感染
醜いのは…
なんでこんなことになったんだっけ。
私達、普通に朝起きて、学校行って、
そうだ、帰ってくる途中で妙なものを見た。
明らかに人ではない、でも人型をした何か。
思えばあれが始まりだったのかもしれない。
次の瞬間悲鳴が聞こえて、
さっきの化け物のような何かが1人、また1人とどんどん増えた。
街の人がパニックになるまでそう時間はかからなくて、みんな一目散に化け物から逃げようとした。
我先にと人を押しのけて。
そうだ…転んで化け物に食われた子供がいた。
まだ小さい子だった。
母親だと思われる女の人が、元々小さかったその子のからだのさらに半分くらいの小ささになってしまって、顔もよく原型を留めていないその子を抱き抱えて、泣き叫んでた。その母親も、次の瞬間食われた。
ボソッと小さな声で聞こえたよ。
「ああ、よかった助かった」
まさにエゴの塊を見ている気分だった。
人間って自分さえ良ければいいんだなって、前々から思ってはいたけど。
自分もそいつとおなじ人間なんだと思うと気持ち悪くて吐きそうで、思わず腕を爪で思い切り引っ掻いた。
汚い。人間って汚い。
それから30分くらいだっただろうか。
あっという間に平和だった街はゴーストタウンの如く廃れて、そこらへんに死体がごろごろと転がっている狂った空間へと変わった。
一緒に下校してた私とお兄ちゃんはなんとか物陰に隠れて「そいつ」に食われずに済んでた。
でもずっと同じ場所に隠れていてもいつか見つかる。
ダメだ、動かないと。
お兄ちゃんの意思に頷いて、立ち上がったその瞬間。
お兄ちゃんが後ろから、奴に襲われた。
「お兄ちゃん!!」
人間の何倍も強力になった爪でお兄ちゃんは背中を裂かれた。
すぐにお兄ちゃんを化け物から引き離して、私はそこから一目散に逃げた。逃げた。逃げた。
お兄ちゃんは動かない。けど息はしてた。
大丈夫、大丈夫、お兄ちゃんはこんな奴らなんかに負ける人じゃない、お兄ちゃんは強いんだ、私の大好きなお兄ちゃんはこんな化け物に、汚い化け物になんか、殺されやしない。
「君!!」
ーーどうしてこうなったんだろう、なんて考えながらひたすら歩いていたからか気づかないうちに目の前に人が立っていた。
「化け物!!!」
「違う!わしは大丈夫じゃ!まだ感染していない!」
「…!?」
見たところ、その老人は人間だった。
まだこの都市にも人間が残っていたのか。
「わしはここで小さな病院をやっていた医師じゃ、その病院も跡形もなく崩れ壊れてしまったが…
この都市にはまだ生き残っている人間が何人かいる。さっきがれきのなかからなんとか見つけた包帯や消毒液がまだあるんだ、君と、君のお兄ちゃんも酷い怪我だ、わしが手当しよう。こっちへ」
「………」
連れてこられた先には、大怪我をしているもののなんとか一命を取りとめた瀕死状態の人ばかりが横たわっていた。
私とお兄ちゃんも、その医師とやらの手当を受けた。
「名前を言うのを忘れていたね。わしはカズヨシじゃ。君の名前は?」
「…シノ」
「シノちゃんか。見た感じ中学生くらいか…
お兄ちゃんは、高校生かな」
「…そうです」
「よくここまでお兄ちゃんを連れてこれたな、頑張った。君はかすり傷だったけど、お兄ちゃんはかなり深い傷を負っている…が、手当もしたし息もある、これで大丈夫じゃ」
「…なんでこんなことになったの?」
「…それはわしにもわからん…だが昔聞いたことがある。
あるところに、どんな薬でも作れてしまう桁外れの天才科学者がいた。
だがその科学者は、人類は醜い、そう言って人間を異常に嫌っていたんだ。
そこから先はあくまで噂話なのじゃが、
「醜い人間に見合う器をやろう」
そう言って、その科学者は「ヴォルガー」と呼ばれるあるウイルスを作ったらしい。
