が賢明だ。そうわかっていても、好きな人に誘われて断るなんてもったいないことはできなかった。お金も払わなければならないしと、自分に言い訳をしてまでも。
「はい……」
またこんな風に出かけられる日が来るのかと思うと、今から楽しみでたまらない。自然に顔がほころんで、喜んでいることを静に隠せなくなる。
「あ、それからこれ」
そう言って静がポケットから取り出したのは、見覚えのある小さな袋だった。
「それ、水族館の?」
「うん。ペナルティ、覚えてる?」
心臓が嫌な音を立てる。
正直水族館を出たあたりから忘れていた。
パリパリと中身も開け、出てきたのはーーキーホルダーだった。
「ペンギン好きだって言ってたから、そのキーホルダー。ペアになってて、くっつけるとぴったり重なるようになってるみたい」
ほら、と目の前で試してみてくれる静に、怖いことを言われるのではと身を固くしていたあかりは拍子抜けしてしまう。
「あれ? ペナルティ、でしたよね?」
「うん。今も口調かしこまってたから、罰としてこれを片方受け取ること」
ブルーの男の子ペンギンと手を離したピンクの女の子ペンギンを、静があかりの前に差し出す。反射的に両手を受け皿のようにすると、手のひらの上にピンクのペンギンが置かれた。
「今日の、記念。……もらってくれる?」
あかりが自分で買うことのできなかった、思い出のアイテム。それをまさか、静からもらうことになるなんて。
あかりは胸が締めつけられて、とっさにうつむいた。きっと隠せていないけれど、見られたらこう言われてしまうだろう。
「また泣いてる」と。
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