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勇者の初期装備は3D  作者: 無捻無双
1 勇者死す。(推定)
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1-7 乙女座の別れ

 軽く後始末を終え、火照りの残る身体を冷まそうと窓の木戸を開けば、星が見えた。


「……やっぱ平行世界なんかな。」


星座にそれほど詳しいわけではなかったが、それでも自分の誕生日に割り当てられた十二星座ぐらいはどんな形だったか知っている。よく似た形のそれがこの世界の夜空にもあったが、明らかに覚えのない明るい星がいくつか見受けられた。この世界が惑星と仮定して、おおまかな公転周期と星座の一致は偶然というレベルではないだろう。とはいえ確かめようのない推測に過ぎない。考えても答えの出ないことと割り切り、窓を閉めるとベッドに戻った。

ネルフィアは既に静かな寝息を立てている。今夜もある意味で最も重要な仕事を任せた結果だ。昼のスライム狩りでは大して役に立てた場面がなかったことを気にして妙に張り切ってくれたのだが、ノアとしてもそれに応えるのは(やぶさ)かではない。多少執拗になってしまったのは反省すべき点だが、最終的には探心のおかげでスウィートスポットを確認できたのでよしとしよう。

俺たちの冒険は始まったばかりだ。




 翌朝、別に連載が打ち切られたりすることもなく起き出す。ネルフィアはいなかった。特に命令のない時は、個人の裁量で主人のために動くよう許可を与えているので、そのためだろうと思って心配はしない。

服を着る前に鏡の前で軽くポージングしてみる。心なしか引き締まった肉体は成長の成果だろう。軽い満足感を得ると、今度こそ簡素な下着とシャツとズボンを着て、紐で固定するサンダルらしきものを履く。

そこでふと思う。この世界、ゴム製品はまだないのではないか。ゴーレム車の車輪もタイヤではなく鉄か何かだった。一儲けできるかなと思ったがすぐその考えは消えた。この世界にゴムの木自体が存在するかがまず不明瞭であるし、どんな木だったかもよく覚えていないので、探し歩くのも無理だろう。

仮に何もかもが首尾よくいったとしても、製品を作り収入を得るまでにはどれほどの時間と投資が必要か。やはり異世界は一筋縄ではいかないようだ。


「お目覚めでしたか。おはようございます、ご主人様。」


朝食を持って入ってきたネルフィアが頭を下げる。全裸でポージングをしてる時に入られなくてよかった。そこでネルフィアの感情を探れず、探心が働いていなかったことに気付く。使えなくなったのかと慌てたが、使おうと思えばすぐに探心は働き出した。どうやら使いたくない時には、探心をオフにできるようになったようだ。

能力の進化が起こった引き金はやはり成長なのだろう。またひとつ楽しみが増えた。




 この日は午前中からスライムの居る狩場に出向いた。メンバーは昨日と変わらず、ノアの両手首には絆の腕輪が装着され、それぞれチャラ兵士と無口兵士のものと同期している。もう二度成長させることで、勇者に次の技能[治癒]を覚えさせるのが目的である。

兵士たちはノアを挟む形で離れ、ラインを形成しスライムをローラー作戦で狩っていく。もちろんノアもネルフィアを伴って狩りを進める。[治癒]を覚えた時点でついに自活を始めることになるようだが、それまでに狩りで自分で仕留めた分の結晶や素材は国が買い取り、旅立つ際の支度金とは別に支給される。今から稼いでおくのは悪い話ではなかった。

昨日は[魔撃]で浮かれてそれほど試す機会がなかったが、運動面においても成長の恩恵は素晴らしい。昨日はそれなりに手こずったスライムを倒すのに十分な余裕がある。もはや攻撃を受けることさえまずない。

天職によって一度の成長での身体能力の上昇幅は異なり、これは一般的には戦士が最も高いとされるが、勇者はその戦士とほぼ同等とされる。そして王城の警備を任される近衛兵というエリートともなれば、そのほとんどが戦士であった。


