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11.水族館デート1


「明日、暇?」


 静に送ってもらい、お礼を伝えて名残惜しくも家に入ろうとした時。静から珍しい問いかけをされた。

 普段静と会う日を決める場合、何日が空いているか教えてもらい、あかりが提案するという流れができていた。それが今、静にあかりの予定を聞かれている。

 正直、とても驚いた。


「あ……予定はないんですが、もしかしたら家にいろってお母さんに言われるかもしれません」


 暇です、と答えたいところではあるけれど、おそらく母が良い顔をしないだろう。

 しかし思い返してみれば、この半月ほどはお互いの都合が合わなかったことで、何の役にも立てていない。今日もわざわざ静に遠回りをさせて、時間を奪っただけという体たらく。

 お試しで付き合ってもらっておいて、この無能っぷりはまずいのではないか。


 けれど母に多大な心配をかけた手前、一日学校に行った程度で出かけてくるなんて言っても許されるのか。


「そっか。あかりと水族館に行きたかったけど無理か……」


 無表情がデフォルトの静が、どことなくしゅんとしている。

 あかりと、水族館に、行きたかった?


(どうして?)


 あかりの頭にたくさんのはてなが駆け巡る。

 なぜなら水族館は、ゲームで存在するものの完全にデートスポットとして登場するからだ。それもリンク相手と恋人になって選択できるようになるというお楽しみ要素。

 パラメータも上がらないし、単純にリンク相手との仲が深まるだけという、一周目にしてはあまり旨味のない時間の使い方である。

 強いて言うなら数あるデートスポットに出かけると、それぞれの場所特有の思い出のアイテムが手に入るくらいか。もちろん思い出と書いてあるように、戦闘時にアクセサリーとして装備できるわけでもない。


「水族館、で勉強とかするんですか?」

「? 普通に魚とか見るけど」

「それは……ええと。私でお役に立てることがあるんでしょうか」


 空いている時間に遊びたい、と言ったものの、まだ六月の静はやることがたくさんあって悩ましい時期のはずだ。

 本来ならば遊ぶにしても、仲間と出かけた方が戦闘に有利なパラメータ補正がかかるのに。


 どう考えてもあかりには、自分と出かける意味がわからなかった。


「役に? あかりが何を気にしてるのかよくわからないけど、デートしようって言ってる」

「で、でーと」

「うん。いつも僕たちがしてるのはデートとは言えないって、なぜか蒼真が怒ってて」


 な、なるほど。

 たしかに最初はともかく、最近はデートをしているつもりではなかったかもしれない。けれどそれは予想以上に優しくて甘い言葉を吐く静に勘違いさせられないようにする自衛のためでもあった。


「私、で良いんですか?」

「うん。というか、あかりじゃないと意味ない」


 またそうやってすぐあかりを落としにかかる。

 嬉しいのと恥ずかしいのと困るのと、言い表せない感情があかりの中を渦巻いた。


 デートの練習。

 そう、これは静の将来のための、デートの練習なのだ。

 誰かと迎える初デートが、緊張で失敗に終わらないため。もしかしたら現実なのだから魅力パラメータもアップするかもしれない。


 だから、あかりも静とデートをしてみたいと思っても、良いだろうか。






 そうして、夜帰宅した母に明日出かけたい旨を伝えると、すぐにデートであることがばれ、意外にも嬉々として服のコーディネートを手伝われたのだった。



◇◇◇



 インターホンが鳴って、開けたい気持ちと開けたくない気持ちが入り混じる。

 服もそうだけれど髪もいじってしまった。気合いが入りすぎだと引かれてしまわないだろうか。


「ーーおはよう」

「おはよう、ございます」


 恐る恐るドアを開けると、そこには見慣れない私服姿の静がいた。今日も格好いい。

 実はあかりが静と土日に会うことはほとんどない。貴重な休日は静の自由に使ってほしいから、提案する日は基本学校のある平日を選んでいた。

 それが今、あかりをわざわざ家まで迎えに来て、遊びに出かけるだなんて。


「今戸締りしてきますので、少し中で待っていてください」

「今、誰もいないの?」

「はい。母は土日も仕事なんです」


 それなら外で待ってる、と言って静はドアを閉めた。二人きりだから気を遣ってくれたのだろうか。紳士だ。


 あかりは急いでガスの元栓と窓をチェックして、カーテンを閉め小ぶりのリュックを背負う。最後に全身鏡で髪や服の確認をしてから、おろしたての白いスニーカーを履いてドアを開けた。


「お待たせしました」


 水族館に合わせてブルーのワンピースに、体温調節用のカーディガン。ほんのりお化粧もしている。

 普段こんな風に着飾ることはしないので、恥ずかしい。静はきっとあかりが何を着ていても気にしないとわかっていても、なかなか顔を上げられなかった。


「じゃあ、行こう」


 そう言って差し出される手に、そっと自分のを重ねる。階段で一階まで降りて、最寄り駅への十分を歩いて向かう。

 すでに梅雨入りしているために晴れてはいないものの、雨が降っていなくて良かった。


「おうちから遠かったんじゃないですか?」


 最初は待ち合わせをしてはと提案したのだけれど、静があかりの体調を考えて送り迎えをしてくれることになっていた。

 母からもそう条件付けられてしまったので、恐れ多くもお言葉に甘えさせてもらった。


「電車じゃなくてバスだとかなり近かった。なんなら歩いても来れる」


 もちろんあかりは知っている。ゲームプレイ中静の家があまりに近い地名だったので、マップで調べたことがあった。さすがに詳しい位置までは知らないけれど。


「今度から帰り、送っていけるよ」

「え、いやいやそんな! 定期外になっちゃうから余計な出費になりますよ」


 とんでもないことを言い出す静に、あかりは慌てて首を振った。デートのお誘いに送り迎え、さらに普段会った時の時間の延長だなんて、幸運が重なりすぎて怖くなってくる。

 定期的にこの人は他の女性と恋をするのだと言い聞かせなくては、うっかりころっと溺れて抜け出せなくなってしまいそうだ。


「そう。じゃあ、その丁寧語禁止で」

「え?」

「蒼真にはタメ口で話すようになったって聞いた。僕にはずっと丁寧語なのに……ずるい」

「ずるい……?」

「そういうことで、今日丁寧語使った分あとでペナルティだから。覚悟しておいて」


 よーいどん、とまったく『じゃあ』ではない交換条件を出され、あかりは口をぱくぱくさせてしまう。


 まさか静は、蓄積されたペナルティが多すぎたらこのお試し彼女を終わりにするつもりではないだろうか。

 その悪い想像がもし正解だったとしたら、あまりの絶望に異形を呼び出してしまうかもしれないと半ば本気で思った。

Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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