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12.水族館デート2

 近隣に水族館はいくつかあるけれど、静が連れてきたのは池袋だった。

 一番近く、あかりが体調不良の時に早めに帰ることもできるかららしい。


「チケット売り場は……わ、すごい列」


 チケットカウンターの前は休日に見合った数の客がおり、なかなかの混雑だった。しかし静はあかりの手を引き、水族館の入り口へとまっすぐ進んでいく。


「あれ? 静くん、並ばないと」

「すみません。これお願いします」


 静がスマホをスタッフに見せると、心得たようにスタッフが中へ二人を通してくれる。静とスタッフの顔を交互に見るあかりを促し、静は暗い館内へと入っていった。


「事前に電子チケット買っておいたんだ。並ばなくていいように」

「えっ! あの、チケット代払います!」

「いいよ。誘ったの僕だし」


 静は入り口近くにあるフロアマップに気がつき手に取る。


「バイトもしてるし、これくらい平気」

「そんな、静くんが頑張って働いて稼いだお金を私に使うなんて……っ」


 ゲームでも資金稼ぎにバイトができるけれど、その日の行動時間をまるまる使わなければならない。ましてや現実、短期でもなければ継続して働いているのだろう。


「私、お母さんにちゃんと」

「それに、ビルの中にある水族館ていうの、気になってたんだ」


 心なしか目を輝かせてマップを広げる静に、あかりはぽかんとした後、つい笑ってしまった。


「……何?」

「あ、ごめんなさい。静くんがかわいいなって思って」


 先ほどまでは慣れているのかと思うほどスマートだったというのに、今は子どもみたいだ。

 楽しそうな姿を見られて嬉しい。そんな気持ちでにこにこしていると、静は首を傾げて口を開いた。


「かわいいのはあかりでしょ。いつもかわいいけど、今日はもっとかわいい」

「……!?」


 軽くボールを投げたら鋭い打球が返ってきた。それを心構えもなく我が身で受け止めてしまったような、そんな強烈な衝撃で呼吸が止まる。


「そのワンピース、似合ってる。水族館色?」


 言葉が出ず、とりあえず頷くことしかできないあかりに静は容赦なく追撃をした。


「かわいい。髪もかわいい」

「し、静く、ちょっとストップで!」


 静のリップサービスがあかりの精神に大ダメージを与えた。当然、顔は真っ赤だ。


「どうしたんですか、急に」

「ペナルティ」

「え?」

「丁寧語が出るたびに、あかりを褒めてみろって蒼真が」


 ーーああ、そういうことか。

 本心じゃないとわかって安心したような、残念なような。


 肩から力が抜けて小さくため息が出てしまった。

 ただそんなことをしてまで丁寧語を使わないでほしかったのだと知って、あかりは言葉を改める努力をしようと決めた。


「頑張って……みる。それじゃ、い、行こう?」

「……うん」


 静の口もとが緩む。

 あかりは静の優しく綻んだ表情を見上げて、同じように笑んだ。






 ビルの中と言うだけあって、水族館としてはやはりだいぶ狭かった。けれど一つひとつのブースにいる魚をじっくりと眺めたり、カワウソのかわいいしぐさを動画に収めたり、飼育員と息の合ったアシカのショーを見たりと充分に楽しんでも時間に余裕があるというのは嬉しい。

 中でも、ちょうど晴れ間が覗いたおかげで頭上を泳ぐペンギンの向こうに空がキラキラとゆらめくところはとても綺麗で、二人してしばらく立ち止まってしまったくらいだった。


「静くん、どこが一番好きで……だった?」

「ペンギンかな。あかりは?」

「私もペンギン! 飼育員さんに懐いてるのがすごくかわいかった」


 一周した後、今度はもう一度見逃していた説明文を読んだり、二人で話しながらゆっくりと歩いた。


 途中にあったグッズショップにも立ち寄った。

 あかりは母や姉へのお土産を探すため、静は何か探しているものがあるということで、別行動で店内を見回る。

 お菓子やぬいぐるみ、文房具、さらに服や食器まである。種類の豊富さに圧倒されつつ、どの棚も魅力的でつい見入ってしまう。


(水族館なんて久しぶりに来たな)


 あかりが家族みんなで出かけた記憶は、小学生の頃のものが最後かもしれない。

 両親はともに忙しく、姉とも少し歳が離れているので家族で遊びに行く頻度はそれほど高くなかった。友達がいたから特別寂しくはなかったけれど、両親が離婚してからはお金のかかることは遠慮するようになり、このような場所へ遊びに来ることはほぼなくなった。

 母の学業優先だから急がなくていいと言ってくれているのに甘えず、そろそろバイト探しをしたほうが良いだろう。


 お土産を選び終え、自分用にも何か買おうと辺りを見てみると、少し離れたところに真剣に何かを見つめる静がいた。

 何がそんなにも彼の興味をそそるのかと、近づいて見てみたい気もする。しかしあかりは、すでに今日敬語もどきを禁止されて、静との距離が少し近くなってしまったように感じていた。これ以上そばに行くのはきっと、危ない。


 静の方を振り切るように顔を背けると、そこにあったのはぬいぐるみだった。

 定番のペンギンやイルカに人気急上昇中のカワウソ、不思議な魅力のあるチンアナゴ、格好よさも兼ね備えるサメなどが、買って帰ってと言わんばかりにかわいらしくあかりを見つめている。


(うっ、かわいい……!)


