2-19 平均的中堅冒険者像 ※当社比
菓子類の作製に結果を求めるなら、材料の正確な計量及び所定の手順の厳守が必要となる。さながら化学実験の様相を呈するそれは、子供の小遣いでなるべく多量の菓子を口にするために、メルーミィが身に付けた技術だった。
それは研究者という職業に就くために役立った経験であり、恐らく丸太呼ばわりされることになった原因でもあるのだから、本当に人生とは分からない。
(腹にまで肉が付くわけだ。)
甘味を与えたことで気持ち積極的になった奴隷二人との甘い時間を過ごし、三人で寝るには少々手狭なダブルベッドで微睡みながら、メルーミィの人生の一面を探り当てる。
(機会があれば何か作らせてみてもいいか。)
彼女は菓子の調理から長じて、料理の腕も結構なものを持っているようだ。成人とみなされる年になってからは一人暮らしを始め、それなりに自炊経験も豊富と来ている。
ちなみにネルフィアは母親から教わった料理経験がほぼ全てであり、それもできるのは最低限の煮炊き程度だった。現状は外食がメインなので問題ないし、下手するとカインの方が引き出しが多いぐらいだが、あまり多くを望んでも仕方あるまい。
心のリストに新たな項目を追加しつつ、家を買った未来に想いを馳せた。料理の担当をメルーミィに任せたいと思える程度には、もう彼女に情が移っている。風呂にも三人で入りたくなるだろうから、ついでに湯船の想定サイズを更に大きく修正。
カインが戦士でないことを知ってしまった奴隷を手放すという選択肢は元よりないが、それはそれだ。
(この感触が幸せ過ぎるから仕方ないな。)
ベッドが狭いことは必ずしもマイナス要素ばかりではない。ともすれば遠慮がちになる奴隷たちに、ベッドから落ちないようにという名目を与えることで、素晴らしい感触を伴う密着度が高まるのである。
メルーミィからの好感度はまだまだ満足できるほどではないが、肉感的なそれは別腹を満たすには十分だ。
対策が必要なマイナス要素は、最近暑くなってきたことだが、これも魔法や氷術師の力でなんとかできるだろうとは思えた。むしろメルーミィが役に立つと持ち上げるための、新たな要素足り得るのではないかという期待さえあるのだ。
その夜は、効果的な部屋の冷やし方を考えている途中で意識が遠のいた。
メルーミィを購入して十日ほどが過ぎた。
魔物狩りをしながら依頼を遂行し、稼いだ金で装備を整え、全員が一度ずつ成長を果たし、何日か置きに休む日常は安定しつつも充実している。
その生活の中で、メルーミィは奴隷として急速に馴染んでいった。自己評価が低いということは、他者の命令を受け入れやすいということであり、皮肉にも奴隷としての適性は高い。
誰かに適切な方針を示してもらえれば、それに従うだけの方が楽といえば楽なのだ。支配者及び被支配者が生まれるのは、社会性を獲得した生物の自然な姿であろう。
それも当初は『自分では奴隷すらまともに務まらない』という姿勢だったが、今では『奴隷としてなら主人の傍に侍ることが許される』と思う程度には、己に価値を見出している。
もっと自信があってもいいとは思うが、何せ原因は半生に渡るほど根深い。これを一気に変えようと思えば、洗脳や催眠みたいなものが必要になるだろう。しかも薬物などを使うレベルの。
興味がなくもないものの、流石に洗脳などを施すのは抵抗があるし、元よりそんな技術は持ち合わせていないので、皮算用に過ぎないが。
こうも四六時中一緒にいれば、ストックホルム症候群のひとつも発症してもおかしくはないので、緩い洗脳に近いのではないかという意見は棚上げとする。閑話休題。
そうしてメルーミィに自分を認めさせた分だけ、主人に対しての『忠誠心』も芽生えた。
ネルフィアは曲がりなりにも最初から主人への献身を持ち合わせており、それに比べるとメルーミィには苦労させられたものの、それだけの甲斐はあったと言える。
彼女がベッドの中でも確かな『幸福』と『感謝』を覚えるようになったのは、不断の努力の結実であろう。主に『感謝』の方は、如何に自分が恵まれた環境にいるかを先輩奴隷から教育された賜物だ。
それはそれで『自分がこんなに幸せで許されるのか』などと、また面倒臭いことを考え出している始末なのは、時間がどうにかしてくれると信じたい。
身動きが取れないよう組み敷かれるのが、より強く求められてる感がしてお気に入り、ということが判明している程度には理解も進んだので、大丈夫なのではないか。
ともあれ金と好感度は順調に稼げていってるので、愛情が芽生えるのも時間の問題と思っていいだろう。おかげで毎日が楽しい。
ただ、良いことばかりではない。メルーミィに輝きが増し、それ以前からあった美貌の噂が冒険者の間で広まると、ロクでもない連中が寄ってくるようになったのだ。主人がまだ四級のほぼ新人冒険者であることも無関係ではない。
「よお新入り~。」
朝方の冒険者ギルドで声を掛けてきたのは、下卑た笑顔を浮かべ下心を隠そうともしない繁人族の中年男性。
主にソロないし野良部隊で活動しているこの三級冒険者のおっさんは、手は足りてると何度断っても誘いを掛けてくる。しかも入ってやるとばかりの上から目線で。固定部隊なしでは、これぐらい図太くないとやっていけないのだろう。
天職は戦士で腕前は中の上ぐらいらしいが、人の奴隷及び奴隷嫁を「減るもんじゃなし俺にも貸せよ」などと言って憚らない厚かましさは別にしても、勇者の技能を見せるわけにはいかないので答えは決まりきっている。
「お断りします。」
「遠慮すんなよ~、嫁で手一杯だろうから金髪おっぱいちゃんは俺が面倒見てやるからさあ~……ぃでっ!」
メルーミィの豊満な胸部に伸ばしてきた手を、鞘が付いたままの銅の剣で叩き落とす。先日の別れ際には『次はあのおっぱいを揉んでやる』などと、不埒なことを考えていたので警戒していたのだ。
「てめえ……!」
「手癖の悪い奴がいるようだな。」
逆恨みで暴力に訴えようと思ったようだが、ここが受付嬢の眼が光る冒険者ギルドであることを思い出した三級おっさんは、舌打ちをして退いた。
『覚えてやがれ』などとまるで三下のようなことも考えているが、ここは素直に三級おっさんのヘイトを稼いでしまったことは覚えておくべきか。復讐に来ないとも限らない。
冒険者とは実力と体面によって成り立つ職業だ。ナメられれば同業者からも搾取されるだけであり、ナメられないためにも荒くれざるを得ない、といった部分があるのだろう。
揉め事は避けたいが、搾取される側に回るよりはマシなので、例え多少の恨みを買ったとしても迎撃あるのみだ。
何より荒くれ者の汚い手でメルーミィに触れられるなど、到底許容できない。苦労した分だけ独占欲も肥大してしまっているのだから。
『私めなんかのために……。』「……ありがとうございます、マスター。」
「別にいいさ、俺の大事な人を守るのは当然だ。」
「はい。」『大事な……。』
ここは謝罪ではなく感謝を伝える場面だということは、流石の彼女も学習していた。思わぬタイミングで好感度も稼げたので、若干プラスと考えていいか。こういう積み重ねが大事なのだ。
じわりじわりと心を侵食していくようで、あたかもストラテジーゲーム的な征服欲が満たされていくのは、ちょっとした副産物ではあった。
好感度が上がらない回答例:
「別にいいさ、俺の真の仲間を守るのは当然だ。」
「は、はあ。」『真の……?』




