不幸
「なあ、いい加減、ここから出してくれよ……」
床に転がるペットボトルの水を、コロコロと転がしながら、タクトが呟く。
大声をあげ過ぎて枯れた声。何度となくそれを繰り返しながらも、地下の書庫にてこの数日を過ごしていた。
食料はたくさん、そして飲料水も数多く準備(?)されており、そして肝心要のトイレまで揃っているというのにも関わらず、タクトは今にも餓死でもしそうな気分を味わっていた。
「はあああ、ヒマだヒマだヒマだヒマだヒマだ」
長いセンテンスを言い終わると、タクトはがくっと首を折って、こうべを垂れた。
「……あああ、人間ってこうして壊れていくんだろうな」
ぶつぶつと言いながら、目を瞑る。
「……花鳥風月よ。お前ら、人類の救世主じゃなかったのかよ」
『違うよ、私たち、ただの人間だよ?』
くぐもった声がして、タクトは顔を跳ね上げた。
「フウか? フウなのか⁉︎」
這いつくばったままドアへと進む。耳をすましながらも、タクトは慎重に声を掛けた。
「フウ、ここを開けてくれ」
『それはできないんだけど……』
「なんでこんなことした?」
『…………』
「……ツキの、め、命令か?」
フウにはツキに関しての地雷があるため、怒らせないようにと慎重に問う。
『ち、違うし。よ、四人で決めたことだよ』
「俺はいつ出られるんだ?」
『…………』
「ここから出してくれ、フウ」
沈黙が続く。そのフウの雰囲気で、いつ出られるか、いや、もう二度と出られないかもという悪い予感が脳内をよぎる。
「お前ら、何がしたいんだよ?」
口の中が乾いてくる。唾を飲み込もうとして失敗し、かさっとした湿り気のない喉が、くっと小さく鳴っただけ。
『私はただ……ツキとずっと一緒にいたい』
自信のない小さな声だった。直に聞いたら、はっきりとした震えがあったのかもしれない。
「別にみんながいたって、ツキとは一緒にいられるだろ? 結婚でもなんでもすりゃあ、一緒じゃねえか」
『だめだよ、研究所が復活すれば……私たち、また、』
「? いったい、何の話だ、そりゃ?」
『タクト、ごめん。あんたを助けられない。皆んなを起こすの、賛成なんて言っちゃったけど、私たち、リングに縛られてるから。あんたを助けたら、今度は私たちが』
いつのまにか涙声だ。タクトはドアにへばりつくようにして、耳をつけた。
「フウっ」
『私たちが……不幸になるんだ』
うううっと唸り声がしたかと思うと、それは泣き声に変わっていった。ぐすぐすと、鼻水をすする音。えっえっ、という嗚咽と、時々しゃくりあげる息。
「わかった、フウ……わかったから。だから泣くなよ」
タクトはドアに背を預けた。冷んやりとした鉄製のドアの温度が背中を這う。
フウの泣き声が落ち着くまで、タクトは泣くなよと繰り返し呟いた。