告白
「告白されたんだけど、断っちゃった。あの颯タクトって人」
ドキッと朋花の胸が鳴る。
開口一番そう言ったのは、同期の片桐忍だった。
明るくハキハキと、それでいて鈴が転がるような可愛い声。モデルのように顔が可愛いのも事実だが、加えてその話し方を魅力的と思う男性は多く、男性社員から羨望を含む眼差しで崇められている女性だ。
受付カウンターに配属されたのも理解できる、そんな大輪の花のようなタイプ。
(でも、良かった……)
颯タクトが片桐忍に振られたことを、こうも喜ぶのは不謹慎だろうか。けれど、朋花はほっと安堵の息をついた。
「え、でもどうして?」
忍の相方が素っ頓狂な声を上げる。
「私、今、気になってる人がいるし……」
「ああ、営業の松原さんでしょ?」
「そうそう。今ねえ、自分で言うのもあれだけど、虎視眈々と狙ってるんだけども。でも、全っ然スキがないんだよね」
「スキって言ったって……彼、結婚してるじゃん」
「まだ新婚だから、簡単だって‼︎ だけど、なかなか話すチャンスがなくってさ。今、同じ営業部のマキノちゃんに飲み会設定してもらってるから」
「ええー? じゃあもう、射程距離圏内ってやつ?」
「まあね」
「やるねえ、忍ったら」
トイレの前の廊下に立ち尽くしている。
洗面台の横に設置してあるパウダールームから発せられる話は、勝手に耳に入ってきて、勝手に心をかき混ぜていく。
(……颯さんが、振られて良かった)
細く息を吐き、踵を返そうとすると。
「じゃあ、その告ってきた、……誰だっけ?」
「颯さん、颯タクトさん」
「もう完全拒否なの?」
「それがさあ。まだ噂の段階なんだけど、彼がコールドスリープ計画の管理人に抜擢されそうなんだって」
「え、それ本当? 忍ったら、そんな極秘事項、どこ情報よ」
「秘書課の安藤さん」
「うわ、安藤とも付き合ってんの?」
「まあまあ、落ち着いて。コールドスリープの管理人だなんて命預けるようなもんじゃん? だから、無下にはできないと思って」
「うん、まあねえ」
「だから、好きな人がいるからって、やんわりと。んで、その後、一回だけならってことで、食事誘っといた」
「根回しエグい」
「そんなことない、ふつーでしょ。でもまあ、それだけかな。あの人さ、ちょっと暗そうだし」
「顔はまあまあだよね?」
「でも趣味はゲームだって言うからさあ。ぶっちゃけ隠キャだよね」
「それはどこ情報なの⁉︎」
「開発部の東海林さん」
あはははという笑い声。朋花はその場に居続けることができず、長い廊下を引き返した。
「忍さんとの食事、行かなかったでしょ?」
「ああ、まあなあ。俺、すでに振られてんのに、いく必要あるんかなあってなってな」
「……良かった」
ほっと胸を撫で下ろしたような表情で、胸を手で押さえる朋花を見て、タクトは軽く胸騒ぎを覚えた。
「もしかして、俺、ストーカー扱いだった?」
「ううん、そんなことない。タクトは全然、……」
朋花は半乾きの髪を拭いていたタオルで、顔を覆った。
「あーごめんなさい、喋り方が『ハル』だね」
くぐもった声。ハルの機械音より低い。
受付カウンターで、忍と挨拶を交わした後に、いつも声をかけていた朋花が、恥ずかしそうに俯きながら「おはようございます」と返してくれていた声を思い出す。
その頃より、断然に低いような気がしている。
朋花がタオルを持った手を下ろす。
「……ごめんなさい。タクト、さんと仲良くなれたような気がしてたから、フレンドリーな感じで喋っちゃう」
「別にそれでいいよ。津田さんがハルだと思えば、俺も気負わずに喋れるから」
「片桐さんのことが、すごく好きだったんですね。受付カウンターでも評判でしたよ」
「うわあ、バレてるし。俺、気持ち悪かった?」
タクトは真っ赤になった顔を隠すように、両手で押さえた。そして、口元を緩ませて、はあああっと溜め息を吐いた。
「あんなに熱い眼差しで見てたらね。でも、……羨ましかったな」
「え、」
「私、タクト、さんのことが、……好きだったから」
「え、ええ⁉︎ ちょ、っと、待っ」
タクトが慌てて、手でストップのジェスチャーをする。
「嘘でしょ、マジで、……」
「ふふ、マジで」
「ええええ」
「だから、『ハル』に立候補したんだ」
「えええええー‼︎」
さらに、驚きの声が上がった。




