2-35 赤頭巾と老婆を3セットぐらい余裕で収納可能
「この森か。」
ケイデンの街で襲撃を受けてから何日か後、通常ならば街から二日ほど歩いた距離にある森林地帯に到着した。実際は[加速]のおかげで一日半で着いたが、道は覚えたので次からは片道一日でもなんとかなる感じか。
「このぐらいの距離になると流石にそろそろ足が必要かもな。」
こうなると乗り物の必要性を感じざるを得ない。ゴブリンロードから結構な臨時収入もあったし、一考の余地はあるだろう。
「私なら精神力には余裕があります。」
「……マスターの御随意になさるのがよろしいかと。」
ネルフィアは『これぐらいならまだまだいける』、メルーミィは『馬に乗れたら楽なんだろうなあ』というのが本音か。特にメルーミィは根本的な体力差と寝不足なのもあって、中々に悲痛だ。成長が続けばこの差はさらに広がるだろう。
それに、これからも強力な獲物を狙うなら遠出は間違いなく増える。村や街が作られるのに適した場所とは、強力な魔物の発生地からは概ね離れているのが道理だ。
ついでに帝都に旅する時にも乗合馬車に払う金を節約できるはずだし、長い目で見ればきっとお得であろう。そう考えれば遠からず買わねばなるまい。予定をリストに加える。
そんな距離まで久々のテント泊を挟んでわざわざ歩いて来たのは、もちろんそれだけの獲物を狙うためである。
ここしばらくの狩りはネイキッドキャット中心であり、素材も高値で捌けるので一定の資金を貯めるには至ったが、魔素の吸収量的に少々物足りない相手であったのは事実だ。
裸猫はどうにも柔らか過ぎて[光刃]を使う必要がなく、勇者の火力を活かせていたとも言い難い。
そこで今度はこちらのスペックを十全に活かせるであろう獲物を選んだ。もちろん余裕はあるはずだが、こればかりは実際にやってみないことには分からない。
(……とりあえずこっちだな。)「メルーミィ、除虫魔法を頼む。」
「かしこまりました、<リペレント>。」
霧状のものが全員の身体にまとわりついてすぐ消える。これで小さな虫などは寄ってこないはずだ。
森で何気に面倒なのは魔物ですらない虫の類だ。王国からの脱走時も鬱陶しかったものだが、今はメルーミィがいてくれるので手軽に対策できてありがたい。
程々にメルーミィを誉めつつ、魔物の反応のあった方へ向けて森に入る。
少し歩いたところにそいつはいた。
「ご主人様、あの木はもしや……。」
「ああ、トレントだろうな。」
周囲と全く同じ佇まいだが、一本だけ木に擬態している奴がいた。トレンドトレントという魔物で、こいつは周りの木に合わせて付ける葉や幹の表面を変える擬態能力を持つ。枯れ木が多いようなら枯れ木の振りをするし、名前の通り流行に敏感なのだろう。
そうして獲物を待ち伏せ、近付いたところを枝を雁字搦めにして拘束し、体液を啜って殺してしまうという恐ろしい魔物だ。
ソロだと一度拘束されると脱出が非常に困難であり、擬態能力が高く普通の木と見分けるのが難しいことから、脅威度は九と何気に高い。
とはいえゴレムと違って探心で判別が効くので怖い相手ではない。ネルフィアは独自過ぎる感覚で判別できてるようだが、いつものことである。
「[光刃]。」
一般的にこいつを倒すには、獲物を拘束している間は動きが鈍るのを利用して、誰かをわざと拘束させて他のメンバーがタコ殴りにするのが基本だが、[光刃]で一撃で倒せてしまうのだからそんなことをする必要もない。
一気に近付いて拘束される前に斬りつけて終了。
こいつは目的の魔物ではないが行きがけの駄賃だ。この偽木は特定の発生地を持たず、近くに木があればどこにでも出現するという一風変わった魔物なので、見つけ次第狩るようにしている。
