2-13 または彼女は如何にして恋愛するのを止めて研究を愛するようになったか
メルーミィの両親は繁人族である。帝国の一般家庭に変わり子として生まれた娘に対し、この両親が注ぐ愛情は少なかったと言わざるを得ないが、これは別に珍しい話でもない。
彼女の自己評価の低さの根源は、概ねそのようなところにあった。
妹が生まれてからは、目に見えて両親の愛情はそちらに向かい、一層冷遇を実感する日々は、メルーミィを趣味の世界へと引き込んだ。森人族の利発さでもって、同年代の幼児よりも遥かに早く文字を覚えた彼女は、書物に耽溺したのである。
貸本屋から借り受けるなどした書物の中で、特に気に入ったのはある魔法使いとその弟子の話だ。自分もこんな魔法使いになりたいという憧れは、やがて彼女をそれに近しい魔法関連の研究員、という道に進めることとなる。天職が氷術師であったことも、それを後押しした。
十二歳の秋、自己評価を更に下げる決定的な二つ目の出来事が起きた。失恋である。
相手は同年代の森人族の少年で、森人族コミュニティ出身。そのためかは分からないが、この頃既に豊満と言っていい身体に成長していたメルーミィの初恋に対し、少年の対応は辛辣であった。
元来の排他的傾向の強さから、森人族に別の価値観を認めさせるのは難しいという。森人族女性には基本的にスレンダー美人しかおらず、そればかり見て育った少年の好みもそうだったのかもしれないし、そういった美人を見慣れていたのもあるだろう。
「醜い丸太」という森人族でも特に酷いらしい罵倒を真に受け、メルーミィは深く傷付き、孤独を選ぶようになった。
自分は醜いのだから愛されないのだという考えは、両親からの愛情が希薄であった今までの人生と合わせて、彼女にこの上なくしっくり馴染んでしまったのである。
もはや自分にはこれしか取り柄はないと思い込んだ彼女は、研究者としての勉強に打ち込んだ。それが彼女を研究者として一流に押し上げる原動力となったのは、皮肉であろう。
一般出身でありながら、帝国最高の研究機関である帝国魔導院に入ることができたのも、この努力が実ったからだ。帝国魔導院の所属員は、そのほぼ全てが貴族家の出身である。
これは貴族生まれの人間は高い教育を受けられるという、単純な理由によるものではあったが、そういった人間ばかりが集まれば、どうしても生まれの貴さを至上のステータスとする者たちが閥を成す。
森人族でなくとも自らを特別と思い込む、人間特有の悪癖を抱える集団。なまじ美人なだけに自らを卑下することが嫌味にしかならない、優秀過ぎる一般出身研究員。この両者の噛み合わせは、想像し得るだけでも最悪に近い。
メルーミィはここでも孤立を招いた。研究員としては本当に優秀であったことと、下賤な者には手を出すのも汚らわしい、という風潮が漂っていなければ、強姦されていても不思議ではなかっただろう。或いは集団でもって輪姦され、共用物とされていたかもしれない。
そんなエロゲ的展開を避けられた風潮を生み出した人物こそ、この集団の中心人物である第四皇女、エルデエイラ・ロバスロフ=デュルトハイゲンである。
帝国で最も貴い血筋であるが故に、集団のトップに収まったであろうこの皇女殿下は、何かとメルーミィを大喝してきた。
皇女殿下の不興を買ったと認識され、取り巻き連中から冷遇めいたものを受けたりと、いいことばかりとは言えない研究員生活ではあったが、それなりに成果も上げ充実はしていたようだ。
そんなある日、メルーミィの研究室で爆発事故が起きた。原因は彼女の薬品の取り違えによる過失と断定され、賠償を課せられることとなる。
死者こそ出なかったものの、なまじ帝国最高の研究室であっただけに、失われた設備や研究資料の価値は高く査定された。
