2-18 新たな日常の飴と鞭
カツ的な肉フライはもちろん美味いが、むしろ一緒にパンに挟まれていた野菜の歯応えがいい仕事をしていた弁当を平らげると、また買うことに決めて午後の狩りに繰り出す。
食事は重要だ。欠かせば精神力の自然回復に悪影響を及ぼすため、師職であろうとも腹が減っては戦はできない。
「三匹だな、さっそく[氷弾]を頼むぞ。」
三匹までを少数グループとして見なすのは、単純に一人で一匹を担当できる数であるためだ。午後一番で[氷弾]の新しい使い方を試す機会が訪れた。
手筈通りにカインとネルフィアで一匹ずつに当たり、残りをメルーミィが[氷弾]で狙う。
[氷弾]での攻撃目標は、位置的に他の裸猫に隠れる形で多少狙い難そうだったが、この時メルーミィは集中を行いながら、自然と狙いやすいよう立ち位置を調整していた。
戦闘状況は流動的に変化するものであり、例え一秒程度であっても予測は難しい。しかも通常、集中している間は周囲の状況は見えない。集中に加えて、どの相手を狙うかを位置取りも含めて判断する時間が必要になる。
だが集中しながら行動できる氷術師の特性は、状況の推移を見ながらの迅速かつ適切な火力支援を可能としていた。
「……[氷弾]!」
前線の二人が裸猫にぶつかる直前、標的を狙える位置から[氷弾]が放たれる。しかし、ここまでしても余裕で回避するのがネイキッドキャットという脅威度七の魔物だ。
そして本能的に回避行動を取ろうとした裸猫が目にしたのは、飛来物同士が中空で衝突する様であった。
「────!」
氷の礫同士が衝突したことで砕け散り、飛散した細かな破片の範囲と密度は、裸猫の回避力を上回る。鈍い叫びを上げて裸猫が地面に沈んだ。
程なく残りの二匹も順番に銅の剣によって同様となり、状況終了。午前中に手傷を負ったいずれとも同じ数の相手であったが、今回は完勝と言えるだろう。
まずは良い仕事をした奴隷たちを褒めることにする。
「よし、二人共よくやったぞ。」
「ありがとうございます。」
「恐れ入ります。」『こんなに上手くいくなんて……。』
礫同士が衝突したのは、もちろんメルーミィの操作によるものである。
カインのアイデアは、敵の間近で氷の礫を散弾のように弾けさせられないか、というものだった。この発想は某ロボット対戦ゲームで、撃った弾が一定距離を直進すると散弾に変化する、という武器から来ている。
しかしこの案はそのまま実現できなかった。礫を空中でいきなり分解するような操作は、行うことができなかったためだ。
そこで礫同士を衝突させ粉砕することで、散弾と化すアイデアを出したのはメルーミィの方であった。[氷弾]の操作ミスで礫同士をぶつけてしまい、礫を割ってしまった経験が彼女にこの発想をもたらしたのである。
カインもそれを受け、礫の形状を割れ易く飛散し易いものにしてはどうかというアイデアを更に捻出。先程放たれた[氷弾]には、そういったものたちが詰め込まれていた。
この散弾式とでも言うべき[氷弾]は、通常のそれに比べて威力は低いが、裸猫のように相手次第では有効だろう。
「新しい[氷弾]のやり方は中々良さ気のようだな。大したもんだ。」
「そんな……マスターのお考えがあればこそです。」
「君の考えも入ってるし、実行したのも君だがね。まあ突き詰めればもっと効率的な礫の形状とかもあるだろうから、その辺は色々試してみてくれ。」
「はい、かしこまりました。」『私なんかでもお役に立てるかも……。』
多少は気持ちを前向きにできた気がする。元より研究者肌である彼女には、この手のトライアンドエラーは得意分野だろう。
何よりこういった成功体験の積み重ねが、メルーミィに冒険者としての自信を付けさせるに違いない。多くのことで自信を喪失した彼女の中で、魔物との戦いではそこまで致命的な失敗がないのだ。
それでも師職は体力的に劣り、士職に比べて扱いが悪い風潮もあって、あまり活躍できていないと本人は思い込んでいるが、今までの戦い振りを見る限りはそうでもない。
(やっぱり考えながらちゃんと動けてるな。)
集中しながらの位置取りの調整は、特に[寒波]を使う時に真価が発揮される。集中時間そのものが長く、より多くの敵を巻き込むためには、位置取りが重要になるからだ。
