2-24 せっかくだから俺はこの赤の弁当を選ぶぜ!
「飯だ!! 並べひよっこ共!!」
監督役の大声が開けた拠点に轟き、冒険者達が列を成す。朝の依頼掲示板で慣れたものである。
ゴブリンは面倒な割に儲けが少ないだけに、ゴブリン退治の参加者を募るのは中々に苦労するのだという。達成報酬さえ大した額ではない。
三級になりたければ一度は参加しなければならない縛りの他に、ランクアップの参考にする評価点を高めに得られるなど、色々と飴と鞭が使われているのだ。
こうして昼食に弁当が出るのもそんな飴のひとつであった。
「さて、と……。」
身体を伸ばしたりしながらわざとゆっくり列に並ぶ。狙い通り最後尾になれたようだ。
これも監督役側として参加し、弁当を配る係をしている三級おっさんの企みを逆手に取るためである。午前中も機会があれば事故を装った嫌がらせをしてくるつもりだったようだが、隊列が違ったのもあって機会はなかったものの、この昼休憩ではこちらを狙い撃つ策を用意してきていたのだ。
(弁当に下剤とか微妙に手が込んでやがるよな、まったく。)
人前で直接的な暴力に訴えない程度の分別はあるようだが、それだけに手段は陰湿であった。
カインは闇討ちなどを警戒していたが、常に三人で行動していることが三級おっさんへの抑止力として働き、難を逃れている。一応その考えもあったようだが、悪事の片棒を担ぐ輩を募るには時間が足りなかったらしい。
ともあれ急場の計画にしては中々にいやらしい仕上がりではある。
体調不良になったから途中で依頼をリタイアするのは仕方ないよね、などという言い分は通らない。冒険者の評価は依頼を達成できたか否かで決まるものであり、過程でどれだけの苦労があったかは概ね考慮に値しないものだ。
用意された弁当で集団食中毒にでもなるならまだしも、一人だけが腹を下すのは単なる自己管理不十分という評価になるだろう。
これが毒であれば流石に症状から誰かに仕込まれた可能性を疑われるし、そういう意味でも下剤というチョイスはちょうどいいものであった。
ついでに人前でメルトダウンが発生してしまった場合の社会的ダメージも決して軽くはない。品位とは無縁の冒険者間で長らく嗤笑の種となることは必至である。
(間抜けな悪党って中々いないな……。)
ふとそんなことを思った。今までに遭遇した盗賊やらスリやらも、曲がりなりにも計画的に事を運ぼうとする狡猾さを備えていたものだ。
もちろんこの世界にも考えなしの小悪党がいないこともないのだろうが、その大半はカインと遭遇する前に捕まるなり死ぬなりするのだろう。ある種の必然として、寄ってくるのは悪知恵を働かせられる上澄みになるのではないか。
(っと、そろそろか。下剤入りは……あれだな。)
益体もないことを考えてる間に列が進んだ。丸太の上に並べられた紙袋の中でひとつだけ付箋のようなものが貼られており、それが目印になっているらしい。
手持ちに保存食の残りがまだあるので、この罠を回避するだけなら弁当を食べなければいいが、それでは少々不自然だし何より面白みに欠ける。
そうしてついに列には一人が残るのみとなった。
「よお新人~、しっかり食ってしっかりやってくれよなあ~。」
「ああ……ん? そこに落ちてるのは銀貨じゃないか?」
「何っ? ってなんだよ、ただの屑鉄じゃねえか……。」
「すまない、どうやら見間違いだったようだ。」
「ちっ……ほら、これがお前の分だ。残さず食えよ~。」『せいぜい苦しみやがれ。』
ぬか喜びから気を取り直した三級おっさんが紙袋を手渡してくる。もちろんそれは付箋が今貼られている方だ。
こうしてお互いにほくそ笑みながら弁当を食べることとなり、因果が巡ってくるのは一時間ほど後になった。
野菜炒めを挟んだパン及び三角パックの水で腹を満たした午後も、やることはそう変わらない。隊列をシャッフルされた結果、両端を固めるベテラン勢が監督役の二級冒険者と三級おっさんになったぐらいで、相変わらず小鬼を駆逐するだけの簡単なお仕事である。
ここ最近の狩りはネイキッドキャット中心ではあったものの、それ以外のケイデンの街周辺の魔物との戦闘はあらかた経験したように思う。儲からない上に女連れの部隊での戦闘が推奨されないゴブリンは例外であり、今日が初めてであったが、それでもなお余裕は有り余っている。
接近してきた小鬼に対し、雑に頭部に向けて剣を振り下ろすだけで片付いてしまうのだから仕方ない。しかもこの小鬼が群れるのは獲物を楽に狩るないし、敵わない相手が来たら他の同種がやられてる間に逃げ出すためという考えに基づいているようで、敵集団の一部を同時集中攻撃して食い破る、みたいな戦術性まではないのが退屈さを加速させていた。
(と、ここでだらけると並評価なんだよなあ。)
依頼の達成が何よりも重視されるのは確かだが、だからと言って依頼に臨む姿勢が全く評価されないわけではない。監督役がそういった面をチェックするのも、教導的な側面を持つゴブリン退治ならではなのだろう。
あくびを噛み殺しながら、粛々と二メートル間隔で並ぶ単横陣を維持し、寄ってくる小鬼は斬り捨て、逃げ出そうとするのは追撃して仕留めるのを繰り返す。退屈を感じないようにするのは無理だが、表面的に真面目に見えてさえいればそれでいい。
いっそ単独で群れに突っ込み、[光刃]で立て続け小鬼をぶった斬りまくれば爽快だろうな────などと想像してしまうのは、推定身長二メートル半の巨人族としては小柄な部類の新人が、丸太を振り回して数匹をまとめて薙ぎ払う様を目撃したためか。
「……ぅぐっ!」『ま、まさか……!?』
三級おっさんが腹を押さえて苦しみだしたのは、そんな頃合いであった。
わざわざ弁当の列の最後に並んだのは、弁当を配る係であるおっさんの分と、カインの分だけが残るようにするためだ。おっさんの気を逸らした隙に弁当の位置を入れ替え付箋を貼り替えることで、下剤入りの方をおっさんに押し付けたのである。
この下剤、急激な効果が期待できるらしいがどうやら事実のようだ。ロクに取り繕うこともできないまま三級おっさんは戦線を離脱していった。元より新人の一人を陥れようと仕込んだ下剤を、自分で誤飲してしまったなどという弁明ができるわけもないが。
二級冒険者も『困惑』が強いが、端を固めるベテラン勢が一人抜けてしまったことへの対策は急務であった。
「なんなんだあいつは……おい新人!」『こいつならなんとかなるか?』
「はい?」
「代わりにお前が端に行け!」
装備的に優れ、戦い振りも問題のないカインを代役にするつもりのようだ。
「了解した、小鬼どもに後ろを取られないようにすればいいんだろう?」
『ほう、分かってるじゃねえか。』「そうだ、しっかりな!」
思わぬところでお鉢が回ってきた。三級おっさんの犠牲を無駄にしないためにも、きっちり仕事をして評価を上げたいところである。
しかしここにひとつ懸念があった。カインのものではない。それはベテランである二級冒険者が培った経験から来る勘のようなもの。
『それにしても今日は小鬼の数が少ねえな……思い過ごしならいいんだが。』
この依頼、普段はもっと戦闘頻度が高いらしい。退屈なのも無理からぬ話だ。
もっとも、そう思えたのはもう少し後までであったのだが。




