2-44 真っ白に燃え尽きるほどではない試験
三級おっさんが陰湿なのは確かだが、髭の受付嬢が試験相手として認めるからには、それだけの実力を持ち合わせているのは道理である。
こんなおっさんにも冒険者として二十年近く積み重ねてきたものがある、ということなのだろう。
「へっ、逃げるのはうめえようだな。」
どうやら審判役が止めるほどではない程度の攻撃で痛めつける気満々、といったところか。
盾以外の防具はお互い普段のものを使っているが、鉄鎧を着込んだおっさんのナックルパートは打撃力を高めるよう補強されているのが見て取れ、肩や肘や膝も同様。剣による攻撃は見せ札で、打撃中心に仕掛けてくるつもりのようだ。
しかし見せ札だとしても、まともに武器による攻撃を受けるわけにもいかない。何せこれは一応模擬戦なのだから、それで勝負が着いてしまう。
『歯の一本でもブチ折ってやりたかったが……まあいい、お楽しみはこっからだぜ。』
飛び退く距離が大きかったので、そのまま行動掌握切れ。おっさんはじっくり攻める腹積もりのようで、歩き回りながらじりじりと距離を詰めてきている。
時間を掛けてもらえるなら都合が良い。相手の動きを覚えるほどに有利になるし、行動掌握のインターバルも稼ぎやすい。元より人間が全力で行動できる時間は限られる。やはりここは得意の防御主体で立ち回るべきか。
それに初動のぶつかり合いで、身体能力的には分が悪いことは判明している。
[加速]のひとつも欲しいところだが、実力を見る模擬戦なのだから当然支援は受けられない。事前にその手の技能を受けていないか、専用の魔道具でチェックされているほどだ。
救いがあるとすれば、相手の腕が立つのが悪いことばかりではないということか。
おっさんの両手での威力の乗った大振りの横薙ぎも飛び退いて回避すると、続けて後ろ回し蹴りが飛んできた。振りの勢いの分だけ蹴りの威力も高まる上、靴底にはきっちり鉄板が仕込まれていることが盾に伝わる感触で分かる。
だが行動掌握で分かっていれば防ぐのに難はない。
(……割と正確だな。)
狙った場所に正しく攻撃を繰り出せるというのは熟練の証だ。行動掌握で読める軌道と、おっさんの実際の攻撃の軌道にはブレが少ない。つまりそれだけ正確な予測が可能となる。
予測が正確であればあるほど防御や回避に必要な動作は少なく済み、そこからの反撃も余裕を持って行えるようになるのは当然の帰結。
攻撃をいなして体勢を崩し、逃げようとしたおっさんの蹴り足を後ろから叩く。狙い通りに脚甲のない部分へと命中。
「ぐっ……!」
痛みに呻くおっさんの背中に斬りつければ終わりだったが、転がって逃げようとしたので当てられるかは微妙な場面だった。残った蹴り足を狙ったのは正解だ。
「……そんな浅い攻撃じゃ合格はやれねえなあ。」
おっさんはローリングから素早く立ち上がり、強がってみせる。思考を探れるようになると『痛ぇじゃねえかクソが……!』と心中で毒づかれてしまった。
真っ当な試験ならこれで決まっていてもおかしくないところなのだろうが、この辺の微妙な合否の判断は、概ね試験相手に委ねられている。審判役が判定を下すのは、誰の目にも明らかな決着の場合だけだ。
なのでおっさんが強がる限り、審判が止めない程度の攻撃で痛めつけるムーブをやり返せるわけである。
それにこれはチャンスだ。いい加減この鬱陶しいおっさんをここで存分に痛めつけてやろう、という気持ちはもちろんある。だがそれ以上に、この試験は限りなく実戦に近い形で自分と同格以上の能力の相手を得て、行動掌握の運用を含む対人経験を積むことができるという稀有な状況。活かさない手はない。
幸いなことに、能力差は探心を上手く活かせば十分に覆せる程度のものだという手応えがある。
おまけに負けたとしても流石に殺されることはなかろう。再受験には何かと面倒も多いが、最悪負けてもいいというのは気楽だ。
