早暁
「くっそ、身体のあちこちが痛ってー」
ポッドの内側についている手すりを頼りに、なんとか起き上がった。ギシギシと軋む身体のあちこちを感じながら、ポッドから降りる。
何かの警告音が頭に響いていた気がしたが、今はそれどころではない。
相賀 月は身体をふらふらとさせながら、他のポッドに手を掛け手を掛け、先に進んでいく。
ガンガンする頭。それに耐えるのは、偏頭痛持ちの宿命だ。
「あー、俺一体、何年寝たんだ?」
「こんな強制的に起こされるなんて、聞いてなくない?」
背後で声がして、ツキは振り返った。
「おおおっす、フウ。元気だったか? 久しぶりだな。ってか、久しぶりのはずだよな?」
ポッドに肘を掛けて寄り掛かりながら、ツキは片手を気だるそうに上げた。
「……うん、久しぶり」
もじっとフウは両方のつま先を握ったのか、靴の先が膨らんだのが見えた。
「俺ら、何年寝てたの?」
「よくわかんない」
「え、管理人いるだろう?」
「だって、不細工すぎて、話したくないんだもん。だから、なんにも聞いてない」
「はあ? なんだそれ」
ツキは、ぶらぶらとさせていた右手で、前髪を掻き上げた。
「とにかく、頭が割れるくらい痛い。なんか、薬持ってねえ?」
「も、貰ってくるっ」
急いで踵を返すと、フウは走り出した。白いポッドをくねくねと避けながら、中央を走る廊下へと向かう。すぐに見えなくなったその後ろ姿を目で追うのをやめ、ツキはその場に座り込んだ。
「はああ、今からこんな疲れてて、俺、どーすんだ。これからが仕事だっつーのに」
痛みを我慢するために目を瞑り、フウが頭痛薬を持ってくるのを、いつまでも待った。
✳︎✳︎✳︎
「お前なあ、彼氏とか連れてくんなよな。空気読めよ」
「タクトだって彼女いんじゃん。まあ、寝てちゃしょーがないけど」
「忍さんは彼女じゃねえって何度言ったら……ったくムカつく女だなあ」
「ははん、あんたこそ寂しい男だね……っと、ハルちゃんがいるから、寂しくはないのかー」
嫌みたらしいフウの言い方にブチ切れそうになりながら、タクトはランチにとチンしたピラフが乗ったスプーンを口に突っ込んだ。
「フウ、零すなよ。口についてるぞ」
ツキが、フウにティッシュを差し出す。
「あ、ごめん、ありがと」
差し出されたティッシュを受け取ると、慌てて口元を拭う。
「彼氏と俺に対する、この温度差っていったらねえ」
「そんなの当たり前でしょっ」
「お前のそのツンデレも気に食わんっ」
タクトは咥えていた空のスプーンを口から引っこ抜くと、フウに向かってビッと指した。
その二人の様子を見て、ツキが右の口角を上げてニヤと笑う。
「なんだかんだ、仲良いな、お前ら」
「なっ‼︎ そんなんじゃないもん」
「お前ら、って……ツキは幾つなんだよ、俺はもう28だぞ。お前の方が断然年下だろ。敬語くらい使えよ」
「俺は多分、ハタチくらいだ。その年齢くらいに、あのポッドに入れられたからな」
「ツキは本当は、入りたくなかったんだよね」
「まあなー。俺が管理人をやりたいくらいだった」
「どうして、二人とも、コールドスリープから起きたんだ?」
タクトの疑問に、皆が沈黙する。
「…………」
「……起きたっていうか、起こされたんだろ」
「まあ、目覚まし時計がセットされてたからなあ」
その後、タクトとハルが二人のポッドの内部を調べると、すぐに他のポッドとの違いを見つけることとなった。
目覚まし時計。
「アナログなのかデジタルなのか、いまいちわかんねえー」
時計の設定は、全人類のコールドスリープ完了の数年後、緩やかに『解凍』されるようになっており、目覚めの時がこの如月の月。
この惑星リアキアに四季はない。朝夕はあるが寒暖差が激しく、朝の数時間のみ外へ出ることができる。 そして空気は濃くなったり薄くなったり、日にちや場所によって変わるので、散歩に出ることもままならない。
それを防ぐマスクやスーツはあるが、タクトは面倒なので、会社と会社の寮からは出ないようにしていた。
ただ時々、ベランダに出て朝日を眺めることがある。
「おまえらの目が覚めたのは、それが朝だったから、みたいな?」
呟くとフウは、バカじゃないのと言って、隣の部屋へと行ってしまった。
「夜明け、か。案外そうなのかもな」
ツキはそう呟くと、そのまま部屋に残ってキッチンへと立つと、食べ終わった皿を洗い始めた。