連続
チチチ。
小鳥の鳴き声が聞こえたような気がして、タクトはベッドの中で目を覚ました。
身体をよいせと起き上がらせ、窓へと寄っていきカーテンを開ける。
聞こえた気がした小鳥の存在を、目で追って探したけれど、それはやはり気のせいで、外はいつもの静寂が続いていた。
「ふわあ、早く起き過ぎた……」
タクトは、部屋の密閉状態を解除するスイッチを押し、シャッターを上げる。
外窓を開けてベランダへと出た。ベランダの木板の冷たさが、裸足の足裏に伝わってきて、身体や頭を一気に冷やす。するすると奪われた体温に、タクトは少しだけ身を震わせた。
ベランダの手すりに両肘を立てて、目の前に広がる景色を眺める。
延々と続く、ビルの林立。
昇っていく朝日に照らされた場所は、眩しいほどの太陽の光が当たり、それだけでもう健康的だ。けれど照らされていない場所は薄暗く、空気も淀んでじっとりしている。
対照的な光景。
朝の数時間だけは、防護服なしでこうして外へと出ることができる。
いつもなら。しん、と静まり返ったこの世界。この世の終わりを感じて絶望感で埋め尽くされる。
けれど、今朝のそれは違っていた。
太陽の光が、ビルの窓ガラスに反射して、キラキラと輝いている。
「すげえ、この腐った世界もこんな風に綺麗に見えることもあるんだな」
空に目を遣る。
暁の空。朝焼けのオレンジ色。デジタルでは表現できないような、その濃淡の色合い。
心が浄化されていくような気がして、自然と顔がほころぶ。
「……こんな景色が見られるならなあ。……あんなくそ寒みいポッドにしがみつくより、こうして生きてこんな綺麗な空を見るってのも、案外良いもんなのかもな」
タクトは、ベランダの手すりを握り直した。鼻からできるだけの息を吸い込む。手すりから半身を乗り出すと、腹から声を出して大声で叫んだ。
「おーい、誰かいねーのかあ‼︎」
こだまが返ってくるのを息を吐き出しながら聞く。
「おまえらの分も、メシ食っちまうからなあー‼︎」
身体の中の淀んだ空気を吐き出したことで、脳がすっきりとした気がした。
タクトは薄っすらと笑いながら、部屋へと戻り、遮断壁のシャッターを降ろした。
✳︎✳︎✳︎
「よくねむれましたか?」
「お前はどうよ? ハル」
「わたしはねむれましたよ。もうぐっすりとね」
「ふは」
タクトは吹きながらエプロンを頭から被ると、後ろ手に腰ヒモを縛った。そして、棚から道具を出して一式揃えると、そのキャスター付きの台を手前に寄せた。
「わりい、今日は座らせてくれ」
イスを引き寄せる。
「ようつうですね」
「はいはい、腰痛ですよ」
「まだわかいのに。ゲームのやりすぎでしょう」
「それは否定できん」
タクトは苦笑しながらイスに座ると、半ヘルメット型の防護用マスクを被り、大きな赤い取っ手のついたレバーを下へとさげた。
白い大きなポッドが、目の前のベルトコンベアーの上で一つ、大きな音を立てて移動してくる。
「じゃあ、始めっぞ。白人、金髪、ブルーアイ……男、ちぇっ、一発目から男かっ」
カプセルの横に貼り付けてある情報プレートを読み上げる。
ポッドのガラス窓を覗き込むと、その形容通りの人間が、目を瞑って眠りについているのが見えた。このポッドの中には、人間の細胞を眠らせる保存液がたっぷりと入っている。男の顔がゆらゆらと波打って見えるのはそのためだ。
「しかも、イケメンかっ。ムカつくが、ハル、始めるぞ」
プレートの下にあるカバーを開ける。蝶番がギギッと鳴って、中のチップがあらわになった。複雑な回路のチップは、そのままの状態で剥き出しで取り付けられている。
「まったく、手抜き工事とはこういうことだな、こりゃ」
取り敢えず、というようなていで、差し込んである斜めになったチップを指でつまむ。
「チップのじゅんびがおいつかなかったのでしょう」
「それにしても慌て過ぎだろ」
タクトは指でつまんでいたチップを取り去ると、大きなトラッシュ缶へと放り込んだ。
「最初から星がダメになるってわかってたら、事前に準備もできたんだろうけどな。新しい星に移住できたってだけで、テンションあがっちゃたんだろうな。ハル、早く新しいのくれ」
すると「ロボット」と形容して間違いないハルのアームが、大きなキャビネットの取り出し口からプラスチックのケースに入れられた新たなチップを一つ、取り上げた。
プラスチックケースを開けると、ハルは顔の口の部分にある噴き出し孔へと、チップを持っていく。そこからシュッと音をさせて強い風を出し、その風で微細な埃を除去したクリーンなチップを、タクトの手へと渡した。
タクトはそれを受け取ると台から工具を取って、そのチップを古いチップが差し込んであった部分へと丁寧に取り付ける。
そして、慎重にカバーを元に戻すと、それと同時にシューっと大きな音がして、白いポッドが横揺れした。
「めちゃくちゃ寒くなるけど、勘弁な」
次第にポッドのガラス窓に白い霜がついていって、みるみるうちに中で眠る人間が見えなくなった。凍結寸前なのを見届けると、タクトは言った。
「イケメン終了。はい、次っ」
赤いレバーを上げてから、再度下ろす。
目の前のベルトコンベアーが、機械的な音をさせながら、後列へと動いていった。
そして、新しい白いポッドが、滑り込んでくる。
(これを延々と繰り返すんだな)
ふんふんと、昔何かで聴いた曲を鼻歌で歌いながら、タクトは作業を進めていった。