2-42 電流迸るリスペクト
「[雷撃]!」
左手の指先から轟音と共に放たれた稲光が、叫びすら上げさせないままロンリーウルフの毛皮を焦がした。
ミスリルの大剣のブーストで技能自体の威力もさることながら、感電による麻痺はその戦闘力を確実に奪っている。この麻痺は長くて数分程度は持続するので、後は余裕を持って対処できるのだ。
「うーん、強い。」
呟きに確信が籠もってしまうのも仕方ない。何せ[雷撃]は一匹狼相手だろうと撃てればまず外さないし、決まればほぼ勝ち確なのだから。
ネトゲか何かだったらクソみたいな経験値テーブルと叩かれること不可避の十五の壁を、ようやっと乗り越えた甲斐もあったというものだ。
これで狼狩りで想定される中で最も危険な「接近前に見つかって正面戦闘になる」状況でも、不安要素はほぼなくなったと言っていい。狼に何かいることがバレて警戒されてしまえばもう[冷眠]は効かないが、迷彩マントのおかげでじっとしていれば五秒の集中時間ぐらいは稼げる。
予め[雷撃]の集中をしてから接近するということはもちろん可能だし、全力で走ったりするならともかく隠密重視でゆっくり動く分には集中を維持できるが、そうしないのはリスクがあるためだ。
集中状態の維持にも発動ほどではないが精神力を消耗する。特に[雷撃]は莫大な精神力を必要とするため、その集中の維持だけでも消耗が馬鹿にならない。
[雷撃]は切り札となる強力な技能であるだけに、常に撃てる精神力を確保しておきたいところだ。毎度撃てるものでもないのだから、[雷撃]を得た以降も[冷眠]を使った狩りは続けていた。
ちなみに[雷撃]は[魔撃]と違って手から発射しなければならず、何かで覆われていると不都合なのは同様なので、左手は籠手から指ぬきグローブ的なものに換装している。
忘れかけていた中学二年生頃に左手に封印されし何かを抑える必要はあったが、指先を露出しつつ盾を持つグリップは利くので実用性は高い。腕に巻くベルトの保持があるとはいえ、盾の十全な扱いはやはり持ち手を握ってこそだ。
指先は無防備になってしまったが、元より左手は盾を持ってる限りはかなり安全な部位なので問題はない。
「お、毛皮出たな。」
後処理を済ませた一匹狼から出た素材はウルフファーである。
一匹狼の毛皮はさぞ頑丈だろうと思いきや、実はゴブリンの革と防御力は大差ない。防寒性が抜群に高いぐらいだ。
この素材は防具に用いるにはイマイチだが、毛艶が美しいのでコートなどに仕立てれば、貴族など有力者の奥様方に大変喜ばれる代物なのである。
貴族が多く居を構える帝都に行った時に高く売れそうなので取っておいてあるが、それほど数はない。十五、六匹狩ってようやく一度落ちる程度と、ドロップ率もかなり渋いからだ。
それだけに価値は中々のものである。
「はあ……ほんと素敵ですよねこの手触り。」
「魔導院で冬にこの毛皮を着ていた方は、随分と羨望を集めていた覚えがあります。」
ネルフィアたちも思わず夢中になるほどだ。
どうせならこれで奴隷二人にコートでも仕立ててやりたいが、見た目にもそれと分かる高級品を着せているのはトラブルの元にしかなりそうにないので、実現性は低いのが残念である。
そうして季節は夏の盛りを過ぎた頃となり、状況も少しずつ動いていく。
まず部隊は全員が壁を突破し、戦力は大幅に増強。ネルフィアは[強壮]を、メルーミィは[氷嵐]を覚えた。
[強壮]は体力を増加させる技能で、特に疲労していない状態で使えば、一時的に本来の最大を超えて体力を上積みすることが可能になる。
人間が全力で行動し続けられる時間はそう長くないし、これは成長によってもそう伸びない要素だ。その時間を一時的にせよ延長できることは非常に心強い。