それは、感染すれば最後、理性を失い、外見は人型を留めず、人肉をただひたすらに貪ることだけを快楽とする生物…
所謂、ゾンビをを生み出すウイルスだったんじゃ」
「…今回、街のみんなが化け物になったのは、そのヴォルガー…?のせいなの?」
「それはわからん…噂話じゃからな。
だが、それしか考えられんのじゃ。わしらは昨日まで、朝方まで、平和にいつも通り暮らしておったのじゃから…
これは誰かによって引き起こされたテロなんじゃないかとわしは考えておる」
「…テロ…」
…人間が醜い、その気持ちはわかってしまった。
確かに人間なんて、この化け物の姿がお似合いなのかもしれない。
「…ヴォルガーをどうにかする手段はないの?」
「今のところは何も…ヴォルガーに感染したネズミを捕まえて、そのネズミに今ありとあらゆるワクチンを打ってみているのだが一向に効果がない。
だが救いはあるかもしれない…気づいていたかい?ここに集まった怪我人はみんな1度ゾンビに襲われた。なのにゾンビになっていないんじゃ。
ゾンビに襲われた人間は、95%の確率でヴォルガーに感染して同じゾンビとなる。
だが残りの5%の人間は、原因は不明だがゾンビ化しないで済んでいる。生き残った者たちで力を合わせてワクチンを作ることが出来たら、ゾンビになってしまった人のことも元に戻せるかもしれん」
「そうなんだ…
じゃあ、私とお兄ちゃんはその5%の人間だったんだ」
「そういうことじゃの…
それに、ヴォルガーに対抗する手段はもうひとつある。奴はあるものが苦手らしい、それは…
ん!!!??」
「え?」
…目の前が血で染まった。
カズヨシ先生の血だ。
ゾンビだ。ゾンビがここにまで現れた。
でもおかしいな、
カズヨシ先生に襲いかかっているそのゾンビには、ひどく見覚えがあった。
「お兄ちゃん!!!??」
「あ…ああああ、あああ」
「なっ…この少年、感染していたのか…!!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃんやめて、落ち着いて!お兄ちゃん!」
「ダメじゃ!!近づくな!!君まで感染してしまう!!!
向こうにわしの仲間がいる!仲間に硫酸を貰ってきてくれ!!
こいつらは硫酸にだけ弱いんじゃ!!
早くしろ!!化け物が暴走するその前に!!」
化け物?
ばけもの…
お兄ちゃんが?
この人、今、お兄ちゃんのこと
化け物って言った?
「何しておる!!早く硫酸を!!」
「……くい…」
「!?」
お兄ちゃんが化け物?
あんな低俗なゴミ共とお兄ちゃんを一緒にしないで…
あんな人間なんかと…
ああ、やっぱり人間は
「醜い」
グシャッと言う音と共に、血肉が舞った。
綺麗な赤色だった。
へー、人間って
中身の方が綺麗じゃん。
「あああ…ああ」
「お兄ちゃん」
私がお兄ちゃんを抱きしめると、お兄ちゃんは少し大人しくなった。
ほら、私のことちゃんとわかってくれてるんだ。理性を失ってなんかない。
頭を撫でたら擦り寄ってきてくれた。
ほらね、
お兄ちゃんは私を食べないって自信があったんだ。
だって、私のことだけ大事にしてくれるのがお兄ちゃんだもんね。
お兄ちゃんは何も変わってないよ。
ーーー「本当に出来損ないね、あんたは」
ーーー「お前が娘なんて恥ずかしい」
ーーー「シノはシノのままでいいんだよ。お兄ちゃんが護ってやるからな、
母さんからも父さんからも、
お兄ちゃんがシノを醜い人間から護ってやる」
「行こうお兄ちゃん。ここにいたら人間に殺されちゃう。硫酸だって。怖いね。早く逃げよう。
それで、どこかで、2人だけで暮らそう、お兄ちゃん」
化け物なのは、人間の方だ。
to be continued…