 特に赤ちゃんペンギンのかわいさが異常だ。ふわふわしていて思わず触りたくなる。

 ただぬいぐるみはほしいからと言って何かあるたびに買ってしまうと、瞬く間に部屋を占拠されてしまうのが難点だ。

 さらにあかりはいつか捨てることになるかもしれないと思うと、人形やぬいぐるみを選べないタイプだった。


 その後も、手にとって悩んでは決められないまま時間が過ぎて、結局自分のものは買わずに店を出た。


 水族館から出た二人は遅めのランチのために街を歩く。


「あかりは何が食べたい?」

「私はなんでも……静くんが食べたいものが食べたい、な」


 そう言ってしまってから、なんでもいいが一番困ると知っているのに丸投げしてしまったことにあかりは冷や汗をかく。今からでも希望を言った方がいいのか、それとも意見が二転三転して面倒に思われてしまうのか悩んでいる間に、静は手を繋いだまま道の端に寄って立ち止まり、スマホを操作する。


「カレーがいいかな」

「カレー! 良いですね」


 すぐに決まったのか、提案が早い。さすがレストアラーのリーダー、決断力があって頼もしい。

 あかりは家で作るカレーを想像して、お腹が空いていることを意識してしまった。栄養もたっぷり摂れて簡単だし、何よりおいしいので親子揃って大好きだ。


 静は店までの道のりを、信号待ちをしている時にアプリを見る程度で問題なく到着してしまった。あかりはどちらかというと地図を見るのが苦手なので、マップ把握能力まで長けていると尊敬の眼差しを送った、のだけれど。


「そんなに楽しみなの?」


 あかりを見た静が、ふっと笑う。

 食いしん坊のイメージがついてしまいそうで否定したいところなのだけれど、静の笑顔を見られたあかりはもう何でもいいと高鳴る胸を押さえることしかできなかった。



◇◇◇



 カレーは、思い描いていたものとまったく違った。


(すごい! ナンだ! あっつあつのもっちもち)


 置かれた二人分のランチセットが、テーブルいっぱいに埋め尽くされている。

 小さなサラダにスパイスたっぷりな深い旨味のあるカレー、そしてライスではなくカゴからあふれるほど大きなナン。他にも来店時に出された水と、ラッシーというヨーグルトを思わせる甘い飲み物があって、同じく本格的なカレー屋が初めてだと言う静と思わず目を見合わせてしまった。


「ナンおいしい。カレーもおいしい。マンゴーラッシーもすごくおいしい……!」


 家では簡単に再現できない味に、あかりは感動してしまう。熱すぎて火傷しそうになりながらナンをちぎり、カレーにつけて食べる。それだけのことなのに、あまりのおいしさに笑顔が止まらない。

 静も声こそ出さないが、あかりが言うと頷くので同じ気持ちらしい。


「はあ、お腹いっぱい……ごちそうさまでした」


 あかりは自分が頼んだキーマカレーを静にお裾分けしたり逆に静のマトンカレーを一口分だけもらったりして、セットを完食した。

 静も同じくらいに食べ終わっていて今は食後の休憩中のようだ。


(よし、ここで静くんがお手洗いに行ったらその隙にお会計を済ませるぞ!)


 クラスの友達から以前聞いた、彼氏とのデート中にされたいことの一つを思い出す。図らずもあかりが先に経験してしまったけれど、静の水族館でのそれがとても格好よかったので今度はあかりがやってみたい。


(と思ったけど、正直私がお手洗いに行きたい……!)


 なんだかんだで水族館では行く暇を見つけられなかったし、そもそも今日はトイレに行くのを見られるのがなんだかとても恥ずかしい。

 普段はそんなこと少ししか思わないのに、今日がデートだからなのか変に緊張してしまう。


「荷物見てるから、行ってきていいよ」


 静がぽつりと言って、何のことだろうと首を傾げる。その一瞬後にトイレのことだと気がつき、そんなにそわそわしてしまっていただろうかと気恥ずかしくなる。

 ただ非常にありがたい申し出だったので、あかりはお礼を言ってポーチを持ち目的地へと向かった。


 手を洗ってから鏡を見て、化粧が崩れていないかチェックする。食事をしたのでリップを塗り直し、席に戻って荷物番を交代した。


(よし、今のうちに……って、あれ? 伝票がない)


 どこかに紛れてしまったのかと紙ナプキンやおしぼりなどをよけて探してみるものの、やはり見つからない。

 仕方なく店員を呼ぶと、なんと支払い済みという返答をもらってしまった。


(し、静くんてばどこの少女漫画のヒーローなの!? あ、そうだゲームの主人公だった)


 恋人になった女の子たちは、みんなこれ以上に静に大切にされるのだろうか。

 その後に続く出てきてはいけない感情を心の奥に押し込めて、あかりは静にお金を返さなければと意気込んだ。


 戻ってきた静と店を出て、あかりがお金のことを言おうとしたところで、静は「帰ろう」と言ってあかりの手を引き、駅の方へと歩き出してしまう。


「え、もうですか?」


 食べ始めたのが遅めだったとはいえまだ午後だ。

 もう少し静とデートをしていたいという気持ちをつい言葉に滲ませてしまって、あかりは空いた方の手で口を覆う。


「あかり、疲れてるでしょ」

「いえ、そんなことは……」

「無理しなくていいよ。入院して、多分体力落ちてる」


 あかりは驚いてぱっと静を見上げた。

 態度に出したつもりはなかったのに、どうして知っているのか。


「うちの祖父が入院した時言ってたんだ。数日寝こんだだけでも、歩くの大変だって」


 ああ、そういうことか。

 あかりは納得とともに、どきりとした。


 初めて直接聞く、叔父以外の家族の話。

 ゲームで静の生い立ちを知っている分、切なくて無意識に繋いだ手をぎゅっと握った。


「ありがとうございます。実は静くんの言う通りで、まだ本調子じゃないんです」

「電車、空いてる席があったらちゃんと座ってね」


あかりは静の気遣いが嬉しくて、頬を赤らめて頷いた。

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