2-10 取り戻したタグと新たなる奴隷
買うと決めたはいいが、最後の問題が残っている。金が足りるかだ。
「できれば買いたいと思うが……支払いにこれは使えるだろうか?」
「もしやこれは……王国金貨!?」
財布の中身に強面奴隷商人が目を見張った。提示された価格は帝国金貨のものだが、持ち合わせているのは王国金貨である。
王国の貨幣価値は高水準を保っており、一方で政情不安定な帝国のそれは低くなりがちだ。この国の来た時に両替商にも確認したが、それなりにレートの差は開いていた。
つまり王国金貨を帝国に持ち込めば、相対的にその価値が高まるという寸法だ。
『次の皇帝が決まるまで国の先行きは不透明……王国金貨なら価値はまだ上がるな。』「使う分には問題ありません。」
将来的なことまで見据え、奴隷商人は頭の中で算盤を弾き終える。
貨幣価値の予想については、両替商も似たようなことを考えていた。それに乗っかり、王国金貨のまま持っておいたのは正解だったようだ。
「しかしながら、これだけでは少々足りないようですな。」
「そうか、となると……。」
外見のみならず、実務能力までこうも高いとなれば納得の値段ではある。今まで彼女が売れなかったのは、美人だけないし戦闘能力だけの奴隷を求めるなら他にも選択肢があり、なまじ両方の条件を満たすだけ、値が跳ね上がるからであった。
金貨以外の現金では足りないし、それはそれで諦める理由になるかと思ったが、不足分は手持ちの財産を処分すれば手が届く程度だ。ここで諦めるには商品が魅力的過ぎる。
「石ならあるんだかな。」
「流石にそれでお支払いいただくのは、ご遠慮願えますか。」
小さめの結晶をジャラジャラと見せてみたが通らなかった。商人だけあって利に敏いようだが、違法となる結晶の直接取引のリスクまでは犯さないらしい。この調子では賄賂も通じないだろう。
「ですが、お客様に支払能力があるのは分かりました。期日が来るまでに代金を用立てていただければ、彼女をお売りしましょう。」
「分かった、なんとかしてみよう。」
意外と融通は利くようだ。このまま条件の悪いところに流すことになっても、奴隷商人の利益にはならないので、それなりに必死にもなる。
だったら多少値下げしてくれてもいいだろうと思うが、下手に安売りすると信用問題になるらしい。どこの誰とも知らぬ飛び込み客では、そこまでは望めまい。
「彼女に定められた期日は六日後です。それまでにお越しください。」
ただし意外と余裕はなかった。
申し訳なさそうな顔のまま売約済みの部屋に移されるメルーミィを見送り、宿に帰る。
「いい人が見つかって良かったですね、ご主人様。」
「ああ、急いで金を用意しなきゃならんがな。」
まともに仕事で儲けられない以上、金策手段として最も手っ取り早いのは物を売ることだが、売れそうなものとなると魔素結晶かミスリルの大剣か、或いはネルフィアかということになる。
最後は言うまでもなく論外として、結晶を売るとなると非合法の取引になる。治安の悪い地域を探せば、そういう手合が見つからないこともないのだろうが、リスクも考えると微妙なところか。
ミスリルの大剣も売れるは売れるだろうが、どこでこんな高価なものを、と怪しまれかねない。裏で金に換えるとしても、結晶とリスクはそう変わらないだろう。まあギリギリになってどうしようもなければ、と言ったところか。
となると、結局は普通に四級冒険者になって、結晶をギルドに買い取ってもらうのが無難か。
冒険者と関係なく魔物を狩る人間も割と多い。魔道具の動力源として結晶を直接用いる分には合法だし、魔物に襲われても冒険者じゃないんだから戦うな、などと強いるのは無理がある。冒険者になる前から貯め込んでいた、ということにすればそう目立たないはずだ。
「……よし、方針は決まった。」
