恋慕
「タクトのおもいびとのはなしは、けっこうゆうめいですからね」
充電が満タンになったからだろうか、ハルが満足そうな声を出す。
「そうなんかあ」
ぼんやりと視線を落とすと、座って伸ばした両足が、視界に入った。
「しのぶさん、ですね。こいびと……」
「じゃねえよ。片想いってやつだ」
タクトが遮る。
「Z–15エリアのポッドです」
「ああ、そうそう、いっちばん、最後なんだよな。順番からいっても」
「そうですね」
ハルが言葉を切ったので、タクトがそれを見計らって、話し始めた。
「片桐 忍っていうの。サーフェイス社の受付部門で働いてて、俺とは部署が違うサービスセンターにいたんだよ。忍さんはさあ、いつもにこにこしてんだよね。俺は毎日、そのにこにこ笑顔を見に、この会社に来てたもんだから」
「ひとめぼれですか?」
「まあ、そんなようなもんだな」
「かたおもいのままで?」
「好きとか伝える前に、これで眠っちゃったからなあ」
目の前にあるポッドを、ポンポンと軽く叩く。
「……もし、俺が今の作業を最終エリアまで進めて、仮に忍さんの順番が回ってきても、俺はこのチップを差し込んで、もう一度永遠の眠りに就かせることしかできねえんだけど、」
「…………」
「でもまあ、それはそれで、顔だけでも見られれば、それでいいし。って思って、俺も頑張ってんだよ」
「Zエリアにいけば、かおぐらいみられるとおもいますが」
「いやあ、そこまでじゃねえから。そこまで、愛してるとか、そんなんじゃねえから」
タクトが照れながら、右手で頭を掻く。髪がぐしゃっとかき混ぜられて、爆発した。
「けれど……そうでなければ、けんきゅうじょも、しのぶさんのポッドをさいごにしないとおもいますけど」
「それが、研究所上層部のうがった見方だったんだろうな。俺が、このコールドスリープ計画のメンテを完遂するには、恋人の順番を最後に回した方が良いって判断なんだろう。まあ、実際は忍さんは俺の恋人とかじゃねーけど、俺には家族もいないし、仕方がねえから、忍さんを選んだんだろうな」
「めざめさせる、ということをかんがえたりはしませんか?」
ハルの核心をつく質問に、タクトは少しだけ怯んだ。まさかそんなことを訊かれるとは思いも寄らなかったからだ。
「い、いや、それは……考えていない、」
「…………」
ハルの少しの沈黙に、降参というに両手を上げる。
「んーやっぱわかんねえ。その時になってみないとな。もしかしたら、一緒に生きていきたいと思うのかも知れねえしな。でも……」
言葉がするりと出た。
「相手に拒否られるってこともあり得ねえ?」
軽く訊くと、意外に重い返事が返ってきた。
「そのかのうせいもありですね」
タクトは、大きく溜め息を吐いた。
「はああ、やっぱブサイクってことだろ、それ」