2-28 生存すればこその諸々
収納袋なしで戦利品を運ぼうにも抜剣したままでは難しいので、[光刃]の効果が切れるまではこの場に留まることにした。[光刃]が効いたままの剣を鞘にうっかり収めると、鞘まで斬れてしまうのである。
「[治癒]、っと……。」
ひとまず脚の傷を治すにはちょうどいい。
それなりには強かったロードとの戦いを振り返ってみると、戦利品以外にも得られたものは結構大きいように思える。盾の扱いにはそれなりに熟練したつもりであるが、低姿勢からの突きを防ぐのは難しかった。
回避しながら踏み付けて動きを封じるのはちょっとした閃きではあったが、思いの外上手くいったように思う。
(盾だけにこだわることはない、か……。)
かの宮本武蔵も「いつくは死ぬる手なり、いつかざるは生きる手なり」という言葉を残している。盾による防御術は確かな強みであろうが、それだけ居着いて防御の幅────引いては戦い方の幅を狭めることはない。
相手の動きを読む段階に達した今となっては、もっとフレキシブルに対応できていいはずだ。この気付きは高みへと近付く新たな一歩ではないか。
「……行くか。」
[光刃]が切れたので、考察もそこそこに戦利品を抱えて歩き出す。脚の傷は完治していないが、出血しているのでこれぐらいの負傷はあった方が自然だろう。
他人と組むと何かと能力を制限されるのが結構なストレスとなることは分かった。これからもなるべく身内だけで仕事をしたいものだ。
それからはゴブリンロードを追ってきたベテラン勢と合流。討伐を報告して袋を回収し、新人連中を拾って街へと帰還となった。
チャンプを討ち果たしてから休む間もなく追撃に移ったベテラン勢も、数の差を連携で打ち破った新人連中にも、それなりに負傷者は多い。死者が出なかったのは、ロードが逃げ出して指揮が完全に崩壊したおかげだろう。
ロードを単身討ち果たしたことについては、称賛とやっかみが半々といったところか。
経過が評価されないのが冒険者であるなら、成果さえ上げれば認められるのもまた冒険者である。やったもん勝ちな面があることは否めない。
それでも半ば抜け駆けでロードを討伐したことを、よく思わない者はいる。他人の功績を評価せず、自分が同じ立場なら同じ功績を上げられたと考える者は、特に囮にされたと感じている新人連中に多い。この世界でソーシャルネットワークが発達していたら、多分炎上していたであろう。
謙虚さは日本人の美徳ではあると思うが、このような冒険者環境では役に立つまい。なので、堂々としておくことにした。
それに曲がりなりにも進化種をソロで討伐したのだから、実際に文句を言ってくるような奴はまずいない。ロードは想定通り倒せる強さであったが、成し遂げたことは分かりやすい実力の証明にはなる。冒険者にとって強さこそは最も尊重されるステータスなのだ。
一名を除いた今回のゴブリン退治の参加者全員に、一杯奢ることを約束して機嫌を取ったことが効いている気もするが、それはそれとして。
街に帰ったら帰ったで、ロードについての事情聴取が待っていた。特に注目を集めたのはロードが身に付けていた装備類だ。
「こいつはウチで引き取らせてもらいたいが構わないか?」
そう打診してきたのはケイデン冒険者ギルドのマスター。
なんだか影が薄いこの鼠人族の中年男性は、元一級冒険者であるらしい。
鎧はともかく剣は予備の武器としてちょっと残しておきたかったが、まあそこまでこだわるほどの物でもないので快諾。普通に直営店に売るよりは色も付けてもらえたので文句はない。
どうやらギルドで出処を詳しく調べるようだ。チャンプの方の鎧なんかは激闘でボコボコになっており、上手いこと大した傷を付けずに倒したことを誉められてしまった。
このギルマスも悪い人物ではないのだろうが、髭の受付嬢に比べると見劣りしてしまうという感想は、恐らくギルドに居るほとんどの人間の共通認識であろう。単純に現役時代の実績から考えても、特級であった受付嬢の方が上である。
本来、受付嬢がギルマスになっていてもおかしくないが、受付嬢自身が有事の際に飛び出していけるポジションを強く望んだために、現在の配置になっているのだという。
今回のことも原則女性参加禁止のゴブリン案件でなければ、きっと飛び出してきていたであろうとのことだ。何かと髭の受付嬢の方が頼りになってしまう。
(だからって油断できないんだよな、このギルマス。)
鼠人族は気配を隠すのが上手いという性質を生まれ持っており、優秀な暗殺者を排出することでも知られている。このギルマスもその手の技術を魔物相手に駆使し、一級にまでなった人物なのだ。
もちろんその技術が対人でも有効なのは言うまでもない。ギルマスという立場にありながらも影が薄いのは、当人が意図的にやっていることである。味方でいる内は心強い相手ではあるのだろう。
上司が優秀なことはありがたい一方で、そうでない者には相応の処分が下るらしい。今回離脱してしまった三級おっさんには、結構なペナルティが与えられたようである。
ゴブリン退治は難度に対しての評価点が高い分だけ、失敗した時の下げ幅も大きい。ましてや進化種が出てしまっての逃亡なので、臆病風に吹かれたのではないかという点もそれを後押ししていた。
(思ったより大きなしっぺ返しになってしまったな……別にいいけど。)
下手すると降級も有り得るらしかったが、まあ知ったこっちゃない。
とりあえず他人からヘイトを稼いでもロクなことにはならないのは分かったので、さっさと酒場に行って荒くれ共に一杯奢るとしよう。多少なりともやっかみを受けなくなると思えば安いものだ。
「帰ったぞ。」
宿の部屋をノックしてそう告げると、ほどなく鍵とドアが開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「お疲れ様です、マスター。」
奴隷たちに迎えられてようやく安堵する。朝に別れたばかりだと言うのにもう待ち遠しくなり、一杯飲んですぐに奢りも含めた払いを済ませ、さっさと切り上げてしまったほどだ。
嫁たちの顔が見たくなったから、という理由で抜け出すのは別のヘイトを稼いでしまった気もするが、まあしょうがない。独り身連中には今回の報酬で娼婦でも買ってもらって、寂しさを慰めてもらいたいところである。
ちなみに女性冒険者が男に比べて数が少ない理由のひとつに、娼婦という比較的安全な生き方が存在していることが挙げられる。
種族にもよるが、女性が性格的に戦闘向けでない場合が多いのはもちろんあるものの、なんと言っても需要が大きい。よっぽどでなければ見た目が個性的でもなんとか食っていける程度には安定しているのだ。
男娼なんかも存在しないわけではないが、どうしたって需要は少ないし、外見のハードルも高くなりがちである。悲しいことにこんなところにも「※ただしイケメンに限る」理論は偏在していた。閑話休題。
「休みはどう過ごした?」
「昼過ぎまで二人で買い物をした後は、帰ってきてそれぞれしたいことをしていました。」
[回復]をかけてもらいながら報告を受ける。買い物中に危険なことはなかったらしいので一安心。宿に戻ってからはネルフィアは縫い物を、メルーミィはシロップの製作をしていたらしい。
休みにも仕事をさせてしまったようで申し訳なく思うが、例によって本人たちは充実してるようなので、謝るのはお門違いか。
「メルーミィの服を直してたのか。」
「はい、中々合うサイズがありませんからね。」
「……無駄に大きくて申し訳ありません。」
「安心しろ、無駄なんてことはない。」
むしろ声を大にしてこれは素晴らしいものだと言いたいぐらいであった。
どれぐらい素晴らしいかを力説してもいいところだが、それは今夜の行動で示すべきだろう。




