妖艶
作業は延々と続き、そして繰り返される……はずだった。
「それがどうしてこうなった……」
タクトは、はあああっと深い溜め息をついた。
「とてもびじんです」
「うんまあな……いやいや、美人ってレベルじゃねえよ」
「とてもようえんです」
「それっ‼︎」
タクトが人差し指を、ハルへと向けて突き刺した。
「まさしく『妖艶』‼︎ 高校生ってレベルじゃねえよな、あれ。年齢詐称してるだろ、あれっ」
「データでは、じゅうろくさいです」
「ぜってえ間違ってんだろー」
仕事で使う道具があちこちに放り出されているのを横目で見ながら、タクトはモニターの画面をスライドしていった。コールドスリープが解除された原因を探っているのだが、探っていくと言っても、膨大なデータの中からそれ一つを見つけるのは、砂浜に埋もれた家のカギを探し出すのと同じだと、ハルにも言われたし自分でもそう思った。
けれど、この状況をどうして良いのかもわからず、混乱したままの頭では、そうやって何かを考えていないと、さらに混乱を招くのだということを知る。
「ああああー、イチからコールドスリープさせるってのは、やったことねえから、方法がわかんねえよ」
「いいんですよ。たぶん、もうねむらなくても。おきちゃったものはしかたありません」
ハルが言うと、それが正論のように聞こえてくる。
タクトは、はああと大きな溜息を吐くと、モニターに目を落とした。
その時、後ろのドアが開いた。タクトがその気配に気づき振り返ると、そこには例の女が立っている。
「…………」
沈黙に耐えかねたタクトが、しぶしぶ声を掛けた。
「……シャワー、終わったの?」
女は、こくんと顎を打って、部屋の中へと入ってくる。コールドスリープで眠りに就いていた時に着ていた白いワンピースは保存液でベタベタで、タクトは取り敢えず、自分のジャージを着せた。少しだけ長い裾を引きずりながら、忍び寄る猫のように音も立てずに、裸足で寄ってくる。
「うわっ、ちょっと待てっ」
タクトは慌てて立ち上がると、側にあった棚から、タオルを取り出した。
「髪の毛、べっちょべちょじゃねえか」
女の頭の上から、タオルを被せて、ガシガシと拭き上げる。
「頭、洗ってそのまま来るやつがあるかっ」
タクトが髪にタオルを巻く。紺色のジャージの肩が濡れて、濃紺の染みができている。
「お前、名前は?」
濡れた肩にもタオルを掛ける。
女は、タクトにそれをさせながら、ぐっと顔を前に出した。
(切れ長の目、潤んだ黒い瞳、長い睫毛、通った高く細い鼻……ふっくらとした唇)
心の中で羅列する。
(ほんと『妖艶』の代名詞が揃ってるな)
タクトの心臓が、少しずつ熱を持って打ちつけていく。
その時、『妖艶』の唇が、動いた。片方の口角を上げて、初めて声を発したのだ。
「あんたが……タクト?」
意外と、その声は儚げだった。想像とは違う細い声にも驚いたが、見ず知らずの女が自分の名前を知っていることにも驚いた。
どうして俺を知ってるんだ?
思った言葉は頭の中で浮かんだだけで、声には出なかった。
すると、女が続けた。
「こんな、ブサイクだったんだ」
その言葉に、固まった。思いもしない言葉とともに面と向かってディスられて、頭が真っ白になる。
後ろで何かの音がして、ハルが笑った気がした。