2-34 ルート回避と幽霊のいる事件簿
「よう、十人以上を返り討ちとは派手にやったもんだな。」
ネルフィアが連れてきた衛兵から軽く事情聴取を受け、メルーミィに返り血を拭ってもらっているところに声を掛けてきたのは、近くの区の隊長を務める衛兵だ。
角刈りでどこか猿に似た憎めない顔立ちのこの中年男性と顔見知りになったのは、出自の怪しさを疑われて取調べを受けたから、などというわけではない。端的に言えば衛兵にならないかと引き抜きがあったのである。
区隊長が誘いを掛けてきたのは、ゴブリンロードを討伐した打ち上げで奢りも兼ねて一杯やってた時のこと。多少なりとも力を持つことを証明してしまえば、このようにその力を欲する者も出てこようというものだ。
「やはり衛兵にならんか? お前さんなら小隊長ぐらいにはすぐなれると思うんだがな。」
「冒険者で稼げなくなったら考えさせてもらいますよ。」
襲撃者たちを打ち倒した情景を眺めながらされた再度の誘いを、今回も当然のように断る。
例によって勇者の天職を秘匿する関係上、集団行動を強いられる職業に就くのは避けた方がいい。魔物を相手にしないで済む分、間違いなく安全ではあるだけに給料が安いのも事実ではあったが。
何年か衛兵として勤めればその間は市民として認められる限定的な市民権が貰え、いずれは恒久的な市民権も買えるようになるので、秘密を抱えていなければそう悪い話でもない。大別すればこれも召し抱えられるルートのひとつと言っていいだろう。
だが既に二人も扶養家族がおり、これからも更に増える予定である以上、単なる衛兵の稼ぎでは少々厳しいのだ。奴隷たちには良い暮らしをさせたいし、メルーミィにもできれば産んでもらいたいな、と思う程度には既に情も移ってしまっている。その辺もいずれ受け入れてくれるといいのだが。
(やっぱ勇者は隠しておかなきゃならんよな。)
小鬼の王を討ち果たしただけでさえこうなるのだから、勇者バレした時はどうなることか。
もしも勇者の存在が露呈すれば、通常なら貴族や国から取り込みの話が来るだろう。比較的希少な癒術師でさえそうなるのだから間違いない。そうなると次は何故勇者であることを隠していたのか、ということになる。
十歳になると庶民でも成長の機会を与えられるというこの世界の風習は、実際のところ天職ガチャの確認なのだ。癒術師でも産んでいようものなら、その親兄弟は一生食いっぱぐれることはないという。勇者など尚更であろう。隠しておく理由がない。
そうなれば召喚勇者であることがバレるのは、時間の問題と考えた方がいい。その後の扱いも決して楽観できるものではないはずだ。
何せ素体は王国が秘匿する新式勇者召喚を行うための骨子であり金の卵。金の卵を生むガチョウの腹を割くな的な金言はこの世界にもあるらしいが、金の卵を産ませる方法が分かると思い込めば、割いてしまうのが欲に駆られる人間という生物である。
物理的に腹を割かれるのはもちろん御免なので、絶対に勇者バレなんかしたりしない、という気持ちを新たにするカインであった。
気持ちを新たにしたところで、懇願するような声が鎧姿の男たちの間を縫って路地裏に響く。
「お、俺はここを歩いてて急に襲われただけなんだ!」
衛兵たちに拘束される最中、チンピラのひとりが目を覚まして無実を訴えているようだ。急に技能による攻撃を受け、むしろ襲われたのは自分たちの方だという言い草である。
「じゃあなんで覆面なんかしとるんだ。」
「知らねえよ! 寝てる間に誰かが勝手に被せたんだろ!」
衛兵の尋問に対するチンピラの抗弁はかなり苦しいように思うが、ここで何もせずにいれば、待っているのは犯罪奴隷として鎖付き鉄球を引きずる生活だ。罪を逃れられるならなんとでも言うのだろう。