今なっては精神力の自然回復効率向上の恩恵も大きい。裸猫相手に敢えて[魔撃]や[光刃]を毎戦闘使う検証をしたが、精神力には終始余裕が持てたことが確認できたので、気軽に[光刃]で刻めてしまう。
流石にインターバルを無視した技能の連発や、[光刃]の常時維持などは無理があるが、常に戦ってるわけでもないのだから十分であろう。
素材を回収して森を進むと、今度こそ本命に行き当たった。五十メートルほど先、木々の間に巨大な黒毛の獣を見つける。
「あれがロンリーウルフ……やっぱデカいな。」
縮尺がおかしくなったのではないか思えるほど大きく見える。魔物図鑑に載っていた情報によれば、全長五メートル前後で体高二メートルほどの狼とのことなのでさもありなん。自動車でいうバン並だ。
一瞬、進化種のオンリーウルフかとも思ったが、そっちは進化前に輪をかけたサイズらしいので流石にこいつではないだろう。
脅威度は十四。これはその名の通りの単独で活動する生態を加味した数字であり、単体で並の進化種を超える実力を備えるということである。
「打ち合わせ通り、最初は普通に戦う。準備はいいな?」
「はいっ。」
「問題ありません。」
全員に[回復]と[堅固]と[加速]をかけ、カインが[光刃]を使い、ネルフィアがスリングを準備し、メルーミィは集中しながら、それぞれの速度で接近していく。
一方の一匹狼は既にカインたちを捕捉しており、『殺意』を漲らせながらも様子をうかがっていた。
「[氷弾]!」
互いの距離が三十メートル程度まで接近した頃、最初に仕掛けたのはメルーミィ。それに合わせて一匹狼も駆け出すが、木々の間を縫うような軌道は[氷弾]を見え隠れさせて惑わし、その胴体に炸裂。
新調した軽銀製の杖の効果は上々のようだ。木の杖と重量はそう変わらないまま、より精緻なコントロールが可能となっている。
「────!」
『怒り』の唸り声はダメージを受けた証だが、致命傷には程遠い。体格に見合った分厚い毛皮は相応の防御力と寒さへの耐性を備えるため、氷術師の攻撃技能とは相性が悪い。
続けてネルフィアのスリングから放たれた投石はサイドステップで避けられた。だがそれは織り込み済みだ。
「おりゃッ!」
「────────!!」
本命の光るスローイングダガーが一匹狼の前足の付け根辺りに突き刺さり、狼の叫びが森に響く。最初の[光刃]はこのダガーに対し使ったものであった。
[魔撃]は使い易い技能だがどうしても威力に劣る。それに代わる遠距離攻撃手段として、[光刃]を纏わせた武器の投擲は以前から考えてはいたのだ。
だがメインウェポンの剣でこれをやると、仕留め切れなければ逆にこちらが窮地に陥りかねないことは容易に想像がつく。それを投擲専用のサブウェポンを用意することで解決した。
[魔撃]より多少手間は掛かるし、命中もカイン自身の投擲能力に依り、投擲後に接近戦を行うには抜剣の時間が必要になるという欠点はあるが、それでも遠距離から一方的にダメージを与えられるアドバンテージは大きい。
(練習した甲斐があったな……!)
鋼の剣を抜きながら流した汗の量を思い出す。
真っ直ぐ飛ばせる程度には投擲の修練を重ねたものの、命中したのは単純に標的が巨体であることと、遠距離攻撃に時間差を付けることで回避を困難にしたおかげではあった。
特に直前の投石は標的が左に避け易いよう、わざと右寄りに狙ったものであり、予めネルフィアに指示していたことである。
避ける方向を限定し、避けるタイミングが読めてまでクソエイムが発動したらやってられまい。
槍を構えたネルフィアと共に前に出る。怒りに燃える一匹狼の巨体は間近にまで迫りつつあった。




