奇跡
「ツキはリングをはずすまえに、わたしのでんげんをいれました」
タクトは、急いで『花鳥風月』を一人ずつ抱き起こし、そして空いていたポッドに寝かせた。
スイッチを入れ、プログラミングを完了させる。
すると、ポッドの中に保存液がなみなみと注入され、そしてそれは温度をどんどんと下げていった。
ポッドのガラス窓が、うっすらと曇る。細胞の冷凍に要する時間は、そう長くはなかった。
「きっと、ツキはリングをはずすのをしっぱいしたときにそなえて、あなたをたすけておかなければ、とおもったのでしょう」
「…………」
心臓は止まっていなかった。ただ、心音は心細いほどに弱く、このままではいずれ死んでしまう、そう思い、空きのポッドを手当たり次第に探した。
(生命維持装置のようなもんだからな。外に放置より、この方が助かる確率が高い)
ハルにも手伝ってもらいながら、『花鳥風月』をひとりひとりポッドの中に収容する。
早くしなければという焦燥感にさいなまれながら、息苦しさの中、作業を続けた。
「これで、ひと段落したか」
四人を入れたポッドは、離れ離れになってしまった。眠りから覚めた四人のポッドが各地区に散らばっているからだ。
(すまん、……本当は隣同士がいいだろうに)
抱き合い、そして手をしっかりと固く繋いでいた姿を思い浮かべる。
その姿を思い出すだけで、鼻の奥がつんと痛んだ。
美しい姿だった。
こんな風に思うのは不謹慎ではあるだろうが、タクトはそう思えて仕方がなかった。
そして、羨ましくもあったのだ。
人が喉から手が出るほどに欲し求めるものは、温もりと愛情。心から愛する人と、満たし、満たされたまま、それを実感しながら抱き合って眠ることの幸福。
そう、奇跡なのだ。両想いとは、奇跡。恋い焦がれる相手に、自分を同じように想ってもらえることは、生涯に一度、あるかないかの奇跡なのだ。
タクトはポッドの処理を丁寧に終わらすと、立ち上がりゆっくりとハルの方へと向いた。
「ハル、どういうつもりだ?」
喉の奥から出た、低い声。抑えるつもりだった感情が出てしまった格好だ。
少しの沈黙の後、タクトの言葉にようやくハルは答えた。
「……なんのことですか?」
握っていた手を開き、再度握る。じっとりとした空気を感じながら、タクトはハルを見つめた。
「お前だろう、ハル。お前が……やったんだろう?」
睨みを利かせると、ふいにハルが笑ったような気がした。




