2-43 三級冒険者に求められるもの
帝国冒険者ギルドにおける三級冒険者への昇格条件は三つ。
ひとつは四級冒険者であること。当然と言えば当然の前提条件であるし、これは満たしているので問題なし。
ひとつは依頼の成功率と成功回数が、一定の水準に達していること。これは四級以上が受諾条件の依頼を月に五度は達成し、一度も失敗がなければ満たせる程度だ。冒険者が自らの適性や実力を見極め、適切に依頼を完遂できる能力を量るためのものなので、大して難しくはない。これはたった今満たしたばかり。
ひとつは天職の成長回数が十五に達していること。これは大抵の天職にとって単なる事実確認である。技能をひとつかふたつ使用すれば簡単に証明が可能だ。まあ多くの冒険者にとって十五の壁を超えること自体が容易ではないのだが。
ちなみにゴブリン退治への参加は、厳密にはケイデン冒険者ギルド独自の慣習である。どの街の近くにも小鬼がいるわけではない。その街のギルドにはその街のローカルルールが存在するのだ。
条件は以上だが、例外となる天職がある。それこそは技能を一切覚えない戦士であった。
「んだば、試験は明後日の昼になるだよ。遅れねえように気ぃつけってな。」
「はい、どうも。」
依頼の達成報告と結晶の換金のついでに、髭の受付嬢に三級昇格試験の予約を取ってもらう。そう、天職戦士に限っては試験が存在するのだ。
差別とは思わない。他ならぬカイン自身、戦士を自称しているから事情はよく分かる。戦士は何かと優遇されがちな天職であるため、ギルドにも嘘の申告をする考えなしの成り済ましが後を絶たないのだ。
師職が自称しても当然速攻でバレるが、近い能力を持つ闘士や衛士辺りは割とバレにくいらしい。
それと十五の壁を超えてもいないのに、超えたと言い張って三級になることも出来てしまうからだろう。実力を見るのは当然であった。
そしてこれは実際の天職はどうあれ、相応の実力さえあれば戦士として認められるということでもある。もっとも本当に壁を超えているのであれば、天職を偽るよりは得た技能を活かす方が一般的なメリットは大きかろうが。
試験内容は模擬戦で、相手はギルドが適当に決定するらしい。大抵は三級以上の冒険者だが、元冒険者のギルド職員が相手になってくれる場合もあるようだ。
(あの人は勘弁してほしいなあ……。)
彼女が相手になっても実力を見るだけだから別に死にはせんだろうが、間違いなくキツい戦いにしかなるまい。
『そういや最近腕が鈍ってきただな』などと試験相手になることを考えていたが、引退したんだから鈍らせたままでいいのではないか。
壁を超えて相当動ける肉体を得たことは喜ばしく、それだけ強くなれたのだとは思うが、勇者スーザーや兵団長などの国家トップクラス相手には、少なくとも正面戦闘での勝ち目はまだまだなさそうだ。
そこまで強くなる必要があるかはひとまず置いておくとして。
「よっ、最近景気良さそうじゃねえか。」
そう声を掛けてきたのは、ゴブリン退治にも参加していたベテラン冒険者の一人だ。
「ああ、それなりにはね。」
「お前もたまにゃ飲みながら囲まねえか?」
囲むとは、要は博打の誘いだ。この世界だといまだに飲む打つ買うが男の代表的娯楽であるのだろう。
「生憎と得意じゃないんでね。嫁たちと戯れてる方が好きなんで、遠慮しておくよ。」
「けっ、そうかい。」『俺も嫁でも探そうかな……。』
適当な理由をつけて断ると、ベテラン冒険者はため息混じりに引き下がった。
別に博打で負けそうだから断ったわけではない。誘われたのはこの世界のプレイング・カード────日本ではトランプなどと呼ばれるものを使った、広く知られるカードゲームの一種。
手持ちの札の組み合わせで作れる役の強さで勝負し、時にブラフを交えて掛け金を釣り上げるというポーカーに近いものだ。役の種類が若干複雑で、他のプレイヤーの捨札の利用がゲームの肝となっており、そういった意味では麻雀的な要素もある。
探心の能力をフルに活かせば、この手の駆け引きが存在するゲームで負けることはほぼないと言っていい。相手の手札の強さは丸分かりだし、その狙いも分かるのだから、待ち伏せて逆に狙い打ちするのも容易だ。
