2-20 遅れてきた代表的雑魚
「ネルフィア、ちょっとこっち。」
「はい。……んっ……。」
適当な依頼を受け街を出て少し歩き、柔らかい唇を貪る。普段よりもねっとりと舌同士を絡め、彼女の中で沸き立つ『愛情』を確認した。
自分の女に手を出されそうになって刺激された独占欲を満たすためには、急にでもイチャイチャせざるを得ない。
何はなくとも隙あらばイチャイチャしてえなあ、と思うのも確かだがそれはそれとして。
「……ありがとうございます、ご主人様。」
主人の一方的な欲望の発露を、ネルフィアは心から受け容れて礼まで述べてくれた。この時点でかなり満たされてしまった感はあるが、まだ次が残っている。
「こちらこそありがとう…………………………メルーミィ。」
「は、はいマスター。」
わざと間を置いてから声を掛け、立て続けに唇と舌を貪った。
手を出されそうになったのはメルーミィなのだから、最初から放置するという選択肢はない。敢えてネルフィアを先にしたのは『次は私の番かも』という微かな想いを喚起するためであり、間を置いたのはそれがある程度膨らむのを待つためである。
しかしこれは間を置き過ぎると『やっぱり私にはそんな価値ないよね』とか思い始めてしまう諸刃の剣。素人にはおすすめできない。
素人って誰だよと思いながらも、メルーミィなりに懸命に絡みつこうとしてくる舌の動きに幸せを感じる。他の男共が羨む美女を抱き寄せ、[治癒]の効果で本来の輝きにたなびく髪を撫で梳きながらこうしていられるのだから、嬉しさもひとしおだ。
「ん……上達してきたな、偉いぞ。」
「ありがとうございます。ですが、私めなどまだまだです。」
「上達しようとしてくれるだけでも、俺は凄く嬉しいよ。」
「……はい。」
結果が伴わなければ評価されないのが社会の厳しいところであるが、キスは上達しようとするだけで高評価になってしまうのは、ある意味別の結果を出しているからではないか。もちろんキスが巧みであるのが最高評価なのは言うまでもない。
奴隷たちとのイチャイチャに確かな手応えを感じつつ、いい加減今日の依頼を達成すべく目的地に向け歩き出した。
出掛けにイチャイチャして浮かれていたせいばかりではないが、裸猫狩りにかなり慣れてきていたことが、この日は裏目に出た。
「さっぶ……!」
凍える身体を起こしながら周囲の状況を確認する。
どうやらカインを囲んでいた裸猫たちは、[寒波]によってほぼ動けないか撃破できたようだ。
このようなことになったのも、近くにいためぼしいグループが二桁の数のものしかなく、迷いつつもいけるかもと思い込んだことによる。
四匹の裸猫達が[寒波]の範囲から逃れ、カインは三匹を同時に相手取る羽目に陥ってしまった。
[寒波]を放つ必要のある多数グループを相手にする際、ネルフィアはメルーミィの傍らで護衛に付き、スリングによる投石で主人の援護を行うのが定石であるが、裸猫の一匹が迫ってきたためにこれを断念。
動きの鈍った残りが動けるようになってしまえば囲まれて終わりという状況となり、カインは速やかに周囲の三匹を排除しようと試みるも、一匹の攻撃を受け流して隙を生み出しても、残りの二匹にそれをカバーされてしまう。
逆に飽和攻撃を受け脚を麻痺させられた時点で、通常の方法での打開は不可能と判断せざるを得なくなった。盾を剣で打ち鳴らして合図を送り、頃合いを見て地面に伏せる。
突然獲物が攻撃をやめようともその隙を逃す裸猫たちではなく、爪や牙によって加えられる攻撃に容赦はない。鋼の盾を頭に被るようにしていたため致命傷こそないが、麻痺毒は十分に人間を仕留める量であっただろう。
そこにこの戦闘で二発目の[寒波]が襲い掛かった。剣で盾を二回打ち鳴らす合図は、自分ごと巻き込んで[寒波]を撃つようにという指示であり、伏せたのはそれに備えるためだったのだ。
(……キツいがなんとかなったか。)
