相思相愛
「『これからだって幸せだよ』……だなんて、無責任なこと言っちまったかなあ」
苦味がせり上がってきて、タクトは持っていたコーヒー缶をぐいっとあおった。
「けどなあ……」
見ちまったからな、『花鳥風月』を。
そして、自分も思ってしまった。
愛し合いたい、と。
「お前らも、ちゃあんと起こしてやるからな」
プログラムを正常に発動させれば、ほぼ一年ほどで最後のグループまで完全に目覚めるはずだ。
(忍さんが目覚める時……その時、俺は一体どうするんだろうな)
漠然とした不安に、襲われそうになる。タクトは慌てて顔を横に振った。
「そんなことより、リアキア再生計画だ……」
気合いを入れて、ハルのプログラムに沿って、追加のプログラミングをこなす。
斜め後ろで見ていたハルが、大丈夫ですか? と問う。
「さっきから挙動不審ですね。でも気持ちはわかります。人類全員を起こすんですものね。それにしても『花鳥風月』まで起こしちゃっていいんですか?」
「なんか心配事でもある?」
「はい、またみんなを眠らせちゃうかも」
「あはは、それはないんじゃねえかな。あいつらも、わかってると思うよ」
「人はひとりじゃ生きられないってことを?」
「そうそう」
「タクトもそう思いますか?」
「ああ。そうだな、……そう思うよ」
はあああ、と盛大に息を吐きながら、タクトは両腕を天に突き上げ、伸びをした。
「……いい加減、俺も諦めねえとな」
ハルが、目の前にあるモニターを凝視している。
「忍さんを、ですか?」
「まあね」
「私がこんなことを言うのもあれなんですけど、諦めちゃっていいんですか?」
「ははは、そうだな」
「…………」
「……もう十分だ」
まとめ上げた髪を揺らしながら、ハルがタクトを見る。タクトは薄っすらと笑みを浮かべながら、そして言った。
「もう十分なんだ。十分、愛した……ってな」
タクトのはははと照れた顔。キーボードから離した手で、恥ずかしそうに頭を掻いた。
そして、モニターを見る。モニターには数え切れないほどの数字がびっしりと並んでいる。
数字の、カウントが始まった。一度始まれば、あっという間にその数字は時を刻んでいく。
このコントロール室からは実際目で確認はできないが、その数字と連動したポッドが、ひとつひとつ眠りから覚め、息を吹き返していくだろう。
モニターの様子をじっと見ていたタクトは、ははっと声を上げて笑うと。
ハルへと顔を向けて、さらに笑った。
「はは、だからさ、今度は愛されたいんだ」
「……タクト」
「何人もの中のひとりじゃなく、……俺だけを、な」
「……知ってたんですか? 忍さんの本性……」
「本性てっ‼︎ 言い方っ‼︎ ……まあなあ、男性社員の間でも、男グセの悪さ、有名だったから」
「そうだったんですね」
「……なあ、ハル。やっぱり、津田さんって呼んでいい?」
ハルは、くしゃっと顔を歪めて笑う。
「……良いです、よ」
その答えを聞いたタクトは、キーボードに置いた手の、指先に力を込めて、二つの英単語をゆっくりと打ち込んでいく。
すると。
「タクト、やっぱり津田さんではなく、朋花ちゃんって呼んでください」
ハルがにこっと笑いかけてくる。
タクトは途端に顔をほんのり赤く染めると、
「いやいやいや、それはハードル高えー」
と、笑った。
『mission complete』
✳︎✳︎✳︎
「なあ、おっさん、その話まじ?」
「ツキ、お前、相変わらず口わりいー。おっさんってなんだ、俺はまだそんな歳じゃねえ。タクトさんと呼べ」
「あんたのママが、あのモデルのリアーヌ=シュラン=ハヤテとはなあ」
「おい、ガン無視か」
「遺伝って、恐えぇ」
「…………」
「んで、その超絶美人のママさん、サーフェイスの会長にモーレツアタック受けてたんだろ?」
「モーレツて⁉︎ 古っっっ。まあ、俺のかあちゃんは、このコールドスリープ計画よりずっと前に、死んじゃってるからなあ。そうは言っても、他にも好きな女いたんじゃねえの、あのタヌキおやじ」
「そのタヌキおやじにな。タクト、あんたの面倒をみてやってくれって言われてるんだ」
「はあああぁ???? 何言ってんだ、そりゃこっちのセリフだっつーの」
「あんたの面倒を見るってことは、このリアキアの面倒を見るってことだろ」
「そりゃそーだ。俺がこの政府機関『環境保全委員会』略して『惑星リアキアを住み良くしていこうの会』の責任者だからな。ばんばん仕事させるからな、ツキ、覚えておけよ」
「略してねえし。でもまあ今度の出張、フウも連れていくからな」
「おいー⁉︎ これは仕事だぞ。お前らのいちゃいちゃ旅行じゃ経費が出ねえだろ」
「そこ、なんとかしろよ、おっさん」
「タクトさんと呼べ」
「フウと一緒じゃないと、仕事しない」
「わ、わかったわかった。フウも助手ってことで連れて行ってもいい」
「じゃあ、フウの分の出張の申請書、朋花さんに渡しといて」
「おい、そこは津田さんと呼べ」
「いいご身分だなあ、お偉いタクトさんは。秘書なんかつけてもらってよ」
「まあな、もっと羨ましがれろ」
「ぶは、おっさん、ダサ」
「それより『花鳥風月』揃って呼んでくれ。二日後にでかい仕事が待ってんぞ」
「わかった」
「頼んだぞー」
「ああ、俺たちに任せてくれよ」