メルーミィの財産では賠償金額に足りず、こうして彼女は奴隷として身売りをすることになったのだ。
この時点ではまだ親を頼るという選択肢もあったのだが、それもできなかった。一般家庭には重い負担であっただろうことへの遠慮もあるが、この上で親に拒まれてしまった時の心理的ダメージに、耐えられるような精神状況ではない。
自分の中で価値ある唯一のものであった研究員としての失敗は、完全に彼女の自尊心をへし折ったのである。
(こんだけやったら、そらへし折れるわな……。)
寝る前にメルーミィの自己評価の低さの原因を探ってみたら、ほとんど半生が出てきてしまった。なんとも根深い話である。
初恋の相手がいたことはまあ残念だが、それは仕方あるまい。むしろ手酷い失恋があったからこそ、この世界的には嫁き遅れと言っていい年齢まで処女だったのだから、結果的には良かったと言える。
(それにしてもこの皇女殿下は……。)
推定二十代後半で黒髪の縦ロールという第四皇女は、メルーミィの主観的には目上の怖い人という感じだが、カインが客観的に見てみるとそれだけには思えない。
その言葉を綴る声こそ荒いが、内容は何かと謙遜の過ぎるメルーミィへの叱咤が主なものであり、同じ研究員としては敬意を払っているようにさえ見える。
言われているほど不興を買っていたわけではないのかも、というのは希望的観測だろうか。
(それと事故も奇妙と言えば奇妙だ。)
メルーミィ自身も事故の原因を自分だと思いこんでいるが、記憶を探ってみた限り、彼女は薬品を取り違えてはいない。少なくとも薬品のラベルは、投入される予定通りのものだった。
それに調合槽に薬品を投入した直後、メルーミィは呼び出されて研究室を離れてもいる。その間に爆発が起きたために、彼女は無傷で済んだ。
果たしてこれは偶然か。
仮に何かの陰謀だとしても、今更それを明らかにするのも難しいだろう。
迂闊に明らかにすると、下手をすればメルーミィを手放すことになりかねない。それは避けたいところだ。手を付けてしまっただけに、取り返しは付かないし。
(……まあ考えても仕方ないな。)
何か証拠があるわけでなし、どうしようもないことはどうしようもないのだ。
それよりも、性格矯正のための方針を考える方が建設的だろう。
要するに根っこにあるのは愛情不足だ。ならば愛情を注ぐしかあるまい。それはもう溢れるぐらいどっぷりと。
大まかな結論を得て、その日は眠りについた。
「……おぉ?」
翌朝、目を覚ますと慣れない感触に戸惑う。そういえばメルーミィを買ったんだったな、ということを即座に思い出し、感触を楽しむ方向に意識をシフト。
二人の女性を腕枕しながらの目覚めは、実に素晴らしい気分だ。寝る時に[治癒]を使うようになってから、腕が痺れるということもない。
柔らかく瑞々しい肉体の感触を堪能していると、二人も目を覚ました。
「おはようございます、ご主人様。」
「お……おはようございます、マスター。」
流石に昨日の今日で、メルーミィはまだ『恥ずかしい』ようだ。実にフレッシュな反応が嬉しい限りである。
別にネルフィアに飽きたというわけではないが、良くも悪くも人間は慣れる生き物なのだ。環境の変化は新たな楽しみをもたらすに違いない。
おかずが複数あれば、組み合わせを楽しめるというものである。
差し当たってはうがいをして、メルーミィをどれだけ欲しているかを、その身に教え込むべきだろう。彼女には探心があるわけではないのだから、昨晩の記憶がはっきりしている内に刻み込むのが効率的だ。
「綺麗だよ。」
「あっ、そんな……。」
耳元で繰り返し綺麗だと囁きながら、メルーミィを組み敷いた。
連日の労働明けということもあり、今日の冒険者活動は軽めにする予定だったので、愛情を注ぐ時間もたっぷりあるのだ。