身体が鈍いのは[寒波]による影響であろうが、伏せる直前に麻痺解しを服用したのが功を奏し、伏せてる間に受けた麻痺毒を中和することに成功している。鋼の盾を購入しておいたのも、危機を切り抜けるのに一役買ってくれたのではないか。ともあれ自分ごと敵を巻き込んで[寒波]を使わせる状況の想定はしており、辛くも思惑通りの結果となった。
致命傷がないとはいえ体中がそれなりに痛む。麻痺とは別に普通にダメージがあるのだ。それでも伏せていた分だけ軽微で済んだ[寒波]の影響からいち早く脱すると、裸猫の残党を鋼の剣を振るって仕留めた。一発目の[寒波]を喰らっていた連中は二発目で掃討されたようだ。
自己の安全が確保されてようやく奴隷たちの方の様子を見やると、メルーミィが集中状態を維持しつつ技能のインターバルが過ぎるのを待ち、その時間をネルフィアが裸猫を引きつけ稼いでいる。
インターバル中でも集中自体は可能であり、それが明け次第散弾式[氷弾]で最後の一匹を仕留めるつもりなのだろう。
問題なさそうなことを確認し、ようやく[治癒]を使用できた。
「何匹も敵を逃してしまい申し訳ありません、マスター。」
「いいって、これはどちらかというと俺の判断ミスだ。」
戦闘後に頭を下げてきたメルーミィをなだめる。多過ぎる敵を狙ってしまったことは猛省すべき点だろう。成長もあったし、[寒波]の使い勝手の良さに調子に乗り過ぎていた。
「それよりもメルーミィのおかげで助かった。これからも必要な時は躊躇なく俺ごとやるように頼むぞ。」
「は、はい。」
正直そんな状況はあんまりあって欲しくはないが、死ぬよりはマシか。やはり失敗は「これぐらいならいける」と思った時に起こるのだ。あらためて慎重さが重要であることを実感する。
それに対状態異常装備の必要性も痛感した。麻痺毒を防ぐ効果のある装備があれば、ここまで追い詰められなかったはずだ。今後のことを考えても、その手の装備を揃えるのは悪い話ではない。
ここしばらくの稼ぎでカインの剣と盾は鋼のものを購入していたが、麻痺を防げる効果を持つ装備は順当に高価であり、素材はあるので製作の方が安くつく。
しかし装備製作を頼めるツテなどない以上、ギルドに鍛冶屋を紹介してもらう必要があるのだが、そのためには三級冒険者となる必要があったのだった。
「三級になりてえならまずはゴブリン退治に参加するだよ。」
髭の受付嬢に三級にランクアップするための条件を聞けば、返ってきたのがこれである。
四級は実力に関係なく最低限働ける能力さえあれば誰でもなれるものだが、三級には護衛などの依頼が許可される関係上、どうしてもそれなりの戦闘能力が求められるのだ。
他にも一定期間に依頼を一定数以上達成するなどの条件はあるが、ギルドから出されるゴブリン退治には必ず参加しなければならない。
依頼を監督するベテラン冒険者によって、その戦い振りはもちろんのこと、他の冒険者と協調できるかなどを実地で量る必要があるからだ。
参加者がゴブリンにも勝てないクソ雑魚だった場合も死人を出したいわけではないので、いざとなればベテラン勢で対処できるゴブリン辺りが、試験にちょうどいい魔物とされていた。
「まあおめえなら大丈夫だよ。けんど、その奴隷は連れてけねえだ。」
明らかに魔物を狩って稼いでいるカイン達は、他の国で冒険者をしていたのではないかとギルド側からは思われているが、実力はともかくゴブリン退治に奴隷を連れていけないのは、単純に女性だからだ。
ゴブリンなどの亜人系の魔物に共通する特徴として、一方の性別しか存在せず、繁殖欲旺盛であることが挙げられる。
魔獣系の魔物などでも繁殖で増えることはあるが、それは発生地がその魔物で飽和状態となり、それ以上自然発生しなくなった後に起こるものなのだ。
牡しかいないゴブリンは飽和状態と関係なく他の牝の動物────人間を主に使って繁殖しようとするのである。
弱くとも数が増えると厄介なこの魔物に対し、女性がなるべく関わらないよう配慮されるのは当然であり、女性冒険者はまた別のことで実力を量られるらしかった。