どの位置でどの程度の範囲で[寒波]を放つのが最も効率的か、午前の狩りでもメルーミィは的確に考えながら実践できていた。それが種族的な地頭の良さによるかはともかく、彼女の実力には違いない。
(それに技能のコントロールも精緻だ……思ったより良い買い物だった。)
カインの説明を理解し、アイデアを重ね、即座に散弾式[氷弾]を実現してみせた手際はかなりのものだ。
礫を飛散し易い形状に生成したり、軌道を操作してぶつけたりするのには、どちらかだけでもそれなりの技量が必要であろう。ほぼぶっつけ本番で両方をこなしてみせた彼女の手腕は、贔屓目に見ても凡庸とは言い難い。
そんな具合にメルーミィに新たな武器を備えさせることに成功し、午後の狩りは快調に進んだ。人数が増えた分だけ一人頭の魔素吸収量は減っているはずだが、それ以上に効率は上がっている。
「お、やっと出たか。」
日も傾きかけた頃、結晶とは別に素材がひとつ残った。裸猫の前足と思われるネイキッドハンドだ。前足ではなく手なのかは疑問の残るところではある。
肉球の感触が妙に良いこの素材は、麻痺毒に関する装備製作に使えるらしい。
トカゲの時もそうだったが、この手の状態異常関連素材は総じて入手が難しい傾向がある。この猫の手も三十匹倒してようやく出るかどうか、といったところらしい。忙しくても借りられそうにない貴重さであった。
「キリもいいし、今日はこの辺にしておこう。」
「はい。」
「…………はい。」『疲れた……。』
素材も出たところで、例によって余裕を持って狩りを切り上げる。少し前まで研究ばかりしていたせいで、腹回りに肉が付いてしまった若干一名がキツそうだが、ある程度は仕方あるまい。[回復]は無限には施せないし、最低限の体力を付けるためにも疲労してもらう必要はある。何よりこれからもこの生活は続くのだ。慣れてもらうしかない。
流石に街が見えたら[回復]を使ってもいいかと思いつつ、帰路につく。
猫の手は残しておくとして、結晶の換金と依頼達成の報酬だけでも結構な稼ぎとなった。もう一日同じように稼げれば、鋼の剣を買ってもお釣りがくるはずだ。
(まあ先に買うのは盾になるか。)
今日一日で木の盾はボロボロになっていた。積極的に裸猫の爪を弾いた結果である。もう盾をアップグレードしてしまってもいいが、今の手持ちだと買えるのは鉄の盾がせいぜいだ。どうせなら以前と同等以上の装備を揃えたい。
とりあえず今の木の盾は処分し、明日にでも同じものを購入しておくことにする。安い装備は使い潰すつもりで使っていけるのが利点だ。
風呂上がりに屋台に寄る。まとまった金が入ったら買おうと思って目を付けていたところだ。
「十枚ください。」
「はぁい、毎度どうもね。」
人の良さそうな狸人族のおばちゃんから受け取った紙袋には、板状の焼き菓子が入っている。ただし使われているのは蜜ではなく砂糖だ。
王国では花から蜜を生産していたが、この辺では砂糖を生産しているのだという。一般に出回っているのは黒糖で、白い方も一応あるらしいが、そちらは高級品という扱いである。
「これは食事の後にな。頑張ったご褒美だ。」
「はい、ありがとうございます。」
甘いものも割と久々だ。三人で食べる量を買ったつもりだが、この期に及んでもそれが自分に与えられるとは思わない奴隷がいた。
「…………。」
「ほら、メルーミィもちゃんとご主人様にお礼を言いなさい。」
「えっ? 私めなどによろしいのですか?」
「ああ、メルーミィも食べていいぞ。」
奴隷に食事を与えるのは義務であるが、このような嗜好品は当然別である。一般的な奴隷の扱いとして、こういったことはやはり珍しいのだろう。
「ありがとうございますマスター! 身に余る光栄です!」
「お、おう。」
焼き菓子ひとつでそんな大げさなとも思うが、本来奴隷となった時点で縁遠いはずの甘味が得られた望外の喜びは、思いの外大きい。さしものメルーミィもやはり女子ということなのか。
宿に帰るまでの間、やや浮かれたメルーミィが「これが当然と思わないように。ご主人様への感謝を常に忘れてはいけませんよ。」などとネルフィアに言い含められていた。
教育という名の鞭の担当はネルフィアの領分なので、何も言うまい。主人としては適度に飴を与えるのみである。




