2-23 革装備の真実
「いやあ、こないだは悪かったなあ新人~。今日は仲良くしようや~。」『なーんてな。』
「……そりゃどうも。」
『警戒されないよう』馴れ馴れしくしてくる三級おっさんを、ひとまず適当に受け流す。
先日、その不届きな手を打ち据えて以来は特に接点もなかったし、友好的になるような覚えもないのだから、まあ笑顔が胡散臭いことこの上ない。元より油断するつもりはないが、探心で『企み』があることは分かっている。
どうしてくれようかと大まかに対策を考えている内に時間となった。
「出発するぞ!! ひよっこ共もグズグズせずについてこい!!」
監督役である壮年の二級冒険者の男が声を張り上げ、参加者はそれに続いて移動を開始する。人数確認すらしない辺り、遅れている奴がいたとしても待ってやるほど甘くはないようだ。
この依頼は参加者の実力を試すのと並行して、戦闘経験に乏しい下級冒険者を教導する側面を持ち合わせている。ある意味、既にそれは始まっているということなのだろう。
暇潰しに目的地までの道すがら、周囲の人間を観察してみれば、同じ四級冒険者でも随分差があることが分かる。武器は銅や青銅製なら上等な部類で、大半が携えているのは木製か石製のそれであり、防具に至っては革鎧を着てる者が数人といったところか。
この世界で不遇と言っていい環境から流れ着くのが冒険者という職業だ。事前に装備を揃えられるような財産、もしくは教育を受けることによって得た知識、或いは癒術師のような貴重な天職を持ち合わせているなら、まず冒険者などにはならないで済む。
よって一般的な冒険者の初期ボーナスは微量であると言わざるを得ない。
(なんだかんだで恵まれてるよな、俺。)
転生させてくれと頼んだ覚えはないが、色々あったものの今の生活もそう悪くはない。
これがこの世界の孤児に転生し前世の知識もなく、天職もありふれた農繁士などであればどうだったか。冒険者になるのさえ苦労したであろうことが容易に想像できる。
もちろん冒険者になれても苦労は終わらない。装備も知識もないので受けられるのは賃金の安い肉体労働がせいぜいであり、貯蓄もままなるまい。まして奴隷がいたりはしないので食費は多少軽いが、十代の馬鹿みたいな性欲をどうにかするには、娼婦にそれなりの金を注ぎ込むことになったはずだ。
しかもここでケチって安い娼婦ばかり買ったりすれば、それだけ性病になるリスクが高まるというおまけ付きである。身体が唯一の資本である状況で健康を損なえば、魔物を狩りに行ける最低限の装備を得るどころか、生活さえままならないだろう。
そして首尾良く装備を整えられたとしても、知識が足りないが故の苦労は更に続く。カインはこの世界に来る以前から実際に武器を扱う機会はなくとも、剣は刃筋を立てなければ斬れないし、槍はリーチを活かして突くものという程度のことは理解できていた。それが先進国に生まれ、教育を受けられたおかげであることには疑う余地がない。
訓練場にて、先を尖らせただけの刺突専門の木槍を振り回している新米冒険者を見るに、まともな教育を受けたことのない者には、そういった基本的な武器の使い方さえ分からないことが珍しくないのだ。
当然その程度しか頭が働かないのであれば、最初から安全性や効率を考えて戦うこともできなかったであろうから、相応に寿命も短かくなること請け合いである。
異世界にでも来ないと義務教育のありがたみを実感できないというのは、なんとも皮肉な話ではあった。
(なるべく早く奴隷を購入できれば、それに越したことはないんだろうがな。)
今更奴隷の利便性については論ずるまでもないが、見た目が並以上の女奴隷ともなれば一財産だ。装備に金を回さずにそこまで稼ごうとすれば、流石に命の方が足りそうにない。
部隊を組めば多少は安全にはなるのだろうが、それだけ成長と奴隷は遠のくことになる。
もちろん男奴隷なら安く済むのだろうが、例え前世の記憶がなかったとしても、その辺を妥協することはないという確信が何故か存在したが、深くは考えまい。
あらためてネルフィアたちに感謝を捧げることを考えたりしている内に、拓けた場所に着いた。
ベンチ代わりの丸太が転がされてるぐらいで特に何もないが、ここが一応のゴブリン退治の拠点ということらしい。
「ひよっこ共、とっとと並べ!!」
監督役の号令に従い四級冒険者たちが五、六人単位で横一列に並ばされる。いわゆる単横陣か。それが人数的に三列ほど形成されると、それぞれの列の両端に三級以上の冒険者が入った。
この単横陣でそれぞれゴブリンを退治して進むことになる。ゴブリンは単体では弱くとも、常に数匹単位で群れるので面倒な魔物だ。なのでこちらも数を揃えれば負ける要素はほぼない。
ただし乱戦になるとどうしても事故は起きる。正面の敵に気を取られている内に背後から襲われる状況は、よほど敵と実力に差がなければ対処が難しい。ましてやこちらは戦闘経験が少ない者が少なからずいるのだ。
そこで単横陣を組み、正面の敵だけに集中できるようにしているのである。端をベテラン勢が固めるのは、背後に回り込もうとするゴブリンに対処するためだろう。
(この列は……俺以外はまあ普通か。)
流石に鋼クラスの装備をしている四級はカインのみである。他の連中は棍棒などをめいめいに装備しているが、本来ゴブリン相手にはそれで十分ではあった。
他の列にはカインが五級になる際に一緒に説明を受けていた、今も屈強な男奴隷を連れている装備のいい奴や、図体の割に気弱そうな巨人族がそれぞれ割り振られている。戦力的に偏らない配慮だろう。
そうしてゴブリン退治開始。
「……こんなもんか。」
あっさり午前の部は終了。きっちり準備が整っていれば苦戦するような相手ではない。カインほど明らかにゴブリンを相手にするに過剰な装備はないが、他の冒険者にも余裕があるほどだ。
開始前は緊張感のあった顔も、昼になって拠点に戻ってくれば緩んでいたのも仕方あるまい。
繁人族の子供程度の体躯しかないこの緑色の小鬼は、見た目通り子供程度の力しかないし、生命力も相応。スライムがいなければ最弱の座をノットドッグ辺りと争う程度には弱い。
ただし弱い割に知恵は回るようで、身を護るために集団を形成したり、簡単な武器や防具を使ったりはするし、投石なんかも普通にしてくる。新人がこの依頼を受ける際に、木盾程度の防具は準備するよう勧められるのはこのためだ。
なおゴブリンから手に入る素材は緑色の皮────ゴブリンレザーであり、何を隠そう一般的な革装備に用いられているのがこれであった。
人間が装備に加工する場合は鞣す過程で茶色くなるのだが、ゴブリンの場合は緑色のまま防具のようなモノに仕立てる。それもゴブリンが弱いだけによく発生し、よく死に、よく素材を残すからだろう。何せ十匹倒せば八匹は皮を残すのがゴブリンなのだ。
よって素材としての価値は二束三文であり、だからこそ革装備は安く上がるのであった。この依頼でも結晶や素材は倒した者の物にできるが、大した儲けにはならないだろう。
(まあ石や素材はともかく、収穫はあったな。)
余裕があったので、感情の逆算から動きを読む技術をゴブリン相手に試していたのだ。結果としては人間相手ほどではないが、簡単な動作は盗めることが判明。
ゴブリン以外はまだだが、魔物相手でもその都度覚えていけば役に立つだろう。