「ふう……頼めるか。」

「はい、[回復]。」


当然今近くにいる二人も戦士であり、その成長回数は二桁を超える。ジュラルミン製の鎧は鉄製のそれに比べ軽いが、流石にノアの今の服よりは重く動き難い。それでもなおノアより掃討速度が上なのだ。[回復]がなければ昼前のライン維持は困難であっただろう。これが近衛兵では下っ端である。あのナイスミドル団長が、勇者を不要としたがるのも分かる気がした。


「昨日早めに引き上げたっスから、その分押してるんスよね。」


昼休憩に入り雑談する。評価に響くのでできれば今日中に終わらせたいらしい。近衛兵団長の意見はともかく、召喚された勇者を最低限[治癒]が使えるようになるまで成長させるのは王命である。

このチャラい兵士にも、立場的に板挟みになるようなことがあるのだろうと、昼食の携行食を(かじ)りながら思う。固いパンみたいなものだが、保存のためか塩気が強いのが運動後にはありがたい。


「まあこの感じならなんとか今日で大丈夫スよ。」

「ならいいんだが。」


予定が遅れ気味の原因であることを心苦しいとまでは思わないが、一応全力は尽くしている。昼休憩前に成長があったので掃討速度は更に上がるだろう。だが探心には特に変化がないように思う。成長が足りないのだろうか。まさかこれで頭打ちということはないと思いたいが。


「ネルフィアもありがとう、[回復]は助かる。」

「恐れ入ります。」

「あと何回いけたっけ?」

「昼前に二回使ったのであと二回……無理をすれば三回ですね。」

「まあ二回だな。タイミングは指示するから、昼過ぎも頼む。いざという時のフォローもな。」


無理のない範囲で日に四回の[回復]がネルフィアの限界だった。成長により精神力の上限は増えるが、賦活師の一度のみの成長ではこのぐらいが普通である。

スライムに張り付かれた時のことも頼んでおく。更なる身体能力の向上に加え、探心があればまずないとは思うが経験上、失敗は「これぐらいはいけるだろう」と思った時に起こるのが大半だ。転ばぬ先の杖はあってもいいし、信頼を得るにはこちらからも頼りにしているというポーズが大事なのだ。

そうして日も傾きかけた頃、三度目の成長が起きた。帰りの時間を考えると割とギリギリだが、危険な場面もなかったし間に合ったのでよしとする。


「よし、[治癒]を覚えたようだ。」

「おめでとうございます。[治癒]は負傷が治るのを早めてくれる技能です。」

「瞬間的には治らないのか。」

「そこまで便利ではないそうです。それは伝説の薬でもないと……。」


瞬間的な効果でこそないものの、骨折程度の重症でも一晩で治るらしい。全治に月単位かかるところが一晩なのだから、確かに便利ではある。


「使用中に激しく動くと解除されてしまうそうです。それと他人にも使用できますが、使用者とその人が離れてしまうとやはり解除されてしまうそうです。」


戦闘中に使用するのは無理そうだ。他人に使用というと想定する相手はネルフィアぐらいしかいないが、常に触れ合っているのは問題ないだろう。むしろ望むところでさえある。


「誰も怪我とかしてないよな?」

「大丈夫です。」

「ないっス。」

「……問題ない。」


[治癒]を試すのはまたの機会に取っておこう。帰りに兵士のどちらかと手を握ったままでいるのも、それはそれで微妙だから別にいいのだが。


「んじゃ、お疲れ様っス。お元気で。」

「……達者で。」


日も落ち、召喚された施設前でチャラ兵士たちと別れる。明日には旅立つのだから、これが今生の別れになるのかもしれず、そう思うと若干感傷的にならなくもない。


「ああ……ありがとう。」


二人からの『応援』の感情が心地よかった。それを振り切り歩き出す。男の別れに必要以上の言葉はいらない。

とりあえずネルフィアと風呂で汗を流したい、と思うノアであった。

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