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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
2 戦士起つ。(偽装)
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2-22 氷の微風

 地球でならメイド服にはホワイトブリムと呼ばれるヘッドドレスの一種が付き物だが、この世界のものにはそのお約束は存在しない。帝国でのメイド服も例によってそうだが、奴隷メイド達には赤や白の────自分たちで時間を掛けて色を選んだ────フリルリボンみたいなもので軽く髪をまとめさせており、それらしい感じを出すことには成功している。

傷めないよう程々の乾燥魔法を用いた髪にはまだしっとりと水気が残り、雄を惹き付ける芳香を漂わせていた。それに魅了されるのは何もカインばかりではない。


『メルーミィさん今日も美人だなぁ……匂いもすごくいいし……。』


美人過ぎる金髪耳長爆乳メイドという存在が無差別にバラ撒く圧倒的破壊力は、一人の被害者を生み出していた。メルーミィが食事をしているところに熱視線を注ぐのは、現在定宿としている宿屋の息子である。

給仕のような仕事をしながら食堂を歩き回る彼に注目してみれば、必要もないのに特定のテーブルの周囲を通る場合が多いことが分かる。

世話になっているとはいえ、何かしてやれるようなことはない。せいぜいほとんど聞こえない夜間の音を隣室から盗み聞こうとしていたり、回収されたベッドシーツを洗濯前にこっそり自分の部屋に持ち込んでいることを、見て見ぬ振りをする情けをかけてやるぐらいではないか。色を知る年頃の少年を完全に抑え付けるのは不可能に近いのだ。

思うところがないでもないが、実害がない限りは放置せざるを得ないだろう。能力バレのリスクと引き替えにするには、被害はあまりにもささやかであった。


(いっそ宿変えようかな。)


若さに任せて暴走されても困るので、それはそれとして対策は考える。それに身分証明の必要のない宿だけあって、ここの客層はお世辞にも上品とは言えないところだ。食事中に酔客に絡まれたことも一度や二度ではない。

喧嘩になってもネルフィアに比べれば判断力の低下したチンピラなんぞに、遅れを取るようなことにはならなかったが、面倒には違いないのだ。

そんなこんなで部屋に戻れば、最近の定番になったデザートの時間。


「よしメルーミィ、いつものを頼む。」

「かしこまりました、[氷弾]。」


デザートと言っても全く意味は深くない。かき氷を作るだけである。


「で、[光刃]っと。」


できれば風呂上がりにでも食べたいところだが、氷を削るのに[光刃]を用いるため人前では無理がある。かき氷を作ることを思い付いた当初は適当な刃物を用いたりしたのだが、余りにも効率が悪かったので試行錯誤を繰り返した結果、卸金(おろしがね)に[光刃]を使うという方法に落ち着いた。

何故異世界に卸金があるかと言われれば、香辛料の一種として扱われる根菜を()り下ろすためのものらしい。


「毎度のことだが気を付けてな。」

「はい、お気遣いありがとうございます。」


そして実際に氷を削るのはネルフィアの役目となる。[光刃]をカインが、氷をメルーミィが作るのだから、彼女にも何か役割を与えるのがバランス的に望ましかったからだが、実際この三人の中で最も手際が良いのも確かであった。

[光刃]でやたら鋭利になった卸金はあっという間に氷を研削するものの、うっかりすると氷を持つ手袋の指ごといってしまう恐ろしさがある。その辺ネルフィアは超越感覚を活かし、みるみる小さくなっていく氷を的確に持ち替えつつ、お前はどこの職人だよとツッコミたくなるような手技でもって、三人分を削り上げてみせるのだ。

この世界にブルーハワイなんて謎の味シロップはないので、仕上げに砂糖水────いわゆるスイを掛けて完成。

通はシロップよりスイの方が氷の味を楽しめるなどと(のたま)うらしいが、技能で生み出した氷に特有の味があるかまではちょっと分からない。まさかメルーミィ味などというものがあるとは思わんが。


