2-17 毛の無き者たちの攻防
草を掻き分け姿を表したのは猫だ。一見、地球のスフィンクス種のようだが、よく見ればそれよりもはっきりと体毛がなく、大型犬サイズで愛らしさもない。身体だけでなく敵意も剥き出しだし。
「ネイキッドキャットか。」
資料によれば、爪に麻痺毒を持つ厄介な魔物だ。脅威度は七。
麻痺毒は数分で自然治癒し、喰らってもその部位が痺れる程度だが、続けて受ければやがて全身に回り、呼吸すら困難になるという。
しかも猫だけあって身軽で素早く、回避能力が高い。全身剥き出しのためか、防御力がほぼないのが救いか。
「俺が動けなくなるようだったらカバー頼む。」
奴隷たちに指示を出して魔物との距離を詰める。
薬草摘みの間に[加速]は切れていたが、仮にあったとしても裸猫の動きはまだこちらよりも素早かっただろう。左右に跳ねてフェイントを交えながら飛び掛かってくる。そして獲物を痺れさせんと伸ばしたその爪は、木の盾に傷を刻むだけで終わった。
髭の受付嬢に比べればまるで遅く、十分対応できる速度だ。
「──────!!」
盾を右から左へと払った動きと連動し、剣による突きが裸猫の身体に深々と刺さる。修練の成果による滑らかな回転動作は、柔らかい裸猫の肌を貫くのに十分な威力を伴っていた。
「ぬんッ! ……なるほど。」
斬り払いながら剣を抜くのも軽い手応え。そのまま魔物も消えていく。
回避型であるためか本当に紙防御のようだ。普通にやると攻撃を当てるのは苦労するのだろうが、探心でタイミングを読み、防御からの流れるような反撃を高精度で決められるようになった今では、相性はかなり良いと言える。
とはいえ純粋な速さは裸猫の方が上だ。回り込まれてメルーミィを狙われないよう警戒し、麻痺にも注意する必要があるだろう。
「ええと……あったあった。よし、これをひとつずつ持っておいてくれ。」
回収した結晶を袋に入れ、代わりに取り出したのは三錠の黄色い薬剤。
「麻痺解しですね。」
王国を脱出する前に用意した物資のひとつで、買った時にはネルフィアもいたので憶えていたようだ。
その名の通り、魔物の麻痺毒を中和する薬である。これを取り出したのは、今日の狩場を裸猫に定めたからに他ならない。
元より薬草を摘み終えれば、近場の魔物発生地に足を伸ばそうとは思っていたが、先程までこれといった決め手はなかったところだ。実際に戦った経験は判断材料としてこの上ないだろう。
「使わないに越したことはないが、いざという時に備えておかねばな。」
「私めなどにはもったいないと思いますが……。」
「もちろん必要なら自分で飲んでもらうこともあるが、重度の麻痺となるとまともに動けなくなるからな。誰かが飲ませる必要がある。俺やネルフィアがそうなった時のために、君にも持っていて欲しい。」
「そ、そうですね……浅慮でした。申し訳ありませんマスター。」
メルーミィを説き伏せ、麻痺解しを渡す。相変わらずの感じだが、まあ一朝一夕ではそう変わるまい。
大事なのは継続することだ。部隊の一員として有事の際に行動する役目を与えることは、彼女の自尊心を育む一助となるはずである。
ちなみにこの薬が効くのはあくまで麻痺毒のみであり、感電による麻痺などには効果はないらしい。[雷撃]を使える天職の持ち主は滅多にいないはずなので、そこまで気にする必要はなかろうが。
「まあ何か意見があれば出してくれ。俺だけで全てに正しい判断を下せるわけではないしな。」
「……はい。」
一応の了承は取れたが、『私めの意見でかえって迷わせてしまうかも……。』などとも思っているので、まだまだ先は長そうだ。
何度か魔物を蹴散らしつつ、カインも手伝って規定量の薬草を手早く採取し終えると南へ。草の背が徐々に低くなっていき、昼前には草原となった。探心も裸猫の反応を多数捉えており、情報通りここが発生地で間違いないだろう。
「早速来たな。手筈通りいこう。」
小丘の向こう側からこちらを伺っていた裸猫が二匹、飛び出してきた。まあ分かっていて近付いたわけだが。
先に来た一匹を難なく盾でいなして仕留めると、その隙を突かんともう一匹も走り込んでくる。そこにメルーミィの[氷弾]が────刺さらなかった。
「はぁっ!」
ひらりと[氷弾]を避けて飛び掛かってこようとした裸猫を、ネルフィアが棒で牽制してカバーしてくれた。標的がネルフィアに移らない内に素早くもう一匹の裸猫に駆け寄り、爪を弾いてこちらも仕留める。
結果だけ見れば無難に勝てた。だがメルーミィは落ち込むんだろうなと思えば案の定、申し訳なさを顔面に貼り付けてこちらに歩いてくるのだ。
少々のめんどくっせえなあという気持ちを抑えつつ、先手を打って声を掛ける。
「外したことはいちいち気にせんでいいぞ。それに今のは俺の指示が行き届いてなかった。」
「……お気遣いありがとうございます。」
「とりあえず次はもうちょっと散らして撃ってみてくれるか。」
裸猫は脆いので命中重視の方がいいだろう。と思ったが、これもそれほど効果を挙げられなかった。
せいぜい掠めるのがいいところで、その後も[氷弾]で命中を取ることはできないまま、昼になる。
(どうしたもんか。)
[氷弾]では有効打を与えられないまま休憩。豚カツに似た肉のフライを、パンでサンドした弁当をかじりながら対策を練る。
裸猫は想像以上に回避が巧みな奴だ。それこそ、攻撃に意識を集中させる瞬間でも狙わなければ当てられないだろうが、遠距離からとなるとそれも難しいか。
範囲攻撃の[寒波]なら問題なく当てられるが、毎回使うにはいくら精神力に優れる氷術師と言えども消耗が激しい。三匹以下の少数相手には、[氷弾]で対応してほしいのも事実だ。
毛がないせいか[寒波]を喰らった裸猫の動きは目に見えて悪くなるので、多数のグループを狩る分にはむしろ問題ない。しかし少数を放置し、多数だけ狙うというのも効率が悪いだろう。毎回上手いこと近くに多数グループがいるわけではないし、わざわざ少数を回避して時間を取られるのでは本末転倒だ。
しかも迂闊に回避してしまえば、下手すれば多数グループとの戦闘中に挟撃される危険性まである。
午前中、カインとネルフィアは一度ずつ負傷して軽度の麻痺を受けたが、いずれも[氷弾]で敵を排していれば防げた状況であった。
『私めはなんと無駄飯喰らいなのか……。』
メルーミィもそれが分かっているので、沈み込んでいるのだ。
(ショットガンみたいに撃てたら当てられるとは思うが……。)
当てるためには、散弾のように小さな礫をバラ撒けばいいのではないか、というイメージはある。
しかし[氷弾]で操作できるのは礫の形状と軌道だ。礫を小さくすることはできるだろうが、数を大量に増やすことまではできない。
それに最初から小さい礫を飛ばしても、威力がすぐに減衰してしまう。質量に関係なく初速が一定までしか出せない以上、弾はある程度大きい方が有効なのだ。
(散弾……ひょっとしたらこれなら……。)
関係する記憶を探り、その中から引っ張り出したあるイメージが、ひとつの思い付きを与えてくれる。
「メルーミィ、試してほしいことがある。」
ダメで元々という気持ちで、思い付きの説明に休憩時間を費やした。