「おらああああっ!!」
怒りに任せたおっさんの連撃を回避し、盾で防ぎ、剣でいなす。威力はあるが単純なので、タイミングさえ分かってればそう難しくない。
そんな感じでしばらくは作戦通りに防御主体、たまに反撃。
行動掌握はおっさんが何か仕掛けようとしてくる時の感情の波を感知してから使用し、なるべく無駄撃ちしないように初見攻撃を封殺。インターバル中は反撃も封印し、完全に防御一辺倒に徹する。
首根っこ掴んでからの頭突き、足を絡ませて転ばせて裸締め、肩で体当たりから剣の柄尻での殴りつけ。更に斬撃の隙を打撃で補う連続攻撃など、ベテランならではの泥臭くも実に多彩な攻撃パターンは、正直驚かされると同時に勉強になった。
軒並み避けるなりカウンターで潰させてもらったが、まともに喰らってからの追撃パターンもちょっと知りたいと思ってしまうほどだ。その辺は自分で考えるしかないか。
『俺の攻撃が通じねえだと……ほとんど守ってばっかの臆病者がぁ!』
(……そろそろいいか。)
もっと経験を積みたいが何事にも限界はある。お勉強の時間はもう終わり、ここからは攻撃のターンだ。
今までのお返しとばかりに剣を振りかぶって斬撃、と見せかけて前蹴りを繰り出す。
「ぶっ……!?」
上手いこと意表を突けたようで蹴りはおっさんの腹に入ったが、そのまま放った斬撃は流石に防がれた。
鍔迫り合いになるが、単純に片手と両手の力比べで勝てる要素はないので、一瞬堪える振りをして身体を入れ替えるように後方に力を逃がす。そこからフリーになった左手────盾の縁がおっさんの鉄兜越しの側頭部を叩いて鈍い音を立てた。
「っぐぁ……まだまだあ……!!」
それなりの防具に壁を超えてるだけあって耐久力も流石だ。
だがほとんどの攻撃パターンとその対処法を覚えてしまった以上、もはや行動掌握なしでも一方的な展開にしかならない。学んだばかりの剣を見せ札にして打撃をねじ込む技術を実践する時だ。
こうなるとおっさんの攻撃が通る可能性はカウンターぐらいしかないわけだが、おっさんもかなり痛めつけられてからそのことに思い至った。
『俺の真似だと? ナメやがってクソがぁ! どうせ木じゃ斬れやしねえんだ……せめて一発ブチ込んでやるぜ……!』
まともに木剣で斬られれば試験は合格になってしまうだろうが、憂さ晴らしに防御無視で事故を起こすつもりらしい。今更だがなんとも悪質だ。
かなり学ばせてもらったので最後は軽く終わらせてやろうかとも思っていたが、そういうつもりなら遠慮は無用だろう。
行動掌握を発動し斬り掛かる。おっさんが若干遅れて一直線に胸を突いてくるのが分かった。
「喰らべぶっ!!?」
通常の斬撃の歩法からもう一歩左斜めに踏み込み突きを回避。踏み込んだ分だけ距離が近くなり斬撃が当たらない距離となったので、剣を握った拳でおっさんの顔面を思い切り殴りつけた。
カウンターを更にカウンターで返す芸当は、精密に相手の動きを読み切る行動掌握があれば可能だ。そうでなくとも相手の防御や回避先を読んで当てられるようになるので、攻撃に使っても実に強力である。
いざという時の防御に残しておかないと不安なので、積極的に攻撃に用いるにはなんとも悩ましいところであるが────
「それまで!」
それよりも勝ったことを今は喜びたい。髭の受付嬢の宣言を聞くまでもなく、拳には勝負を決める手応えがあった。実際、見事におっさんの意識を刈り取っている。
そうして遠巻きに見物していたギャラリーに広がるざわめき。模擬戦の結果に思うところはそれぞれあるようだが、少なくとも実力は示せたようだ。
もちろん奴隷たちは心から『祝って』くれているのが実に嬉しい。後でいつもより甘味を多めに買ってあげようなどと思いながら、駆け寄ってくる二人を迎える。
カインが戦士として三級冒険者の資格を勝ち取った瞬間であった。




