2-40 騎乗経験(?)が活かされるとは限らない
夕方の街には暮れてしまう一日を惜しむかのような、特有の賑わいがある。
それをかき分け久々の蒸し風呂を堪能した後、いよいよ冒険者ギルドに狩りの成果を換金に向かう。しかしここで憂慮すべき問題がひとつあった。
「売る数を控えた方がいいと思うか?」
手持ちには二十を超える野球ボール大の魔素結晶がある。それはそのままロンリーウルフの討伐数であり、これだけの数をこの人数と日数で狩れてしまうのは少々異常だろう。
成長の速度は余人には分からないが、結晶や素材は成果を明確に物語ってしまう。
そもそも一匹狼を狩るにしては戦力が少ないが、その辺は獲物を追うのが得意で、[冷眠]を使ってうまいことやったと強弁するしかないか。別に嘘というわけでもなし。
「慎重になられるならその方がよろしいでしょう。ただ換金自体は普通にしてもらえるかと。」
奴隷二人に尋ねてみれば、メルーミィは慎重論を支持してくれた。
結晶の換金についてはギルドも利益を逃すことになるので、拒まれるようなことはまずないらしい。むしろ換金拒否で変に騒ぎ立てられ、違法買取業者に持ち込むような人間に増えられても困るのだとか。
なおネルフィアの方は主人の意見なら大体支持するので、嬉しいが余り参考にならない模様。
「まあ一気に全部売らなくてもいいか。」
魔道具に使うこともあるのだから、貯めておいても損はあるまい。どうしても現金が必要になれば何かしら理由を付けるか、それこそスラム辺りに出向いて違法買取業者を探すという手もある。焦ることはない。
別の街に行った時に、そこのギルドで小売にしていくという手もあるだろう。
冒険者の功績などの情報はその街のギルドごとに独立していて、一部冒険者を除いて共有されていない。別の街に移るとタグによる級の証明はできるが、それ以外の功績はゼロからのスタートになるのだ。
なので、帝都に行くとすれば昇級した時が都合が良い。
「はい、ではこちらになります。」『頑張ったんですねえ。』
「どうも。」
買取窓口の人からは特に怪しまれなかった。売却数を四個程度に抑えたのが功を奏したと思おう。
薬草の採取依頼と合わせて結構な額だ。また狙われてもたまらないのでさっさと懐に収め、大通りを歩いて定宿へと帰った。
休日となる翌朝は、久々に柔らかな感触をダイレクトに味わいながら目覚める。寝袋も悪くないが、やはりこの素晴らしさには及ばない。
更に贅沢を言えば湯船のある風呂が欲しいところだが、客室に専用バスルームがあるような宿は例外なく高級であるし、泊まれる金はあっても四級冒険者の身分では無理なのが悲しい。
当初の目標を達成するのはもうちょっと掛かりそうである。ネルフィアとメルーミィを侍らせ、思う存分入浴するという初志を貫徹すべく今日も頑張っていこう。
なんだか増えているような気がするのは多分誤差だ。
「さて、どうしたもんかな。」
ダブルベッドで程々に頑張ってから買い物に出て、少し迷ってしまった。道にではなく買うものについてだ。
店を巡り、これからの部隊の足となる商品を見比べてみたところ、手の届く中で二種にまで候補が絞れた。
まずは普通の乗用馬。メリットは比較的安いことと、生物であるので[加速]や[回復]を使えること。荷物も[剛力]で十分積めそうだ。
軍用馬ではないので戦闘には向かず、魔物に襲われれば勝手に逃げて生存を図るが、専用の笛を吹けば戻ってくるよう訓練されている。
デメリットは生物故の煩わしさ全般。静かにしていて欲しい時に鳴かれたり、世話に手間が掛かることなどか。
そしてゴーレム馬。メリットは命令を確実に遂行し、積載量が大きいこと。変形して岩に擬態することで魔物から身を隠す機能なんかもある。
動かすのに専用の鍵が必要なので、盗むのが難しいというのも何気にありがたい。
デメリットは価格及びランニングコストの高さか。
