2-11 奴隷の購入に全力を注ぎ込んだ結果
「それであの……こちらの方は奥様とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「私もあなたと同じく、妻である前にご主人様の奴隷です。私のことはネリーと呼んでくださいね、メルーミィ。」
「はい、ネリー様。」
「様もいいですよ。」
奴隷同士の挨拶も済んだようだ。別に奴隷である前に妻でもよさそうなものだが、ネルフィア的には譲れない一線らしい。
奴隷商館を出ると日はまだ高い。メルーミィの身の回りの物を揃えることにする。
彼女の持ち物は賠償の名目でほとんど処分されており、手元に残るのは僅かな着替えと、歯ブラシのような日用品ぐらいであった。
その中に胸部の質量を支えるブラがあったりする。これだけの質量を抱えて生活するには、より身体に適したものが必要だったのだろう。
ネルフィアにもいずれ買ってあげようと思いつつ、すっかり先延ばしになってしまっているが、毎朝サラシを巻くのも割と楽しいのが実に悩ましくはある。
メルーミィにブラの入手先を聞くと、帝都にある服屋とのことだった。機会があれば足を伸ばしてみたい、とやることリストに書き加えつつ、彼女が狩りに行く時用の簡素な服を何着か揃える。
身長はカインより僅かに低い程度だが、その胸部質量のため、どうしても既製品はサイズが大きめにならざるを得なかった。
「醜く太ったお見苦しい身体で申し訳ありません。」
「そんなことは全くないと思うが……。」
相変わらずの様子に、なんならどれだけ彼女の身体を魅力的に感じているか、その場で証明してやりたくなったが、ひとまず堪える。焦ることはない。夜はもう直だ。
代わりに抱き締めて、その長い耳に囁きかける。
「君がどう思おうと、君はとっても魅力的だよ。」
「そ、そんな……。」
「君が自分を信じられなくてもいい。なら君を美人だと思う俺を信じてくれ。」
「……ありがとうございます、マスター。」『この人は、優しいのかな……。』
とりあえずメルーミィの認識を改めるため、ひたすら褒め殺す方向で行くことにする。好きなアニメの台詞をちょっといじってぶつけてみたが、そこそこ彼女の心には響いたようだ。
実際、これだけ美人だと注目はどうしても集まる。ネルフィアを連れているだけでさえ、悪意に近い嫉妬の感情を向けられることは珍しくなかったのに、メルーミィもいるとそれがガンガン飛んでくるのだ。
ちょっかいを掛けてくる奴がいそうなものだが、大半は軟弱な連中である。銅の剣とはいえ帯剣している主人がいると、事前に諦めるようだ。
それでも何かしら手を出そうと近付いてくる不埒者には、剣の柄を握って睨みつけることで対応しておく。実際に抜剣する事態になっていないのは幸いだろう。
『……また見られてる……。』
メルーミィの内でネガティブな想いが渦巻く。どうにも彼女は男から向けられる目を、珍獣か何かに対する好奇の視線と思い込んでいる。確かに森人族としては珍しい体型だが、流石にこれは改善が必要だろう。
続けて最低限の装備を買い揃えるため、冒険者ギルド直営店に足を伸ばす。
認識は改める必要はあるが、目立ち過ぎるのは考えものだ。
「動き難くはないか?」
「は、はい。大丈夫です。」
ということでメルーミィには、頭から足元までを覆う布製のローブを選んだ。大きめのだぼっとしたもので、身体のラインも目立たないし、フードを目深にかぶれば、波打った美しい金髪も隠せる。
腰まである髪は何かで結って、裾の丈はさっき買った服と同様、後で詰めればいいだろう。
防御力には期待できないが、身体能力で劣る氷術師に重い荷物は厳禁だ。相応に移動速度にも差は出る。魔素の吸収以外にもこういったことが、相対的に冒険者としての士職の立場を高めてはいた。
それでも革鎧ぐらいなら使えなくもなかったのだろうが、そっちにはちょうどいいサイズはない。余りにも規格外過ぎたのだ。
「マスターの身を護るには力が足りず、申し訳ありません。」
「気にするな、人それぞれ役割が違うのは当然だ。それに君は美人で目立つしな。」
「……ありがとうございます。」
ちょくちょく外見を褒めるのも忘れない。
続いて靴だ。メルーミィが裸足なことには気付いていたが、まずは目立つ外見からどうにかしたかった。
