片恋
目の前の、あまり知ってはいない女性が、それはそれは長い間一緒に過ごしてきたハルだと言われても、最初は受け入れられずにいた。
けれど、色々と話をしているうちに、やはりその話し方や考え方に、ほぼ100パーセントに近い合致を見ると、やれやれもう認めざるを得ないな、と思い改めた。
「私のポッドだけは特別な仕様だったのです」
いわゆる。
身体の細胞は眠りに就いているが、脳は覚醒状態に保たれていたと言う。そして神経系がポッドの通信網と繋がり、ロボットのハルと繋がっていたのだ。
だが最初、ハルの使命は片桐忍に打診があったのだと言う。
「すごく言いにくいのですが、……忍さん、速攻で断ってました」
「だろうなっ‼︎ はは」
自虐の苦笑を浮かべると、それこそ苦々しく笑っていた朋花が、神妙な面持ちで続けた。
「……それで、私が立候補を」
「だからそれだよな。なんで? って言いたいとこだけど……」
好きだから、は理由にならないんですか? 朋花はそれこそ苦笑いで返す。
「でも俺たち、そんな話したこととかねえし、」
「そうですね。でも私は一方的だけれど好きでした。タクトにとっての『忍さん』と一緒でしょ?」
「……まあ、な」
『ハル』とは積もる話がたくさんあり過ぎて、何から話していいのかがわからない。とりあえず、タクトはそおっと聞いてみた。
「あの、さ」
「はい?」
「名前、なんて呼んだらいいのかな?」
すると、『ハル』でいいと言う。
「ずっとハルって呼ばれてたから、その方が違和感ないかも。私もタクトと呼びますから」
確かに。会社で、津田朋花の名前を、苗字でもフルネームでも、直接呼んだことがない。会えば挨拶くらいはしただろうが、言葉を交わしたことも視線を交わらせたこともなく、タクトは自分がいかに忍の存在しか眼中になかった、ということを、改めて思い知った。
「一方通行の片想い、かあ」
交わらない想い。いつまで経っても交差することのない。
「奇跡なんだな」
ぽつっと独り言が出た。
「花鳥風月がな。ツキとフウだって、なんだかんだ言って、お互い想い合ってるから」
「そうですね……羨ましい」
その寂しげな物言いに、タクトがどう答えていいのか分からずに返事を躊躇していると、ハルはにこっと笑顔を浮かべ、そして言った。
「ずっと休眠状態だったので、少し疲れてしまいました。ちょっと横にならせてもらっても?」
「え? ……ああ、ああ‼︎ もちろん。部屋なら腐るほどあるし」
「ふふ、そういうとこ、好きです」
にこっとハルが笑い、そしてタクトも少し引きつってはいるが、笑顔を返した。
「ゆっくり、休んでくれ」
「はい、ありがとう」
ハルはすんなりとタクトの部屋を出た。遠くの方でパタンというドアの閉められる音が聞こえてきて、その後、しんと静寂が訪れた。
タクトもベッドに滑り込む。
「あー、はああ、疲れたあ。しかし、何日ぶりだ? ふとんー‼︎」
監禁されていた書庫の冷たい床の感触が蘇る。
「ふとんー‼︎ 愛してるー‼︎」
そして目を瞑ると、ぶわっと眠気に襲われた。