四輪駆動の車軸型ゴーレム車なんかもあったが、乗り心地がいいことぐらいしか目立ったメリットがなかったので除外。
「馬なら私の技能を活かせると思います。世話も私たちですればいいですしね。」
「ゴーレム馬には現状、欠点がないも同然なのがいいのではないでしょうか。」
奴隷たちの意見も割れたので、結局主人の判断次第ということになってしまった。
そして昼食の串焼き肉を食べながら考えた結果は
「ゴーレム馬にしようと思う。」
理由は狩りの内容に即しているということだ。
一匹狼に接近する際、足はある程度離れた場所に置いておくとしても、馬は騒いで気取られるかもしれないのに対し、ゴーレム馬にはその心配がない。
それにテント泊をする関係上、寝ている間に魔物に襲われれば馬は面倒なことになるだろう。流石の笛も馬の耳に届かない距離まで馬が逃げてしまえば意味がないし、繋いでおけば襲ってきた魔物にみすみす餌をやるようなものだ。
その点、ゴーレム馬は擬態で身を守れる。この差は大きい。
今は結晶が余っていて、燃料面での問題はないというのはメルーミィの言う通りだ。
同時に金銭にも実質余裕があるので、何かしら上等な装備でも買ってもいいところだが、この街だともうめぼしいものはない。
今の狩りが装備面で困難というわけでもないので、その辺は三級になってからでもいいだろう。
「これからも意見を求めることはあると思うが、その時は忌憚なく自分の考えを述べてくれ。判断は俺の責任で俺が下す。」
「かしこまりました、ご主人様。」
「マスターの御判断に従います。」
奴隷たちからの尊敬が若干高まったような気がしたところで、専門の魔道具屋で注文しておく。
「タイプはどんなのがいい?」
油汚れの目立つツナギを着た店主から尋ねられたのは、ゴーレム馬の性能についてだ。最高速度を犠牲に積載量を上げる、みたいなカスタマイズができるらしい。
「あー……そうだな、平均的な感じでいい。」
「分かった、それを二台だな。明後日には調整が終わるから取りに来てくれ。」
特に必要な能力はないのでバランス型を選択。特化する部分がないと馬体に無理が掛からないので、多少は頑丈になるのだという。
注文が二台なのは手持ちの現金だと三台には足りないというのもあるが、大した荷物がなければ一台で二人は乗れるからである。重量的に考えて荷物は一人分として、組み合わせは実際に試して決めるとしよう。三台目を買うかはその結果次第だ。
それから二日、いい加減アイロンでは使い勝手が悪いので、調理用コンロ的な魔道具を購入したりしながら過ごし、ゴーレム馬を受け取って街の外で軽く運転の練習をしてみる。
「なるほど、大体分かった。」
まずメルーミィは致命的にゴーレム馬の運転に向かない、ということが判明してしまった。十五分で三回も落馬すれば流石にそう判断せざるを得ない。人には向き不向きがある、ということなのだろう。
そうなると運転手はカインとネルフィアに固定され、組み合わせは荷物かメルーミィかの違いということになる。
「メルーミィはネルフィアの方に乗ってくれ。俺より運転が上手いからな。」
「か、かしこまりました。」『……もっと頑張ろう。』
先日の狩りが上手くいって以来前向きになれてるので、思ったより精神的ダメージは少なそうだ。
実際のところ、メルーミィに後ろからしがみつかせてその柔らかさを堪能するのは吝かではないが、ずっとそれが続けばネルフィアの心象が悪くなる、という確信めいた予感はある。
こういった触れ合いは、婚姻関係を結んでいて年功もあるネルフィアを優遇するならまだしも、最低でもなるべく平等にする必要はあるだろう。これも主人としての責任に基く判断である。
ちなみにネルフィアには農耕用のゴーレム馬に乗った経験があるが、上手く乗れてる要因は明らかに別にあることは言うまでもない。




