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花鳥風月  作者: 三千
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逡巡


「いいか、このリングを外すと、どうなるかわかってるな? 必ず死ぬぞ。必ずだ」


『死』


「死にたくなければ、協力するんだ。私たちの命令には絶対に逆らうな」


『死』


四人の身体は、何度も繰り返されるその言葉でふるっと震えた。足が小刻みに震え出し、そして腰から力がすうっと抜けていくような感覚に陥る。


それは、頻繁な脅しに付帯する後遺症のようなものだ。


「『花鳥風月』、お前たちの力は、この国ものだ。逆らったり、逃げたりしてみろ。この建物を出た途端、そのリングから発せられる磁気でお前たちの脳みそはバンっっ、だ‼︎」


同時に前にあるテーブルを、平手で叩く。バンっと甲高い音がして、四人は首をすくめた。


「ツキ、フウ、トリ、ハナ……絶対にリングを外すなよ」


後ろを振り返って、その声の主を見る。それは『花鳥風月』を支配する、研究所の所長の姿だった。


✳︎✳︎✳︎


「なんだよその、クソみてえな話は……」


『今、ツキがリングの解除方法を探しているの』


「……お前ら、苦労したんだな」


『私たちを人間扱いしてくれたのなんて、タクト、あんたくらいだよ』


「俺はまあ、普通だろ」


頭を掻いて、重くなった気持ちを散らした。


『花鳥風月』の凄まじい力は、よくわかっていたが、タクトはそれが人類の救世主となる崇高な力だと思い込んでいた自分をぶん殴りたい気持ちになった。


崇められこそすれ、こうして脅され、服従させられてきた若者たちの苦しみを知る。


『私、どうしたらいいの?』


涙声が、ドア越しに伝わってくる。


『四人だけで生きたいなんて思わないけど、……私、……ツキと離れたくない』


「フウ、お前、ツキのことまじで好きなのな」


『好きだよ。愛してるもん、幼い頃から、ずっとずっと……』


タクトは背中を預けているドアに、頭をも預ける。目を瞑ると、受付カウンターで笑う忍の笑顔が浮かんできた。


「いいな、そういうの」


『ん、』


「一途っていうか、純愛っていうか」


『だね』


「はは、羨まし」


鼻を鳴らして笑う。けれど、フウの次の言葉に耳を疑った。


『でもね、片想いなんだよ』


驚いたタクトの口から直ぐに否定の言葉が飛び出した。


「そんなわけあるかっっ‼︎」


『ううん、本当なの。ツキは……』


空洞となった言葉は、閉め切ったドアに阻まれて、ころんと落ちた。虚しさだけが、大波となって襲ってくる。


ツキは自分自身のことも含めて、誰のことも好きじゃないから……。


そこにあるのは、フウの、フウだけの、一方通行の想い。


タクトは知らぬ間に、右手で自分の喉元を掴んでいた。指先に感じる、脈動。どっどっと、それは脈打ち、少しずつ速度を上げていく。


そして覚えのある、胸の痛み。


心臓がきしんで、ひどく痛んだ。今まで抑え込んできた気持ちの数々を、吐き戻しそうなほどに。


(忍さん、忍さん、)


タクトの脳裏に浮かぶのは、忍の困ったような顔。


「ごめんなさい、せっかくのお申し出だけど……私、好きな人がいて、」


ハルには片想いだと言ったが、本当は忍に告白をしていたのだ。想いが募って溢れた時、思わず好きだと告げていた。


「ごめんなさ、い、」


次第に小さくなっていく声。


ごめんなさい、好きな人がいるの。


報われない想い。


あああ、あなたに幸せになって欲しい。


けれど、こうも思う。


あなたをこのまま永遠に閉じ込めておきたい————


あなたを眠らせたまま、俺は生きていこう。コールドスリープの管理人になってから、そう心を決めざるを得ない日もあった。


また反対に。忍を目覚めさせ、二人で生きていきたいと思ってしまう、思考の危うい日もあった。


けれど、この世にたとえ二人きりだとしても。彼女の心は、自分じゃない誰かのもの。


それならいっそ、全人類を起こしたら————


そんな自分を呆れながらも、思い直す。


これほどまでに愛しいあなたを目覚めさせ、そして自分でない他の誰かと幸せになる姿など、とうてい享受することなんてできない、と。


(ああ、俺はまた……)


ぐるぐると巡る思考と恋情の狭間。これでまた、スタートラインに逆戻りだと、タクトは苦く思った。

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