「冷たくて美味しいですね。」

「ああ、やっぱり暑い時期にはこれだな。」

「…………っ!!」『頭が……!』


まあかき氷としては普通に美味い。ハイペースで食べると起こる特有の頭痛を毎度味わうメルーミィの様からも、それは確かだ。

彼女にはゆっくり食えと何度か勧めたのだが、学習能力が高いはずなのに学ばないのでもう諦めている。


「これが存分に食べられるのも二人がいてこそだ、ありがとう。」


忘れずに褒めれば、それぞれから笑顔を伴った返礼があった。

かき氷はこの世界にもリントサルという名前で存在しているが、魔道具による氷の生成は効率が悪いらしく、買うとなると結構お高い。かき氷機などもあるものの、氷の生成と削り出しの機能が一体化した重く嵩張る業務用ぐらいである。

そこへいくとこのハンドメイドかき氷で特に消費するのは、せいぜい砂糖ぐらいと大変安上がりであった。コップに山盛り作れるのがメルーミィの頭痛の原因かもしれない、という点については敢えて無視するとして。


「スイも悪くないがそろそろ別の味があってもいいな……メルーミィ、シロップとか作れるか?」

「はい、時間と予算さえいただければ。」


研究員らしい物言いで肯定されたので、やることリストに材料の買い物を追加しておく。既製品のシロップを買ってもいいのだが、せっかくの特技は活かすべきだろう。甘味のこととなると本人も乗り気だし。


「こうして色々と快適に過ごせるのはメルーミィのおかげだ。もっと胸を張っていいぞ。」

「はい、恐れ入ります。」『またお役に立てた。』


かき氷を作るのとは別に、氷を桶に入れて部屋に微風を長時間起こす魔法を使ってもらうと、それだけでも空気が循環して割と涼しい。

何かとメルーミィを便利使いしていると言われればそうだが、本人もようやく主人の役に立てる『喜び』を素直に噛み締めるようになったところだ。この調子で頑張ってもらいたいものである。

デザートを平らげ雑事を済ませると、今日も今日とて例の時間だ。ただし今日のそれは普段とは毛色が違う。


「それじゃあ頼むぞ。」

「……失礼します。」


服を脱がされベッドに先に寝転がると、後は奴隷たちに身を委ねるのみだ。かつて重症で動けなくなって以来、なんとなく服のローテーションでメイド服を着る度にやってもらうようにしていたら、自然と定番化してしまった。

メイドは主人に献身的に奉仕する存在であってほしいという、男にとってひたすら都合の良い幻想を限定的ながらも実現した天国が、今宵もベッドの上に開かれるのだ。

しかもメイドは二人いるのだから、その規模もかつての二倍と言ってよい。それぞれ経験の差があるだけに、一方はまだまだ初々しさの残る情動を、もう一方はよく馴染んだ積極性が愉しめてしまう。

またひとつ、人生には送るだけの価値があると強く実感してしまった。




「それじゃあ行ってくる。」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様。」

「マスター、どうかお気を付けて。」

「ああ、二人も楽しんでくるといい。」


 宿を移ってゴブリン退治当日朝、付いてこれない奴隷二人には一日休みを与えることにする。食費を含めて小遣いもそれなりの額を渡しておいたので、二人で買い物でもしてくるらしい。

早めに冒険者ギルドに着けば、既に結構な参加者が集まっていた。ギルドが依頼主となって定期的に出されるこの依頼を受けておきながら、ないがしろにするような剛の者はそういない。

目的はその名の通り、街の近辺に発生地があるゴブリンの間引きだ。参加者も四級から監督役の二級までと幅広い。


「よお新人~、今日はよろしく頼むぜえ~へへっ……。」


何故か笑顔の三級おっさんが参加している時点で、確定的に嫌な予感しかしないカインであった。

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