足回りは重要なので、例によって作りの良い靴を選択。履かせる際に、布巾を濡らして足を拭いてやることにする。
「わ、私めなどに恐れ多いですマスター。」
「まあいいからいいから。」
主人の手を煩わせることに慌てる彼女が、助けを求めるようにネルフィアへと視線を投げかけるが、残念ながらそれは味方ではない。
「ご主人様なら、メルーミィの脚をしっかり愛でて頂けますから、安心して身を任せてくださいね。」
主人に対しても味方かは微妙な発言だった。まるで脚フェチであるかのような言い草は控えて欲しい。別に嫌いではないし、確かにメルーミィは足先まで美しかったが。
なんとか脚フェチ疑惑を振り払うと、最後に杖を選ぶ。
杖とは、攻撃的技能の威力を高める機構が備わった装備の総称だ。手に持つタイプが主流だが、機構を損ねるため殴り合いには使えない。
元より師職の近接戦闘力などたかが知れているので、正しく術師の武器と言える。
「杖を使ったことはあるか?」
「はい、奴隷になる前は使っておりました。」
「じゃあこの中から選んでくれ、ゆっくりでいいぞ。」
「は、はい。」
せっかく知識と経験があるのだから、当人に選ばせるのが無難だ。まあ最も安い木製の杖だが、ないよりはいいだろう。
与えられた命令には真剣に取り組む辺り、勤労態度には問題ないはずだ。
その間にネルフィアの方も、帽子に鎧に籠手といった革装備一式を揃えておく。
高級奴隷という買い物の後は懐が寂しい。今日明日の宿代に困るほどではないが、余裕は残しておきたい。
よってネルフィアの武器もまた棍、というよりは長めの木の棒だ。革装備はこの国でも温情的に安いが、魔物のみならず人を殺傷し得る武器は、どうしても高くならざるを得ない。今は最低ランクのもので我慢してもらうしかないのだ。
「まあ直接攻撃は俺に任せておけ。それが役割だ。」
「はい、横や後ろの警戒はお任せください。」
銅の剣とはいえ、[光刃]を使えれば攻撃力は十分だろう。相手を選べば十分稼げるはずだ。
他には盾が木の枝のままなのは流石にどうかと思い、せめて木盾を購入することに。絆の縄紐も買う必要があるので、この辺が限界だ。
縄紐はネルフィアのがひとつ残っているとはいえ、二人分は買う必要がある。あとは稼いで徐々にグレードを上げていくしかないか。
「あの……この杖をお願いします。」
「よし。」
メルーミィも杖を選び終えた。如何にも魔法使いが使うような、コブの付いた杖という感じである。このコブの中に技能増幅機構が備わっているのだろう。
受け取って精算を済ませた。
「ありがとうございます、マスター。微力に過ぎないと思いますが、全力を尽くします。」
「ああ、頼りにしてるぞ。」
上手いこと氷術師としての能力を活かし、自信を付けさせたいところだ。そのためにも周辺にちょうどいい獲物がいないか、調べておく必要がある。
低姿勢で受付にしめやかに突入。
「周辺の魔物の情報をお聞きしたいのですが。」
「……まあええだよ。」『とりあえず盗賊や間諜じゃなさそうだなや。』
魔物の蔓延るこの世界で国同士の戦争は珍しいが、ないというわけでもない。まして友好国同士であろうと、当然のように情勢を探るための存在は送り込まれる。冒険者という身分は盗賊のみならず、そういった他国からの間諜の隠れ蓑としても、利用されがちなのだ。
カインたちのみならず新人は一通り疑われるものだが、その疑いが半ば晴れたのは、こんなタイミングでやたら美人の奴隷を買ったりしたからだろう。盗賊にしても間諜にしても、いくらなんでも目立って不自然であるためだ。思わぬ副次効果だった。
『買ったのが耳長ってのが気に入らんだが……所詮繁人だなや。』
それとは別に、鉱人族である髭の受付嬢は、森人族に思うところがないわけではないようだ。ついでにそれを好む繁人族にも。
森人族が排他的性質を備えるのとは逆に、鉱人族は非常に大らかである。彼らは鍛冶や細工に使える鉱石と、毎日呑めるだけの酒があれば、森人族以外の大体のことを気にしない。そういった点でも森人族とはウマが合わないらしい。
「森鉱の間柄」という慣用句の語源はまさにこれであり、その程度には種族的な溝は深いようだった。




