2-37 一撃必殺の条件
ロンリーウルフは強敵であった。これといった芸こそないが全ての能力が高い水準を誇り、肉弾戦での強さは特筆に値する。
縄張りに同種の狼が入り込めば死なない程度に争い、負けた方が追い出されるという名付けの原因となった習性が存在することは、他の生物にとって幸いだろう。こんなのに群れられたらたまったものではない。
脅威度十台半ば辺りからは、一匹狼のような巨体を備える魔物が増えてくるのだという。代わりに、というわけではないだろうが、個体が強力な魔物ほど発生するペースが遅く、自然発生の最大数も少ないようだ。
地球で食物連鎖の上位にいた動物とよく似た魔物は、同様に強い傾向があるという所感は果たして気のせいか。
本来ならば、もっと平均成長回数の高い部隊が複数揃って初めて狩りを考える魔物である。勇者の技能と探心が揃うことでなんとか渡り合うことができた辺り、これらはやはり破格だ。
正面からぶつかって全く敵わないようなら、煙玉を使うなどして撤退を図るところだったが、そうならずに済んだのは重畳。
深手を負うこともないまま一匹狼の動きは学習できたし、色々と有効な手が実戦の中で生み出されたので、再度正面戦闘になっても有利に戦いを運べるはずである。
部隊のメンバーもそれぞれ仕事ができていたので言うことはない。
しかし、毎回上手くことが運ぶと考えるのは楽天が過ぎるだろう。ヒューマンエラーはもちろん、何事にも予期せぬアクシデントというのは起こるものだ。
例えば戦闘中に何かに躓いて転ぶなどして、避けられない状態で攻撃を受ければどうなるか。一匹狼の攻撃力なら最悪致命傷も有り得るし、カバーできない状況で奴隷たちを狙われる場合なんかもあるだろう。戦闘が長時間に渡るほどそういった事故が起きるリスクは高まる。かといって正面から速攻で終わらせられるような相手でもない。
まともにやればいずれ大なり小なり事故を起こされてしまうだけの強さを、一匹狼は確実に備えているのだ。
ではどうすればいいのか? 答えはひとつ、「まともにやらなければいい」ということになる。
「それじゃ今度は静かに行くとしようか。」
野球ボール大の魔素結晶とスローイングダガーを回収し、携行食で昼飯を済ませ、休憩を挟んでから歩き出す。
ベルトに挿したダガーにはまだ二本ほど予備があるが、使い捨てにするには少々もったいない。
新たな一匹狼の反応を探知したのは日が傾いた頃だ。
一匹狼の優れた嗅覚への対策に消臭魔法は使っているが、それでも前回は五十メートルぐらいからこちらを発見された。つまり、今度はその少し手前辺りから慎重に接近すれば気付かれないということ。
(よし、ここまで来れば……。)
首尾良く『敵意』を感知しないまま、ある程度接近したところでハンドサインで指示を出す。なるべく小声で技能が発動され、薄い靄が静かに飛んで一匹狼にまとわりつくと、元々身体を丸めて休んでいた巨体が寝息を立て始めた。精神状態の変化からもそれは分かる。[冷眠]が決まった証だ。
わざわざ忍び足で接近したのは、この技能の最大射程距離が三十メートル程度しかないためであった。眠らせられれば一安心だとは思うが、念の為そのままそろりそろりと接近。
そして口元を抑えて発動した[光刃]によって光に包まれたのは、鋼の剣ではなく虹色の輝きを持つ大剣であった。それを肩に担いで一匹狼の間近に立ち、両手で大上段に構える。
ここに来るまでに行った修練は投擲だけではない。この大剣も振り下ろし動作だけは、一夜漬けだがそれなりにモノにしてきたのだ。
相手を眠らせて確実に先手を取れる状態で、現状喰らわせられる最大の攻撃が何か検討した結果、この選択に行き着いたのである。
樽に火薬を詰めて石をぶつけただけで起爆できる爆弾でもあればいいが、ないのだから結局この身体で殴るしかない。
(ここしかないか……。)
最大攻撃を叩き込む狙いは既に定まっていた。
魔獣系の魔物────特に哺乳類としての特徴を持つタイプに共通する弱点があるとすれば、脳と心臓と脊髄が挙げられる。
脳は言うまでもなく頭部の中身。心臓は身体の中心にある部位だが、血液が流れているわけでもない魔物では、魔素を循環させる器官をそう呼称する。そして脊髄が肉体を操作する最大の神経とでも言うべきものなのは変わらない。
どれかひとつでも破壊できれば勝利は確実だろう。
しかし脳は頭蓋骨に守られており、特にこいつの骨が強固なことは実感したばかりだ。下手をすれば頭蓋の丸みで、熟練度の低い大剣が滑ってしまうことさえ有り得る。
耳の穴を狙うにしても頭頂部にあるため、角度的に威力を保ったまま一点を突くなどという芸当は無理だ。鋼の剣ならジャンプしてやれなくもないが、耳穴はさほど大きくないし威力的にも不安が残る。
心臓は身体の中心にあるというが、位置は個体によって微妙に違うらしく正確性に欠けるのが難点。それになんと言っても身体の中心だけあって筋肉も厚い場所だ。
ついでに動物に近いなら喉笛を狙うことも考えたが、ダメージはそれなりでも確殺にはならない。魔物は発声や呼吸は行うものの、呼吸と生命活動には直接の関係がなく、魔素が循環する限り活動を続けられることが研究で判明している。
となれば残るは脊髄。特に最も筋肉が薄い頚椎の切断を狙うしかない。関節部分を狙えば楽に斬れるという知識をネットで見た覚えはあるが、本当かは不明だ。ましてや相手は人間ですらない異世界の魔物である。
関節狙いはいいとして多少狙いが外れたとしても、後はミスリルの大剣の攻撃力に期待するしかないだろう。
一匹狼を先手の一撃で倒すための構想を練り、想定される失敗も避けるべく考え得る限りの手は打ってきた。後は大きく息を吸って────
「ぉらッッ!!!」
溜め込んでいた裂帛の気合と共に、全身の筋肉を用いた全力の振り下ろしが閃く。
それは想像よりもあっさりとした手応えであった。
「……ぅおっしゃ!」
両断に成功した狼の首は声を上げることすらなく地に転がり、実に呆気なくその巨体は消えていく。こんなに楽に倒せちゃっていいんだろうか思うほどだ。
さっきの戦いの苦労は何だったのかという感も多少はあるが、[冷眠]による一撃必殺が上手くいかなければ、大剣を投げ捨てて通常戦闘に移行することになっただろう。
迷いなき一撃で狼を強制介錯できたのも、そうなってもなんとかなる相手だと分かっていたのも大きいはずだ。
少々石橋を叩き過ぎてる感はあるが、直前の実験戦闘も無駄ではあるまい。メルーミィに強い成功体験を与えることもできたし。
「本当に凄いですご主人様! あの魔物を一撃なんて……!」
「まあ条件が揃えばこんなもんよ。メルーミィの[冷眠]はハマれば本当に役に立つな。これからも頼りにしているぞ。」
「はい、ありがとうございますマスター……!」『ああ……私めにこんな日が来るなんて……。』
今日のメルーミィのテンションは本当に高い。それだけ今日の経験が素晴らしかったということか。成功体験こそは人生の糧と言える。
コンビニのバイト業務でも、仕事を上手くやって店長に褒められれば嬉しいものだったことを思い出し、この後も滅茶苦茶褒めまくった。
これからも頑張って欲しいものだ。




