閉塞
「それなのにこれはいったいどういうことなんでしょうかね」
緊急事態にもかかわらず、こうしてハル風に呟くと、心騒いでいた空気もずいぶんと和らいだ気がする。
管理棟の地下の一室。
今、タクトはこの薄暗い陰気な部屋に閉じ込められている。
「えええ、ちょっと待てよ。おい、ツキっっ、おいっっ‼︎」
ドアをドンドンと両手の拳で叩く。
「開けろっ、ツキっっ‼︎」
ありったけの大声を出しても、ドアは一向に開く気配がない。
「どうなってんだよ、これはああ」
タクトは自動ドアに背を合わせ、ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
つい数分前。
「なあ、タクト。今ちょっといいか?」
ツキが珍しく話し掛けてきた。なんだなんだと思っていたら、管理棟の地下の書架に保存されていたある資料を見て欲しいと言う。
ドアを開けて促され、先に部屋に入った途端、背後でカチャリと鍵が閉まる音がした。
「いったい何がしたいんだよっっ」
イライラと鬱積した気持ちから、立ち上がってドアを蹴りつけると、蹴った右足の骨にまで衝撃が響いてきて、その場にしゃがみ込んだ。
「痛っってええ」
こうして閉じ込められた理由。本当はわかっている。
「……あいつ、皆んなを起こさねえつもりか。反乱だぞこれ」
『花鳥風月』は、前からそれを公言していた。特にツキは力強く主張し、タクトは正直どうしてそこまで、と思った。
(くそっっ、そんで俺はここで孤独死の運命かっ)
「おいっっ、ハル、ハル‼︎」
ドアを叩く。
けれど、なんの返事もなく、ドアを叩く音は虚しく響くだけだった。
✳︎✳︎✳︎
「ツキ、本当にこれでいいの?」
不安そうな表情で、フウがツキの袖をつんつんと引っ張った。ツキの視線の先には、トリとハナ。
そして、さらにその先には、ロボットのハルが待機している。いや、待機ではない。もちろん、ツキによって電源が落とされているのだ。
うんともすんとも言わないハルを横目に、トリが言い放った。
「フウ、お前は黙ってろよ」
「そうだよ、フウ。フウだって、ちょっと前までは賛成だったじゃない? なんで、考えを変えちゃったの?」
トリの言葉を追いかけるようにして、ハナが唇を尖らせながら不服を申し立てる。
ハナの言う『ちょっと前まで』は、実際は遠い昔のことで、このコールドスリープで眠りにつく前の話だ。
眠る前。
四人で話し合った。
「あのクソみたいな研究所からようやく出られるんだ。俺ら、ようやく自由になれるんだぞ」
ヒソヒソ話が、廊下の一角に響いていく。
「そうだ。リアキアを治したら、今度こそ四人だけで生きる」
男二人が声を荒げそうになるのを、人差し指を口元に立てて、女二人が諌める。
「しーっ、静かにっ」
「わかってるって。それにこのお揃いのリングも外せる日が来るんだぞ」
四人の視線が、それぞれの中指にはまっている指輪に留まる。
「これを外して、自由になるんだ」
誰からともなく、同じセリフが口をついて出ていく。
さあ、自由になるのだ、と。
「おやすみ」
「おやすみ、また後で」
「お願いだから、ちゃんと起こして」
「わかってる」
そして、まだ幼さの残る小さな手を、お互いに握り合った。
「愛してる」
「うん」
頷くと、フウとハナの目から涙が溢れた。
「大丈夫、また会える。今度こそ、四人で生きよう」
ツキが真っ直ぐな目で、強く強く、そう言った。




