驚嘆
「りんぐのかいじょにはせいこうしたのです」
ツキがコンピューターで調べ尽くし、同じような監視機能のついたブレスレットの設計図を元に、その機能を無効化することができたという。
「じっさい、かちょうふうげつのよにんが、バラバラになったり、おたがいがはなれなければ、さどうしないようにはなっていたようです」
「それだけ四人が愛し合ってんの、研究所の大人たちは知ってたんだな」
「そうかもしれません」
「でもなんで、」
「かちょうふうげつは、わたしのでんげんをもどしませんでした。もちろん、あなたのことも、そのままでした。フウがしゅんじゅんしてはいましたが、ツキにきつくせめられ、かんがえをあらためるにいたりませんでした」
「お前は?」
「ほじょでんげんがありますので。ちゃんとおきてましたよ」
ハルの目の前に歩み寄り、タクトはあぐらをかいてその場に座った。
「すみません、タクト。わたしがてつせいのゆかごしに、びりょうのでんりゅうをながし、よにんをきぜつさせたのです。すたんがんをつかうのとおなじげんりです」
「お前ならそれができるし、そんなとこだろうと思ったよ。死なない程度の、絶妙な心音だったから。リングが原因なら、速攻で死に至らしめてるはずだからな」
「…………」
「四人で、」
タクトはくしゃっと顔を歪ませた。
「……四人だけで、生きようとしたんだろ?」
ハルの無表情で無機質な顔。その顔も歪んだように見える。
「……リングをはずしたしゅんかん、かちょうふうげつは、とびあがってよろこぶのだとおもいました。それが、にんげんのあたりまえのこういだと、わたしはおもったのです。けれど、……」
「ああ、」
「けれど、かれらは……」
言葉に詰まったような、言葉を選んでいるような、いや、ハルはロボットなのだからそんなはずはないのだろうけれど、タクトにはそう思えて仕方がなかった。
「……かれらは、……てをつなぎあったまま、しずかになみだをながしていました。そのときに、……かれらは、このままよにんで、……よにんだけでいきていこう、と」
「そ……っか」
「すみません、タクト。わたしはそのとき、タクトをたすけなければとおもいました。そして、『それなら』とおもってしまったんです」
「? なにがだ?」
「それなら、わたしもタクトとふたりきりでいきていきたい、と」
「は⁉︎」
タクトは、あんぐりと口を開けたまま、固まってしまった。
「ついてきてください」
ハルのモーター音が上がる。くるっと踵を返すと、ハルはゆっくりと進み出した。
向かうのは。
「おい、ハル、どこ行くんだ?」
丸っこい頭の後ろを追っかけていく。見慣れた道はZ–15エリアに繋がって伸びている。
何度も足を運んで歩いた道。
胸がざわつくのを感じながら、タクトは丸い頭を追った。
✳︎✳︎✳︎
「忍さん」
『花鳥風月』が目覚めてから、色々大変な目にもあって、ここ最近はあまり寄れてなかった忍の顔を前に、タクトは胸が締めつけられる思いがした。
(あいつらの、愛情深さに触れちまったせいかなあ)
タクトの足は、忍のポッドの前で止まったが、ハルはそのまま進んでいく。
「おい、どこ行くんだよ?」
「こちらです」
奥へ少し入ったところを左へと回りこむ。ハルはひとつのポッドの前で止まり、そしてぐるっと半周まわり、正面を向いた。
タクトは、そろっと近づくと、ポッドの中を覗き込んだ。
そこには、女性が眠っている。
顔に見覚えがあった。
「あ、ああ……つ、津田さん……?」
広大なポッドの管理施設の奥。もちろん、メンテナンスの順で言えば、まさに『最後の最後』。
タクトがその女性の名前を呟くと同時に、ポッドの中で女性がすうっと目を開けた。
「お、おわっっ」
一歩、後ずさる。
ポッドの中。女性はにこっと笑うと、右手を上げた。
『久しぶり、元気?』
満足そうな笑顔は、そう言っているように、手をひらひらと振った。
「タクト、これがわたしです」
視線はポッドの中から離すことができなかったが、耳がハルの声を敏感に拾う。
「津田、さん、が、ハル?」
「そうです」
その瞬間、ポッドの中の保存液がポッドの下部にある保管部分へと流れ込み、その水位をみるみる下げていく。女性が覆った両手で、顔を拭ったり、濡れた髪を掻き上げたりしているうちに、ポッドのドアが開いた。
それと同時に、ごほごほと咳き込む。
「津田さん、大丈夫か?」
状況を把握できていないタクトが一歩前へと進む。両手を伸ばし、けれど、どこをどうしていいかわからないように、タクトはその両手を宙で彷徨わせた。
「だ、大丈夫、口の中が……まっず」
ぺっぺと唾を吐いた口元を、手の甲で拭う。咳き込んだからか、心なしか涙目になっているようだった。
「津田さんがハル? えっと、状況が飲み込めない……なんで?」
女性は、津田朋花といった。
朋花は、忍の同僚で、サーフェイス社の受付カウンターに勤務していた。
「どうして、」
頭を疑問でいっぱいにしていると、朋花が笑いながらポッドから出てきた。濡れねずみの服を重そうに引っ張り上げている。
「それより先に、シャワー借りていい?」
額に張りついた髪を、よいしょと搔き上げながら、朋花はにこっと笑った。