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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
2 戦士起つ。(偽装)
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2-25 夏日の誤算

 夏の日差しの下、汗をかきながら午後のゴブリン退治も無難に進む。それが無難過ぎたことに気付いたのは、明らかにゴブリンが逃げ出すのが早くなったためだ。通常、小鬼が逃走を始めるのは何匹かが討ち取られグループが半壊してからだが、明らかに一当てしただけで逃げ出す連中が増えてきたのである。


(こいつはさっき逃げた奴……。)


早めに逃げただけあって生存できた小鬼は、別のグループに混じっていることもある。探心があれば一度見た個体を判別するのは確実だ。

そしてまたそいつらは我先にと逃げ出していく。


(誘い込まれてるな、これは。)


魔物の思考は探れないが、それでも逃走方向が概ね同じだということには、そういった意図を感じずにはいられない。それでも目的が掃討である以上は、逃げた小鬼を追うしかないのである。

明確に脅威を覚えたのはそれから少しの時を経て、探心が小鬼百匹以上の反応を捉えてからであった。しかも冒険者達が進行方向を保てば、それを包囲するのが容易な陣形で待ち伏せているとなれば尚更だ。

ここまでくれば小鬼どもが明確に戦術的な意図を持ち、誘導からの包囲殲滅を狙っていることを疑う余地はない。


(どう伝えたもんか。)


探心を隠すためには直哉な物言いはできないが、このままむざむざ罠に踏み込むのも御免である。

ということで戦闘の間の小休止時に監督役に提言。


「何か嫌な予感がするんだが。」

「というと?」

「やたら小鬼が逃げていくし、数も少ないのは妙だ。」


これに対する大半の意見は、小鬼への侮りからの「考え過ぎ」であったが、監督役も同様の『違和感』を抱いていたのである。

ただ監督役にしても確証があったわけではなく、誰かが物申さなければそのまま進めていた可能性は高い。カインの提言は渡りに船であった。


「よし、身軽な奴で偵察に行ってこい。」


ベテラン勢二名と言い出しっぺのカインで偵察に行くことになったが、当然不満は噴出する。ベテラン勢は「何もなければそれに越したことはない」と監督役になだめられつつ出発。

三人組となってそれとなく小鬼どもの様子が窺えそうな場所を探す。周辺は見通しの悪い起伏に飛んだ荒れ野であるが、布陣は大体分かっているので偵察に適した場所を見つけるのもそう難しくはない。


「な、なんじゃありゃあ……。」

「軽く百はいやがるぜ……。」


余計な仕事を割り当てられた不満を隠そうともしないベテランたちの掌が返されたのは、無軌道な小鬼が集団となっても騒ぎもせずに丘の手前で伏せている様子を、高台になった岩場の上から確認できた時だ。

戻って見たままを報告すると、二級冒険者が所見を下す。


「そこまで統制が取れてるとなると、何らかの進化種……下手するとロードが生まれた可能性があるな……。」


ゴブリンの進化種は複数存在し、その中でもゴブリンロードは最も脅威度が高いとされている。直接戦闘能力は同じ進化種であるゴブリンチャンプほどではないが、統率能力に優れたロードが多数の小鬼を従えて起こす組織的な活動は、もはやちょっとした軍隊と言って差し支えない。その規模は加速度的に増加し、放置が続けば国をも傾ける勢いが付く。

成長回数二十程度の戦士と互角とされるチャンプでさえ脅威度は十二だが、ロードが十五に設定されているのは伊達でも酔狂でもない。組織的戦闘集団を形成することが強者に立ち向かうのに何よりも有効であることを、他ならぬ人間こそがよく知っているからだ。

続けて監督役は決断を下した。


「小鬼どもを討ち取るぞ! 幸いロードだとしてもまだ弱い! 脅威となる前に潰す!」


これまでに狩った小鬼は明らかにまだ誰かに従っておらず、そういった()()が周辺に結構な数が残っていたのが、進化して日が浅い証拠なのだという。ロードの名を冠する進化種の出現は、ほぼ確実に討伐依頼が発生する案件であるからして、なるべく早期の討伐が後の被害を防ぐために重要になってくる。

それにベテラン勢が本気を出せば、それこそ包囲でもされない限りは百や二百の小鬼はなんとかなるようだ。男性は士職が多い傾向があり、新人連中には一人も師職がいないが、ベテラン勢に一人炎術師がいるのもその余裕の表れだろう。


「新人の内二名はギルドに報告に向かい、残りは続け!」


とはいえなるべく多くの戦力がいるに越したことはないので、新人連中も駆り出されることとなった。


(ちょっと報告に回りたいが……無理か。)


進化種相手となれば当然ただの小鬼退治とは危険度は段違いであり、できれば安全性を重視したかったカインであったが、自然にベテラン勢に組み込まれている空気だったので沈黙を貫くのみだ。

三級おっさんを半ば因果応報でリタイアさせたことに罪悪感があるわけではないが、ベテランの戦力が減った分だけ新人にしわ寄せが行けば、どうにも寝覚めが悪そうである。




「…………[渦炎(かえん)]。」


 炎術師の手から放たれた炎は三重螺旋の渦を巻き、大地ごと伏せていた小鬼どもを削ぎ取る。炎術師が十五回目の成長で覚えるこの技能はその威力もさることながら、とにかく射程距離が長い。確認できただけでも五百メートルは飛んでるのではないか。

幅は数メートル程度しかないが、包囲のためにハの字型の陣形で待ち伏せていた小鬼どもの片翼を一気にもぎ取るには都合がいい。炎術師版[寒波]とでも言うべき[熱波]ではこうはいかないだろう。


「続けえええぇっ!!」


敵の陣形を逆手に取った明らかにオーバーキルの技能で奇襲後、間髪入れずに二級冒険者の号令が響く。

約半数が焼け焦げた小鬼の片翼にはそれでも生き残りが四十ほどいたが、二十人からなる冒険者の突撃を受け止める余力は残っていなかった。

個人の実力も装備の質も大幅に上回るベテラン勢が先陣を切って行うそれは、正しく蹂躙である。カインもその一翼を担い、手早く最小の力で小鬼を仕留めていく。


(ペース配分は考えないとな。)


思ったより冷静に戦えていることを実感。

人間が小鬼の集団に明確に劣る部分があるとすれば、それは体力の総量であろう。如何な戦士も疲労すればパフォーマンスを落とさざるを得ない。

結晶や素材を回収している余裕もなかった。元より素材は打ち捨てている者も多かったが、今は敵が浮足立っている時間の方が価値が大きいのだ。

人類こそが小鬼よりも遥かに強く、暴力的であることを証明せんとするかのような蛮行は数分で終わったが、休んでいる暇はないようだ。続けて残り半数の小鬼が押し寄せてきた。


「いたぞロードだ!」


ベテラン勢の一人が通常の小鬼より一回り大きいサイズの個体を発見して声を上げる。だがその隣にいた個体のことは流石に予想外であった。


「なんでチャンプまでいるんだよ!?」

「知るかぁ!!」


どこで手に入れたのか鉄製の鎧兜で武装した進化種たちが居並ぶ様は、単純なる脅威。

特にチャンプは二メートル以上の巨躯に丸太のように太い上腕筋を備え、肩に担いだ戦斧が問答無用の圧力を放っていた。革装備なんぞであれをまともに受ければ、簡単に身体が千切れるだろうこと請け合いである。


「────!」


騒ぐ冒険者たちの声をかき消すように、ロードが鉄剣を指揮棒のように掲げて声を上げると、小鬼どもが横陣で仕掛けてくる。

白く輝く夏の雲だけが、この決戦の観客となった。

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