緑色
緑色の液体がつつうと表皮に現れる。
なんじゃいこりゃあと多喜子は訝しんだ。
上手くいかない人間関係、かみ合わない家族関係、世界と自分のどうしようもない断絶。
学校に行けなくなって三日、無為な時間を終わらせるべく、無為な人生を終わらせるべく、多喜子はカッターの刃を手首に走らせた。
こんな程度で死ぬはずないと心のどこかで高を括り、自殺未遂に追い込まれる自分を憐れむべく、多喜子は行動を起こした。
起こして、血が出て、自殺は失敗して、成功するはずがなくて、成功する気もなくて、結局無為で。
「で、なにこれ」
ぽたりと緑色は手首から滴り、足元に飛散した。裸足の甲に付着する緑。
おかしい。
結果がおかしい。
多喜子の予測とずれている。そのずれは極わずかだが、致命的だ。
多喜子の常識と現実が乖離している。
異常な事態に、しかし多喜子の脳は適応した。
パニックになることなく、冷静に事態を見据えようとした。
(まず)
と、多喜子の頭は思索を開始する。
(まず、常識を疑おう。本当に、血は赤だった? 血は赤色だと勝手に思い込んでいただけじゃないの? 水木一郎と水樹奈々が親子関係だと勘違いしてたように、私は血は赤色だと根拠なく捉えていただけ……)
違う、と多喜子は律義に首を横に振った。
(そんなはずがない。私は血を見慣れている。もうとっくにそういう年齢だし、そうじゃなくても鼻血や擦り傷なんて珍しくない。血は赤色だった……
じゃあ、今手首から滴っているものは何? この緑色の液体は何? 血、じゃないってこと? でも、私の身体から出ているんだから、体液であることは事実……)
どうしようかな、と多喜子は困惑した。
こんな事態考えていなかった。自殺未遂、流れる真っ赤な血を見て、生の実感を得るはずだったのに、今の状況に多喜子は全然現実感を覚えない。
覚えないが、どこか納得はしていた。
緑色の血。
多喜子はそれが何を意味するか、朧気ながら掴んでいる。
金曜ロードショーを履修していた経験が生きた。
「私、異邦人だったんだ」
それなら、それなら仕方ない。
人間関係が上手くいかないのも、家族と噛み合わないのも、世界と断絶しているのも。
自分が異邦人なら、納得がいく。
少し、楽な気分になった。
異邦人なら仕方ないと思えた。
納得できたことが何より重要なのだ。
だから、これ以上傷つける理由は無い。
多喜子はひとまず応急処置をするべく、手首に何かを巻こうとして――。
ぎょっとした。
手首には傷一つなかったのである。