四級冒険者となる条件は、依頼を十件達成することだ。明日から一日に二件のペースで依頼を消化すれば、一日余らせて目標を達成できる。何らかのアクシデントに備え、予定に余裕は持たせた方がいいだろう。
翌日からの依頼の消化は、大した問題もなく進んだ。髭の受付嬢からの覚えがめでたかったおかげで、キツい代わりに比較的早く終わらせられる仕事を回してもらえたのが勝因だろう。
肉体労働は[回復]を使えたし、清掃活動の一環としてのドブさらいなんかも、消臭魔法を上手く使うとそこまで劣悪ではなかった。
建築作業の補助なんて依頼も受けたりする。人間重機とでも言うべき巨人族の手による基礎工事の様子は圧巻だが、彼らは器用とは言い難く、その手が届かない細かい作業に駆り出されたのだ。
床面を精密に均したりするのに、超越感覚を活かしたネルフィアが妙な才能を発揮してしまい、現場監督からは『奴隷じゃなかったら本格的に建設作業員に誘うのに』とか思われていたのは余談である。
現代日本での経験から、指示された作業に従事することには慣れたものだ。その割になんだかネルフィアばかりが活躍していたような気もするが、きっと気のせいだろう。うん。
他の女を買うためにその力を遺憾なく発揮してくれた彼女には、足を向けて寝られない。一緒に寝る以上、元より向けようなどなかったが。
予定通りに期日の一日前の昼過ぎ、四級冒険者の証となる鉄製のタグを受け取って必要な金を用意し、再び奴隷商館の門戸を叩く。
「……代金を確認しました。彼女と首輪を用意しますので、少々お待ちを。」
奴隷商人の指示で部下が部屋を出ていく。手持ちの王国金貨全てと、結晶の大半を吐き出すことにはなったが、なんとか成し遂げられた。
皇女殿下とやらのことは気にならんでもないが、こちらとしては売られていたものをただ買っただけである。誰だろうとどうこう言われる筋合いはないのだと、もはや開き直るしかない。
「あの……ありがとうございます。お役に立てるかは分かりませんが、精一杯お仕えします。」
開き直ったところで再会したメルーミィの質量がまた揺れた。
なんでこんなに自己評価が低いかは分からないが、流石に窮地より救い出されたことへの『感謝』はあるようだ。
「まあその辺は君が役に立つことを証明して、元を取ってみるとするさ。」
「は、はあ……。」
[回復]にも限度がある以上、早朝から起き出して一日中、依頼という名の労働を繰り返すのは決して楽とは言えなかった。苦労の分はなんとしても元を取る所存である。
強面奴隷商人から奴隷の扱いについての説明を一応聞き、特に問題ないことを確認して首輪をメルーミィに装着する。
「これからよろしくな。」
「はい……あの、なんとお呼びすればよろしいでしょうか。」
「そうだな……君の呼びたいように呼べばいいんじゃないかな。」
「私めなどが決めてよろしいのでしょうか……?」
「よっぽど変じゃなければな。」
新しく奴隷が増えたことは喜ばしいが、この性格には多少の矯正が必要だろう。自主性を育てる第一歩として、自分で主人の呼び方を決めさせることにする。
「では……マスターとお呼びしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、それで頼む。」
実際のところ、買い手のつかないまま奴隷商館で過ごす間、メルーミィの中ではこんな自分を買ってくれる主人がいたら、という想像をしないこともなかった。その中でも、主人に対しての呼称はマスターだったのである。
これは彼女が幼少の頃に読んで憧れた「ある魔法使いとその弟子の物語」で、弟子が師匠の魔法使いをマスターと呼んでいたことによる。
カインがこのことを知るのは後に、彼女の性格がこうなった原因を探るため、探心を用いた時であった。
ハーレムタグ「実は連載開始当初もいたけど、二人目のヒロインが出るまでに相当長くなるなと思って外れてたら、戻るのに二十万字以上掛かっちまったぜ……。」




