再生
「花鳥風月?」
「そうだよ、私が風。ツキが月。で、あとの二人は、花と鳥。そんなこと、あんたでもわかるかー」
「まったくお前は……俺のこと、まじでバカにしてんな」
フウがナッツバーをボリボリ食べながら話す。座っているソファの上にナッツバーの欠片が無数に散らばった。
「タクト、あんた、見たでしょ? 私たちの仕事っぷり」
「フウ、ちょっと立ってみろ」
ツキが言葉を挟むと、フウが立ち上がった。途端に膝の上にも散らばっていた欠片が、バラバラっと落ちる。けれどフウは意に介さないという顔で、ソファにドスンと腰掛け、残りのナッツバーを咀嚼した。
「おい俺んちを汚すな」
タクトが若干イライラしながら、掃除機を持ち出した。ウィーンと音をさせて、ナッツバーの欠片を盛大に吸っていく。フウの足元へ掃除機を差し向けると、フウは足をぴょんと跳ね上げた。
「……ちくしょ、なんちゅー横着なやつだ」
タクトは掃除機をあちこちに走らせながら、あのことを思い出していた。
(しかし、あれはまじで凄かった)
何度思い出しても、その凄まじさの実感しかない。
タクトは昨日、仕事をするという二人の後をついていった。
(仕事って言って、いったい何をやらかすんだ?)
もちろん、昼間の外出なので、マスクや防護服が必要だ。けれど、二人は防護服を着ていなかった。
「おい、大丈夫なのか?」
「ふふん、大丈夫なんだな、それが」
その言葉を信じて、二人の背中を追う。
タクトは、早朝に出てくれりゃこんなのつけなくてもいいのにな、とぶつぶつ言いながら、二人の後を追った。
「海の方、に行くのか?」
運動不足のタクトが、二人についていけなくなりそうになり、二人の後ろから問いかけた質問に答えたのは、ツキだった。
「まあな。俺の力加減を見るのに、海水がちょうどいいんだよ」
「どういうことだ?」
「見たらわかるって、何度も言ってんでしょ」
ツンと顔を背けながら、フウが早足で歩いていく。
「ってか、見ないとわかんないと思う」
タクトは、やれやれと思いながら、二人の背中を追った。
(こんな若造どもが仕事って、何ができるんだっつーの)
目的地に着く頃には、タクトは機密性の高い防護服の中で、大汗をかいていた。
「暑、暑い、暑ー」
首から背中にかけて流れる汗。その筋道がわかるくらい、背中に意識が集中する。
「さあ、ここら辺でやるぞ」
海を望む緩やかな丘。周りには建物もない何もない、少しだけ拓けた場所で、ツキが背中に背負っていたリュックを降ろした。
それに倣って、フウも肩に掛けていたバックを地面に放り投げる。
「タクトは、少し離れてて」
タクトは、言われるまま、二人と距離を取った。距離を取ったと言っても、5メートルも離れていない。
(こんなだだっ広い場所で、一体何を始めるんだ?)
二人は持ってきたカバンに目もくれず、目で合図をしている。
カバンに何か入っているのだろうと目算していたタクトの予想は外れた形だ。二人が両手を広げると、それは起きた。
まず、風が出てきた。その風はタクトの防護服のベルトを、ふわふわとなびかせた。時折、耳元でびゅうっと音が鳴る。
タクトが、二人から目を離し、海岸の方へと目をやると、さっきまでは穏やかだった海面に白波が立っていた。
(なんだなんだ、この風はっ)
草木や海面を見ていると、その風の軌跡がわかる。渦を巻いていたり、直線に走っていったりとまるで規則性はないが、それは嵐のようでもあり、台風のようでもあった。
風が強くなっていく。
(こりゃあ間違いなく、名前からいってフウの、仕業、か)
足の踏ん張りが効かなくなると、タクトはその場で膝をついた。けれど、それだけでは飛ばされそうだと、とうとう地面に這いつくばった。
(く、そ、ちょっと、は、手加減、)
地面に生えた雑草を握りながら、飛ばされないようにと耐える。
(手加減……しろっつーのっ)
フウを見る。
フウはその黒髪をばさばさと狂ったようにうねらせながら、両手を広げて真っ直ぐに前を見据えている。
その姿はまるで女神のようで、タクトが「逆らえない」と思うほどだった。
(文、句も言えねえ、とは、な)
女神に。
けれどその時、その女神の斜め後ろで、今度はツキが。
片手を上げてから、くるりと手のひらを地面へと向けると、下へ押す仕草をした。
(あいつは、なに、を)
その途端、地面に伏せていた身体が急激に重くなり、自分の体重が増えたような錯覚に陥る。もちろん、手や足も動かないし、口から心臓が飛び出してしまうような感覚に襲われた。
すると、急に身体が軽くなった。今度は背中を見えない紐か何かで引っ張られているような感覚。
(ツキっ)
ツキを見ると、手のひらを上へと上げていた。
(重力、いや引力か)
地球の衛星、「月」がその引力で、海の潮の満ち引きを左右していたと聞いたことがあった。
(そういうこ、と、か)
回らない頭で考える。
風の力に、引力。
「リアキアを、蘇らせる、」
言葉を吐き出すと、本当に吐き気に襲われ、視界が回った。
タクトは目を瞑った。意識が遠くなっていくのがわかる。
「だから、私らから離れろって言ったのに」
ムカつく女子高生の声を最後に聞いてから、タクトは意識を手放した。