頭の中に札の一覧を作って使ったものを埋めていけば、山札に何が残っているかなんてことまで分かるので、単純な運勝負でも確率が高いものを選択できるだろう。
イカサマでもされていれば多少違ってくるが、内容次第ではやはり逆に利用できてしまえるだろうし、そもそも現場を押さえれば文字通りの反則勝ちとなる。
得意じゃないというのは嘘ではなく、そんなレベルを遥かに超えて絶対的に強いということなのだ。
(用心に越したことはないしな。)
では何故やらないのかと言えば、それはもちろん能力の露見を防ぐためだ。この能力は人前で使って利益を上げるほどに、露見のリスクが高まると言っていい。
それに余りに楽に儲け過ぎれば堕落し、真面目に狩りに行くのが馬鹿馬鹿しくなりそうだ。この手の読心系能力で、最も楽に稼げる方法がギャンブルであろうことは疑うべくもない。能力に溺れてしまうようでは三流だろう。……普段から結構頼り切りの気もするが、一応使い所は考えているということでひとつ。
おまけに不自然に勝ち過ぎてもトラブルの元となる。わざと程々に勝つぐらいに抑えてもいいが、そこまで気を遣うなら魔物相手に剣でも振ってた方がまだ気楽か。魔物はルール無用で襲い掛かってくるのだから、こちらもどれだけ卑怯な方法を使おうと気が咎めることはないし、魔物から責められるようなこともない。
あらためて人間の狡猾さと邪悪さを実感したところで、断りの口実で上機嫌になったネルフィアたちを連れてギルドを後にした。
前日を休息と適度な運動に充て、試験の時間通りにギルドに来て訓練場に案内されれば、見知った顔がいる。
『待ってたぜ……そのクソ生意気な顔をボコボコにできる日をなあ~!』
恨みを燃やす三級おっさんが薄ら笑いを浮かべていた。誰がいるかはちょっと前から探心で分かってはいたが、あらためて面倒なおっさんである。
ここしばらくはゴブリン退治の無様な離脱っぷりが笑い草となって冒険者の間で軽んじられ、色々と辛酸を嘗めていたようだが、特に関わり合いになる理由もないのでスルーしていた。
ただし当人は、最近ツキがないのはこの生意気な新人冒険者をシメていないせいだと何故か思っており、どうにかその機会を窺っていたようだ。
下剤の仕込みは本人の仕業だし、弁当のすり替えはバレていないので完全に逆恨みの形だが、事実を知ってる側からするとあながち的外れでもないのはなんとも言えない感じであった。
そんな感じでカインの三級試験が決まったのをどこから聞きつけたのか、自分から試験相手を強く希望したようだ。試験にかこつけて目的を果たすつもりなのは明白である。
それどころか『試験相手の自分が認めさえしなければ、最低でもこの新人を落第させられる』といったことを考えている始末。
ならばこちらもそれなりの対応を取るしかあるまい。
『ちぃっとばかし剣呑だなや。』「……始め!」
あくまで模擬戦であるので、試験に用意されたものの中から訓練用の木剣と木盾を選ぶと、距離を取っておっさんと向かい合い、審判役の髭の受付嬢の号令で試合開始。
(向こうの得物はあの剣か……。)
三級おっさんが手にしているのは、片手剣よりは長いが両手持ちの大剣ほどではない中途半端な長さに、長めの柄が特徴の木剣。いわゆるバスタードソードという奴なのだろう。
状況に応じて片手・両手への持ち替えを可能とし、片手なら空いた手の汎用性が高そうで、両手なら威力が見込めるといったスタイルか。
「いくぜオラァ!!」
片手の打ち込みは鋭い。腐っても三級、明らかに壁を超えた実力を有している。
それを普通に盾で受けたところ、嫌な予感がした。正確にはおっさんが何か仕掛けようとして放った感情の波だ。魔物と違って人間相手はこういう時の感情が読みやすい。
行動掌握を発動したが、おっさんもその後の動きは淀みなく、既に盾に手を掛けられていた。空いた手で盾を力尽くで除け、剣を握った手で素早く顔面を殴りつけてくるのが分かる。そうなっては堪らんので飛び退いて回避。
反撃も狙いたかったが、こちらの盾を剣側に向けて除けられたので、それが邪魔になって無理だった。
どうやらこのおっさん、本当に面倒なことに普通に腕が立って油断ならぬ相手のようだ。
11/30 昇格条件についてゴブリン退治の記述忘れを追加。




