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花鳥風月  作者: 三千
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安寧


——数日前


「はああ、今日のノルマはこれで終わり、と」


タクトは、大きな赤い取っ手のついたレバーを下から上へと押しあげると、白い大きなポッドに突っ伏し、ふうっと大きな息をついた。


「おつかれさまです あすはおやすみですね」


「あー、ハルー、疲れたよ」


タクトはううーんと両手を突き上げ、大きく伸びをした。


「でもまあ、ノルマは終わらせた。これで心置きなく、家でゲームができる」


「タクト……ゲームもいいですが、きゅうじつのすごしかたをすこしかえてみたらどうですか?」


その言い方に少しカチンときたが、タクトは使っていた道具を手早く棚へと片付けると、エプロンを脱いでイスに引っ掛けた。


「って言ってもなあ。他にやることねえし……お前も休めよー。じゃあ、また明後日なー」


自動ドアを開けると、長く続く廊下を歩いていく。廊下に続くオートウォークの入り口に足をかけてから、「move」の矢印ボタンを押した。

足元が動き、少しだけよろめくが、タクトは足元が安定してから、足を前へと出す。


この動く歩道に乗っていれば勝手に前進してくれるのだから歩く必要はないのだが、タクトはいつも健康のためと自分に言い聞かせ、オートウォークの上でも常に歩いていた。


ふと。


後ろを振り返る。相棒がついてくる気配はない。


「あいつ、またここに泊まる気か」


泊まるといってもハルに睡眠は必要ない。電源を自らOFFにすることができるので、多分そうやって眠っているのだろう。が、タクトは眠るハルの姿を今までに見たことがなかった。


「酒盛りかなんかすりゃあ、拝めるかもしれねえけどな」


ふ、と失笑。


「ハルには酒は効かねえか。好物はオイルと電気だもんな」


タクトはそのまま、会社が所有する従業員用のマンションの一室に帰っていった。明日は、会社の勤務カレンダー上、休暇だ。


夕食を済ませてモニターの電源を入れ、コントローラーを掴んでからベッドに横になると、ゲームのスイッチを入れた。


起動するまでの、数分。

タクトは目を瞑った。


(……いつ、終わるんだろうな)


相棒のハルはロボットで、もちろん優秀な電脳を持っているのだから、この仕事がいつ完了するのか、訊けば答えを弾き出して教えてくれるのだろう。けれど、今のペースで地道に仕事を続けていっても、終わる頃にはもう自分は老人の域だ。一気にヤル気が失せ、げんなりしてしまう。だからこそ、タクトは敢えてそれを訊かなかった。


(……ヤメヤメ。訊いちまったらきっと、発狂もんだぞ。健全な精神を保つためにも、訊かない方がいいに決まってる)


繰り返される思考。

瞑った目の瞼の裏側に、さっきまで見ていた光景が広がる。


無数に置いてある白いポッドが、まるで蚕の繭が綺麗に並べられているようだ。


中で眠っているのは、選ばれた優秀で有能な人間たち。


惑星、リアキア。人類が、数百年前に崩壊し始めた地球を見限って、移住したこの星。


地球の大気の構造と全てにおいて一致する、この奇跡の惑星を見つけた天文学者ラージン博士は、人類のヒーローとなるはずだった。

けれど、それは永い永い人間の人類史でいう、少しだけ昔の話だ。


地球人が自分の星を見限り、捨てたという黒歴史。


そこまでしたというのに。


移民として移住し生活拠点を置いたここリアキア星でも、結局のところ人間の営みにより徐々に腐っていった地球と同じ末路を辿ってしまったのだ。


森林破壊、大気汚染、地殻変動。あっという間に、人間の営みがリアキアの全てを壊していった。


(そうならねえようにって、細心の注意を払ってたのにこのザマな。これはもう人間の存在自体、惑星にとっては悪ってなもんだな)


その後、探せる範囲の宇宙を調べてみるも、他に移住できるような惑星は見つからず、結局はこの荒んだリアキアになんとか踏みとどまらねばならないという結論を出さざるを得なかった。


「だからって、皆んなして一緒に寝ちゃうとはなあ。けど、他に移住するような惑星が一つもないから、仕方がねえ」


重力を作ったり呼吸できる空気層を再現したりと、どんなに地球やリアキアに近い環境を整えたとしても、宇宙ステーションなどの宇宙空間に長くは滞在できないという人間の身体的精神的な造りの弱さ。


人間は地に足をつけていないと、結局は生きられない生命体なのだ。


ピピッと音が鳴ったので目を開けてモニターを見ると、ゲームのホーム画面が現れた。キャラを設定してから、コントローラーでstartを押す。


「……そりゃあ、誰だって死にたくねえよなあ」


動物を模したキャラクターが、銃と剣とを両手に持ち、カッコよさげなポーズをつけている。


「おおお、知らねえうちに、キャラが暴走してる」


タクトは人類の未来について的なことをうっかりと考えそうになる思考を阻むため、ゲームに意識を集中した。


(これやってる時は、何も考えなくていい)


キャラクターをレベルアップしながら、「ゴール」を目指すだけ。そして、その「ゴール」は、タクトの仕事と違って、このゲームの世界にはちゃんと存在するのだ。


頭を真っ白にして、それを目指す。「ゴール」イコール「心の安らぎ」と信じて。


タクトはコントローラーを持つ手に力を込めると、ゲームの世界へとのめり込んでいった。

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