ちなみに街中で覆面や顔を隠せる兜を装備することは、公共のマナーに反するとされる。禁止されているというほどではないが、見つかり次第衛兵にも注意される行為だ。フードを被るぐらいまでが見逃される限界らしい。
覆面をしたまま他者に近付きでもすれば、攻撃を受けたとしても文句は言えない。そのような空気があった。地球でも理由なく覆面してるような奴は問答無用で怪しいし、治安が悪ければ似たような感じになるのではないか。
「まあ答えはあいつに聞けば分かるだろうな。」
そう言って区隊長が親指で指し示したのは闘士の死体。そしてその傍らには軽装の衛兵が立ち、集中を続けていた。
「あれが死術師か。」
「ああ、そろそろだぞ。」
「…………[霊媒]。」
死術師の言葉が、朧気ながらも生前の闘士の姿を浮かび上がらせた。[霊媒]とは死者の魂を呼び出し、会話を可能とする技能である。集中に数分の時間を要し、死者の魂がその場にまだ残っていればという制限はあるが、流石にこれだけ死にたてほやほやなら問題はあろうはずもない。
そしてこれから何が始まるのかと言えば質問タイムである。[霊媒]によって呼び出された死者は、死術師がそう望めば問いに対して偽りを持って答えることができないのだ。
この技能の存在が何をもたらすかと言えば、強盗などに襲われて相手を返り討ちにできた場合、犯人をひとりは殺害しておくと襲われた方は正当防衛を証明しやすい、ということである。
以前捕まえたスリなどは目撃者の多さからその必要もなかったが、盗賊ならば打ち殺して当然、とネルフィアが考えるのは何も親を殺されたからばかりではない。[霊媒]があるから襲ってきた相手は殺害してしまった方が色々と面倒が少ない、という考えはこの世界の人類の普遍的な共通認識だ。
この認識が彼らを蛮族めいた思考へと導く一端を担っていることは、多分恐らく間違いないのではないか。
「汝、偽りの答を禁ず────区隊長、準備整いました。」
「おう、じゃあお話といきましょうかね。」
死術師の衛兵に促され、区隊長自らが死者への質問を始めると騒いでいたチンピラも黙った。襲撃者側に死人が出ているか分からなかったので万が一に賭けてゴネてみたが、無駄だったことを悟ったようだ。
代わりに殺られた闘士への『悪態』が酷いが、聞くに耐えないのですぐに探心を切る。
「で、お前らがこの人達を襲ったことに間違いないな?」
『ググ……まちガイ、ナイ……。』
質問に答える霊の言葉は実際に声が聞こえているわけではなく、近くの人間の心に直接響くようなものだった。ちょうど探心で思考を探る時のそれに似ている。
やはり探心が効くのは生物だけなのだろう。それなりの人間を殺害してきたが、幽霊の声は探心で拾えた覚えがない。死霊系の魔物に注意するべきという事柄に思い至ったのは、経験の成果と言えるか。
そうしていくつかの質問で、チンピラたちも雇われて襲撃に参加したことが明らかになる。
「事実関係が明確になったようなので、そろそろ行っていいですかね?」
「ああ、後はこっちの仕事だ。」
「ではお任せします。」
いい加減食事にしたかったので、幽霊への聴取を続ける区隊長に軽く頭を下げてその場を後にした。
この襲撃のあった日以来、少なくとも下級の冒険者でカインたちを襲おうと考えるものはいなくなったようだ。襲撃者たちを容赦なく叩きのめしたことが、畏れられる結果に繋がったのであろう。
予定通り、衣のサクサクとした歯応えが嬉しいメンチカツサンドめいた昼食を済ませると、早速襲撃者から得た装備はギルド直営店で処分した。
今日一日の生活費ぐらいにはなったので文句は言うまい。
「なんだか盗賊から得た武器ばかりで悪いな。」
「いえ、武器には罪はありませんから……。」
唯一残した青銅の槍はネルフィアに使わせることにする。これも大したものではないが木の棒よりはマシだ。
直営店に来たついでに、他のメンバーの装備もアップグレードを図ることにしよう。次の狩りの獲物に備えて。