ただし[強壮]は[回復]の上位互換というわけでもない。三秒程度の集中と直接接触の必要があり、疲労し切った状態で使うなら[回復]の方が効果が高いのだ。
この辺の使用感はベッドの中でじっくり検証したので間違いない。効果を最大限にするために[回復]を受けてから[強壮]を受けると、体力に任せた圧倒的連続攻撃が可能となり、二人まとめてでも奴隷たちの負担が大きいことが判明した。
使用には細心の注意を払う必要があるだろう。尊い犠牲であった。
[氷嵐]は狙った地点を中心に雪と氷の嵐を起こす技能だ。傍目には白い竜巻のように見え、半径十メートル程度を凍てつかせ、降り注ぐ無数の氷塊でもって打ち据える。
特筆すべきはその効果時間の長さだろう。最大一分程度はこの嵐が巻き起こり続ける。さほど速くはないが発動後に効果範囲を動かすことも可能で、当然[氷嵐]内部にいる者は凍結効果を受けて動きが鈍るため、脱出も容易ではない。
反面、集中に十秒程度を要するのは明確な弱点である。また発動している間は他の技能を使うこともできず、最大射程は三十メートル程度。寒さに強い一匹狼相手にも出番はまずない。とはいえ心強いことには変わりなしだ。
壁を超えてから得られる技能が軒並み強力なのは、決して偶然ではないのだろう。
そうした力を付けることがメルーミィの精神状態にも好影響を与えたのか、随分と改善が見られる。特にネルフィアに対しては深い『敬意』を抱くようになり、とても良い関係が築けているようだ。
その直接の要因は────
「そろそろ始まりそうなので、しばらくご主人様をお願いしますね、メルーミィ。」
「私め一人でマスターのお相手が務まるでしょうか……?」
この世界でも経験則から、生理中の行為は病気のリスクが高まるといった常識はあるし、好色な主人と言えども流石にそこまで無体ではない。
必然として、メルーミィがほぼ一人で相手をすることになる。
ちなみに森人族の生理周期は数ヶ月に一度なので、この立場が逆になることは少ない。寿命の長さと生殖能力は反比例するという、生物的原則に沿っているのだろう。
「大丈夫ですよ、何も考えずにご主人様に幸せにしてもらえばいいんですから……幸せですよね?」
「それはまあ……幸せといえば幸せですけど。」
「なら問題はありません。しっかり励んでくださいね。」
「は、はあ……。」
というような会話が、ネルフィアの月のものが始まる直前に蒸し風呂で交わされたりしていたらしい。
この時のメルーミィの心配はむしろ、幸せになり過ぎたまま戻ってこれなくなることにあった。女性の腹上死も普通にあるので心配になるのも分からないではないが、それは大抵は別の要因が興奮と合わさって起こるものらしいから、まあ大丈夫ではないかとも思う。毎日の[治癒]で少なくとも肉体は健康なはずだ。
実際無事ではあった。毎回ラストは気絶するように寝落ちしていたが。
以前は二人を二周するぐらいの感じがちょうど良かったが、壁を乗り越えた今となっては好色が過ぎる主人は三周ぐらいいけてしまう。
一人で担当するには中々の負担だが、自分が買われる以前はネルフィアが毎日似たような境遇だったことを思えば、メルーミィも文句は言えない。
むしろ一人でよくもそこまで、という先輩への強い感銘が深い『敬意』へと繋がったのである。
もちろん彼女は主人のことも敬ってはいるが、これはそれとは別種のものだ。そしてそれを微笑ましいと思うと同時に若干の嫉妬を覚えてしまい、つい執拗になってしまったのは主人としての未熟の証明であろう。
これからも奴隷たちの主人たらんとすれば猛省すべき点だ。メルーミィの着実な精神的成長を見習わねばなるまい。
そうこうしている内に三級冒険者になるための大半の条件は整ったので、まずはこれを乗り越えるべきか。




